Dランク試験 2
宿の表から出て探索者組合に向かう前に宿の脇の方にある小さな小屋に向かう
そこには馬や鶏が飼われていて、そんな入口のところには中型犬くらいのサイズの真っ黒な毛並みのオオカミが居る
そんなオオカミに向けて瑠璃が声を掛ける
「行くわよ、シャルロット。大丈夫よね?」
「ワンッ!」
そう、このオオカミは瑠璃の使い魔であるシャドウ・ドッグだったシャルロットだ
今までは瑠璃が常に近くに置いていたのだが昨日、食事をした後にシャドウ・ウルフへと進化した
食べさせたのがローストしたタラスクの肉だったんだが、魔物の肉には魔力が含まれている、それが強力な火球を放つタラスクともなれば含まれる魔力は膨大だ
そんな魔力を食事によって一気に体内へ取り込んだ事になって、膨大な魔力量へ耐える為に進化した、という事らしい
その結果、ランクD-であるシャドウ・ウルフになったのだ
直接的な戦闘よりも魔法を使用した戦闘の方が得意であり、暗闇に紛れて攻撃してくる為、厄介な魔物らしい
進化して体格も中型犬くらいのサイズになったが、またタラスク肉を与えたら近い内に進化しそうだ、次はランクC+のシャドウ・ウルフロードらしい
なお中型犬サイズならまだ十分に同じ部屋で寝泊まり可能なのだが、シャルロット自身が望んで此処に泊まっている
どうやら番犬気取りらしく、瑠璃にそう言って宿からも許可を貰った結果、此処に居たのだ
念のために杭と紐、首輪で結んでいたが問題なく番犬の役目を果たしていたらしい
「それじゃあ行くか。時間に余裕はあっても、早めに到着しているに越した事はないからな」
こうして、俺達は探索者組合へと向かう
朝早くという事もあり、前に来た時のように探索者組合の前には朝一番の依頼貼り出しを狙って探索者達が集まっている
時刻にして午前八時、その時になってようやく探索者組合の扉が開き、探索者達が雪崩れ込んでいく
俺達はその波が収まるのを待つ、どうせ試験は十時からなのだ、そこまで焦る必要もない
単にこの世界では娯楽が少ないからこうして早めに動いているだけだ、待ち時間は適当に机に座って先日のデートの際に買っていた本でも読んで暇を潰そう
そして少し経ってから人の動きが疎らとなったところで探索者組合へと入る
依頼書の貼り出された掲示板を見れば討伐系の依頼が少なく、残り二つの採取とその他に分類される方は幾らかは残っている
手持ちの素材で何か納品出来る物はないかと探していると採取系の依頼の中に良さそうな物があった
内容としてはバーサーク・グリズリーの毛皮の確保とある
つい先日、シャルロットを拾った時に仕留めた個体の毛皮がそれなりに綺麗だったから十分だろう、ただ依頼書に書かれている概要につい笑ってしまった
『先日、とある伯爵家が立派なジェノサイド・グリズリーの毛皮の敷物を自慢してきたのだ。私も欲しいが、ジェノサイド・グリズリーはレアな魔物でありそうそうお目にかかる事はない。無論、そちらも探し求めるがそれまでの繋ぎとして状態の良いバーサーク・グリズリーの毛皮を入手して欲しいのだ。
依頼主:皇国のとある侯爵』
とても聞き覚えのある話だけに、瑠璃に無言で依頼書を指し示すと同じように笑っている
どうやら俺達がジェノサイド・グリズリーの毛皮を売った素材屋の店主は見事に貴族へと毛皮を売り捌く事が出来たらしい
更には貴族としてそういった高級な物を持っている事はステータスとして重要な事なのだろう、プライドを刺激された貴族が匿名で依頼を出しているらしい
尤も、依頼主の欄に侯爵なんて書けば見る人によってはバレてしまうだろうが
ついでに言うと納品してきた、本来ならバーサーク・グリズリーがランクCだから評価のポイントも少し多めになる、今は試験を受ける段階だから既に昇級ポイントの部分はカンスト状態ではあるが、昇級後のポイントに回してくれるらしい
そうして依頼を達成したのだが、まだ試験まで時間があるのは変わらず、仕方ないので読書でもする事にした
「瑠璃、この間の兵法書を出してくれるか?」
「この本ね。でもこの世界の戦術なんて調べても意味あるの?」
「魔法という個人での使用が可能で実力次第では大砲以上の威力を発揮する物があるんだ、調べて損はないだろう。多分、俺の知る戦術とはまた違う歴史を辿ってる筈だ」
陣形も日本でなら山岳地帯の多さ等に対応した陣形があるし、大陸なら広い平野を利用した陣形が生まれた
例えばだが、この本に書いてある基本的な軍隊の編成や戦術を見てみよう
まず編成だが、基本的には歩兵、騎兵、弓兵、そして魔法使いといった部隊に分かれる
広い平野を想定した戦法になると、まず歩兵が盾を構えて敵との距離を詰める
その後ろに控えた魔法使いがある程度の距離を詰めたところで魔法の撃ち合いが始まり、弓兵がその補助となる
魔法で攻撃と防御を行い、相手の防御を崩すのが一番の目的となる
魔法による防御を失ってしまえば歩兵の持つ盾では大砲並みの威力がある魔法を防ぐ事は出来ず、吹き飛ばされるだけだ
地球でいうところの17世紀から19世紀に掛けて使用されていた戦列歩兵(二列から三列の横隊により敵との距離50メートル辺りでマスケット銃の撃ち合い、敵が崩れたら銃剣突撃をする)に似ているかもしれない
違いは射撃を担当する弓兵と魔法使いに突撃する歩兵と騎兵に別れている点だろう
こうして似ている部分もありながら魔法によって変化している点を見るのは興味深い
ただしこの世界では史実に於いても単騎で戦況をひっくり返すような規格外な力を持った英雄の存在も確認されている、俺も一般の兵士のレベルを見ていて分かったのだが、今の俺のステータスならば生身でも数十数百の敵を圧倒する事は出来るだろう
そもそも訓練ばかりをしている兵士よりも普段から魔物を相手に戦いを続けている上位探索者の方がステータスでは同じレベルだとしても高い
更にはその探索者が所属する探索者組合という組織はどこの国にも肩入れしない独立機関であり、基本的に中立を保っている為に探索者が戦争に駆り出される事はない
個人やクランで自発的に参加する事は止められていないが、中には徴兵から逃れる為に探索者になる人間もいるのだという
そういった徴兵逃れの場合は国との衝突が面倒な事になりそうだが、探索者組合が居なければ国は魔物に対する備えを国費で賄わなければならない為に、口出しが出来ない
軍を動かせば税金が少なからず使われる、戦死したりすれば遺族年金を払う必要もある
だったら探索者組合に代金を払って確実な腕を持つ探索者に依頼をした方が安上がりだしな
そんな訳で、本当に強い人間というのは探索者組合に多く、軍に所属している英雄クラスの人間というのは少数だ
だからこそ俺達のように勇者として召喚が行われたんだと思うけどな
ふむ、そうなると勇者と同等の力量を持つ人間という条件で探せば上位の探索者の中にはそれなりに居るんだろうな、単にその力を国同士の戦争に使えないってだけで
「Dランク昇級試験を受ける方は此方に集まって下さい。まずは講堂にて筆記試験となります」
「おっと、時間か。意外と早かったな」
本の内容に集中していたが、いつの間にか結構な時間が過ぎていたらしい
職員の声に俺達の他にも十人程の人間が反応している事から、これが今回の試験を受ける全員ってところか
「いよいよね」
「ああ、落ち着いていけば大丈夫だろう。筆記試験の内容は比較的簡単らしいからな」
それが何処までのレベルかは分からないが、俺達は職員についていき講堂に入る
以前、探索者組合に登録した後に座学で講習を受けた事があったが、そこと同じ場所だ
講堂の中に設置してある机には一定の感覚で仕切りがされている
どうやらカンニング対策らしい、その仕切られた合間に適当に座る
机にはペンとインク壺が置かれており、自分でペンを持参してきた必要性はなさそうだ
「では、これより筆記試験を行います。制限時間は三十分です。これより問題を配ります。全員に行き渡ったのを確認したところで開始となります。準備は良いですね?」
全員が席に着き、場が緊張感に包まれる中、職員が説明を行い羊皮紙で作られた問題用紙を配る
この世界にはインクを使って同じ文をコピーするという魔法か魔法道具があるようで、文章等は手書きではあるが何処か自然といった感じはしない
まあそんな魔法のお陰で本などの価格も安めなのだから文句はないのだが、こうして見てみると印刷された物を見ているような気になる
とはいえ既に全員に用紙が行き渡ったようで、職員の始めという合図が聞こえ、前の方に置いてある教壇には大きめの砂時計が置かれ、砂がどんどんと落ちていっている
改めて問題文を見てみるが、探索者にとって一般的な内容、探索者組合の規則や簡単な薬草の用途などをまるバツ形式で答える物だ
問題数は大体で三十問くらい、一問につき思考時間は一分といったところだが、あまりにも基本的な内容だから手早く解いていく
最後まで解くが、改めて砂時計を確認するとまだ幾らかの砂が残っている、そこはミスが無かったか回答を見直す時間に充てて、暫くして試験が終了、職員が答案用紙を回収していく
正直、十分に合格のラインに達しているだろう、三十問中二十五問以上の正解で合格だ
回収された答案用紙はこの場で採点、続く実技試験の前に不合格者を落としてから先に進むようだ
「ふむ、皆さん大丈夫ですね。合格です。尤も、これは今後の活動の際に直接依頼を受ける事があるかもしれないという事態を想定し、せめてその際に結ぶ契約書くらいは読めるようにと、皆さんの識字能力を測る為の物なので問題文を読めるのなら解けて当然の内容にしてあります。皆さんこの後に訓練場の方に向かいます。そこで皆さんの模擬戦の相手を担当する試験官が待っています。十分間の休憩の後、移動しますので準備をお願いします」
そんな職員の言葉によりまずは一息と他の探索者達の緊張感も緩んだ
確かに解けて当然という難易度ではあったが、この世界での常識云々に道徳的な問題が多かった気がする
そして準備といっても俺の場合は腰に提げているミスリルの剣だけだ
これも昨日の内に買った店で、《アベル工房》にて研いで貰ったりとメンテナンスには余念がない
瑠璃は魔法だし、シャルロットも体調などに問題はなさそうで良いことだ
「結構楽だったわね」
「まあな。とはいえ次は実技だ。探索者にとっては此処が第一だからな。筆記より楽にはいかないと思うぞ」
「分かってるわよ。でも、試験官が誰であっても前に上級探索者を相手に勝てたから、楽勝じゃないかしら」
「さて、どうだろうな」
どのような相手が試験官となるのか、それは見るまで分からないが実力者である事は確かだろう
武具の点検を終え、残りをゆっくりと過ごした後に訓練場へと移動した俺達だが、訓練場の扉を開くとその中央に二人の人影が見える
一人は白い鎧で全身を覆っている人物であり、フルフェイスの兜により顔は見えず、鎧のせいで体型も分からずに男か女か分からない
もう一人は背が高く眼鏡をかけた青い髪の女性であり、ローブを纏っている事から魔法使いなのだろう
そして、そんな二人の姿を見た途端に他の探索者達がざわめき立つ
「嘘だろ……まさか《竜殺し》か!?」
「オレ、今回の試験ムリかも……」
《竜殺し》という名前には聞き覚えがある、もしも一致する人物であるならあの鎧姿の人物がこの街、ストラスフォードで一番の古参にして実力のあるクラン、《円卓》のリーダーか
単独で最高位の竜である古代竜を討ち取ったとされる、探索者の中でも最上位の存在
その白い鎧にはその時に仕留めた竜の素材が使われているという話だが、そんな人物が試験官とは驚きだ
ランクは当然ながらAランク、本来であればこんな下位の探索者の昇級試験に出てくるような人物の筈がないのだから
前に戦ったヴィゴールがBランクであり、それ以下という事はないのは確実ではあるが、上級探索者の実力はAランクが上限なだけに、Aランクの中でも場合によっては実力に大きな隔たりがあるって話だから実力は計りづらい
タラスク以外の竜とは戦った事がないが、子供の段階でもCランクの魔物であり、成体はAランクの魔物だ
古代竜とは成体の竜の中でも千年に近い時を生きているとされる個体を指し、その力は天災と同一視される
過去には討伐記録もあるようだが単独での討伐は史上初であり、それが《竜殺し》の由来らしい
そんな生ける伝説とも言える存在が今、俺達の前に居た




