Dランク試験
早朝、宿屋の裏庭でいつものように剣の素振りをしていた
瑠璃とのデートから三日、今日は大事な昇級試験のある日だ、コンディションをしっかりと把握しておく必要がある
ただ、そんな毎朝の習慣なんだが最近は随分と変化もある
「師範、おはようございます!」
『おはようございます!』
「ああ、おはよう。今日も稽古するか?」
「はい、お願いいたします!」
以前、スキルの講習を受けた時に一緒に居た探索者が数人同じ宿に泊まっていたらしく、たまたま今朝に素振りをしている俺を見付けてからはこうして一緒に素振りをしている
誰もが簡単なスキルである《スラッシュ》を扱えるようになっており、中にはEランクでも上位の魔物と森で出会したにも関わらず対抗して逃げ切る事が出来たと言っている奴も居た
それが全て俺の功績とは思えないが、生き延びる術になったのであれば嬉しいものだ
「それじゃあ、いつもの様に模擬試合をするか。隣の奴とペアを作れ。余ったなら俺の所に来い」
ギルドでは指導をお願いされたが、こうして起きてから朝食までの間であれば同じ宿に泊まっている探索者の指導はしている
この模擬試合は二人一組になって木刀で打ち合う訓練だ
ペアになった相手の動きを見て参考にしたり、逆に何か問題があれば互いに指摘し合う、そういう目的で始めた
今日は一人余ったから俺が相手をするとして、きっちり同じ数になれば全体を見て回る
今日の人数は全員で五人だ、これくらいなら手合わせしつつ面倒を見れる
「じゃあルールの確認だ。頭部への攻撃は禁止。無用な怪我に繋がるような真似も禁止。木刀に布は巻いたな?なら、始め!」
『はい!』
木刀だが安全面を考慮して厚手の布を巻いている
それでも運が悪いと軽い怪我はあったりするが、それも頭部への攻撃を禁止にしているから死に繋がる危険性は少ない
本当なら防具を用意した上で頭部への攻撃も許可してやりたいのだが、そこまではまだ手が回らないからな
今はまだ木刀を用意するくらいが精々だ、本格的に指導を請け負うようになったらもっと良い道具を揃えてやるとしよう
まあそれはともかくとして、今は目の前の探索者の相手だな
「行きます!ハアッ!」
「良い踏み込みだ。動きが良くなってるな」
「ありがとうございます!」
ある程度を打ち合ったら互いに攻防を入れ替える方式だが、まずは俺が防御に回る
この探索者は昨日も動きを見ていたが、初めは躊躇いがあったのに随分と勢いがよくなっている
周りを見ても生き生きとした表情で剣を打ち合っているし、訓練は成果を出しているらしい
数分間、好きに打ち込ませて見えてきたが、コイツは基本に忠実といった感じだな
悪くはないが、不測の事態に陥った時が少し不安だ、例えば得物を失った時の対処とかな
一先ずは此処で攻防を入れ替えて防御の方を見ながら、次の入れ替えの時に少し手を打つか
「よし、交代だ。他は平気か?まあ、疲れたからといって魔物が見逃してくれる訳じゃないから続けるんだが」
「は、はい。まだ、やれます……」
俺が相手をしている奴だけでなく他の四人も疲れた様子を見せているが、どちらかと言えば此処からが本番だろう
疲れた中で如何に疲労を少なく防御するか、如何に的確に相手の防御を崩すか、その辺りを見るには此処からでなければ学べない
俺の相手も疲弊しているが此処で一気に行かせて貰おう、今までよりも強めに剣を打つ
相手はそれを必死に受け止めようとするがそれは悪手だ、それでは余計に腕への疲労が蓄積してしまう
それで少し剣のスピードを速くして打つと途端に堪えきれなくなり、遂には剣を弾き飛ばされてしまう
得物を失った事で焦り、剣を拾うかどうするか一瞬思案した後で諦めて項垂れようとするその顔を目掛け、俺は全力の一撃を放ち、当たる寸前で止めた
「剣を手放した時に諦めただろう?今のがバーサーク・グリズリーとかの一撃ならお前は死んでいたぞ。ああなったらとにかく一度距離を取るんだ。それから逃げるか、武器を拾うか判断した方が良い。咄嗟の判断が生死を分けるからな」
「はい、すみません……」
武器を収め、今の動きの何が悪かったかを指摘していく
それに対してますます項垂れてしまうが、指摘は本当にそこまでしかなかった
「だが基本は出来ている。後は経験を積むだけだ。こうして時間がある時は俺が教えて補ってやれるし、蛮勇さえしなければお前は必ず上に行けるだろう」
「ッ!?はいッ!」
逆に今度はしっかりと誉めてやる、飴と鞭とは言うがその使い分けをしないとただ自信を失わせるだけだ
さっきの指摘を反省しつつ、学んでくれたのか俺を見て返された返事に頷く
「良い返事だ。さて、そろそろ良い時間だろう。全員、一休みするぞ」
『はい!』
左手首の端末に表示された時間から後少しで朝食の時間になりそうなタイミングという事を把握した俺は合図を出して全員で休む
汗もかいてるから一度部屋に戻ってシャワーでも浴びるだろう、その為にも早めの行動を心掛けておいた方が良い
まあ、いきなり行動しても疲労していてキツいだろうし、こうして多少の休憩は必要なのだが
「相変わらず熱心ね。朝からこんなに汗をかいて、試験は平気なの?」
そんな休憩の中で宿から現れたのは瑠璃だ
「大丈夫だ、俺はそこまで疲れてはいない。こっちは、まあ疲労してはいるが仕事に支障はないだろう。無理はするなと言っているしな」
「そう。それと今日もレモンのハチミツ漬けを持ってきてあげたわよ。疲労回復に効くから皆で食べなさい」
毎朝こうして鍛練をした後に持ってきてくれるレモンのハチミツ漬けだが瑠璃が自主的に作ってくれている物だ
疲労回復にはビタミンCが効果が高く、それを多く含むレモンに加えて主成分がブドウ糖と果糖のハチミツは消化吸収が容易であり栄養もある
だから食べると効果が高い、そう力説していた
実際、気分的にもそう言われると疲れがとれるように感じるからな
「助かる、いつも悪いな」
『ありがとうございます!』
ビンに詰められたそれをつまみ、口に入れる
レモンの酸味とハチミツの甘味が上手く合わさっており、互いに強く主張していない事ですんなりと食べられる
教え子である低級探索者の面々と輪切りにされたレモンを摘まんでいると、そこにカンカンとフライパンにフライ返しを打ち鳴らす音が聞こえてくる
宿の方を見れば厨房がある場所の窓から宿の女将さんが呼んでいる
「アンタ達、そろそろ朝御飯の時間だよ!さっさとシャワーを浴びてきな!」
どうやら休憩は終わりらしい、早めに教えてくれる女将さんに感謝しつつ、俺達は鍛練に使っていた道具を手に宿へと戻っていく
「では師範、今日もありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
「おう、しっかりと自分のコンディションを把握して依頼を受けるんだぞ」
一足早く、教え子達の方が宿へと戻っていく
まあ俺がゆっくりしているだけなんだがな、汗はかいてないしシャワーを浴びる必要はない、念のために臭い消しを使う程度だ
「アンタも毎朝よくやるね。この宿に新しい名物が出来たって近所で話題になってるよ」
「すみません、迷惑なら止めますが」
「迷惑だなんてとんでもない。噂を聞き付けて泊まりたいっていう客だって出てきたんだ。こっちとしてもありがたい話さ」
「それなら良かったです。ただ、もしかしたら今日でこの宿を出ていくかもしれないので、それが」
「それなんだよね。そりゃ北にある、中級探索者向けの探索者組合が近い北区の宿に移った方が便利ってのは分かるんだけど、アンタが居なくなった後にあの子達が寂しがるのがね」
そう、基本的にだが探索者組合と提携している宿では暗黙の了解としてランクに合った宿に移る事になっている
そもそも探索者組合の場所が低級探索者向けの場合は南区、中級探索者向けの場合が北区、上級探索者向けの場合が中央区になっているから利便性の点で移る
ただ、中央区と南区のようにまだ近い事で上級探索者が低級探索者向けの安めの宿に泊まるのは良い顔をされない、そういった宿は収入の少ない低級探索者向けであるから安くしているのだ
収入が多いにも関わらず中央区の宿ではなく南区の宿に泊まるような真似は推奨されたものではない
そんな訳で、今日の試験に受かれば俺達は晴れてDランク探索者、中級の仲間入りを果たす
そうなるとこの宿からも立ち去るのが道理となる
「一応、木刀は置いていくし、たまには顔を出すつもりだから、心配はないと思いますが……」
俺が居なくなった後で鍛練をしなくなるのではないか、と思っているのだろう
宿の評判にも影響を与えているというのは初めて知ったが、どうするべきかな
「リーダーを決めて、リーダーが中心となって低級探索者同士で教え合って、リーダーが中級に上がる時には新しくリーダーを指名して、そんなシステムにすれば……」
それならば此処に泊まっている探索者達だけでも続ける事が出来るだろう、他の探索者との交流の場にもなるし、悪くはない
「あら、良いねえ。昇級しても数日なら泊まれるし、それまでに話しておきな。アタシもその案に乗ったよ」
「良いんですか?上手く行くか保証もないですよ?」
「ならアンタは保証がないと何もしないのかい?アタシは朝食作りながら毎朝しっかりと稽古やってるアンタ達の姿を見るのが好きだから言ってるんだよ。表情が輝いてるっていうか、とにかく気力に満ちてるのが良いねえ。それにこの話は探索者組合の会合で提案したりしてしっかりと詰めていくから大丈夫さ。ほら、アンタも早く朝食をとって試験に行きな。応援してるからね」
何やら大事になりそうな予感はするが、今の教え子達をそのまま放っておく気もないから黙って任せておこう
それによって探索者の質が上がって死亡者数の減少に繋がるのなら何も言う事はない
宿の女将さんに言われて俺達も朝食を食べる
今日の試験に受かったら木刀の数を多めに仕入れたり、色々とやろう
立つ鳥跡を濁さず、とは言うが中途半端な教えをしてアイツ等が命を無駄に散らすような真似だけはしたくない
「あんまり浮かない顔ね。さっきの話、やっぱり気になるのね?」
朝食を食べつつそう思考していると瑠璃から指摘された、そこまで分かりやすい顔をしていたようだ
「まあな。俺の動きはゲームで鍛えられた物が殆んどだ。実際の命を賭けた戦いはこの世界に来てからしか経験してない。そんな感覚のズレがアイツ等を危険に晒すかもしれないって思うとな」
それでもフェデリコの時みたいに誰かの役に立てばと思い教えていたが、それがその人間の今後にも影響すると考えると、あれで教え方は本当に合っているのかと途端に不安になってくる
「そうだけど、少なくともアンタが教えたスキルは確実にあの子達の力になってると思うわよ。魔法もだけど、派手で威力ばかりが重視されてるスキルの中で汎用的で使い勝手が良くて基本的、素人が使うのも難しくない《スラッシュ》って一種の革命だと思うのよ」
「あれがか?」
「そうよ。スキルは才能のある人間にしか使えない。より威力のあるスキルを使える人間が優秀。そんな固定観念に楔を打ち込むには十分だと思うわ。何より、最初から歩ける人間なんて居ないでしょう?ハイハイから壁を使って立つようになって、初めて歩けるようになるじゃない。それなのに、この世界の教え方を見ていたらそんな赤ちゃんにいきなり立って歩けって言ってるような物だもの」
確かにこの世界では瑠璃の言うような価値観が存在していたように思える
あのヴィゴールもそうだ、スキルを使えるのは最初から持つ才能で決まっていると決めつけていた節があった
それでスキル発動の兆候がない人間は見込みなしの烙印を押して切り捨てる、そんな風潮があった
「だから自信を持ちなさい。私の騎士なんでしょう?」
「そうだな。教えるにしても、俺だってこれから経験を積んで教えていけばいい。悪ければ修正していけば良いんだからな」
より良い指導を出来るようになるにはまだ掛かるだろうが、瑠璃の言葉に励まされた
よし、そうと決まればより多くの経験を積む為にも手早くランクを上げないとな
さっきまで色々と考えていたのとは一転、手早く朝食を済ませた俺達は宿を後にして探索者組合へと向かった




