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シャドウ・ドッグ

迷宮都市ストラスフォードから徒歩で一時間程度の近場にはカープルスの森と呼ばれる広大な森があった


様々な動植物が生息しており、森の奥深くへは伝説で語られるような薬草も生えているとされ、日々そういったお宝を求める探索者達が踏み入っている


また奥に行けば強力な魔物がいるものの、外縁部にはゴブリンやウルフといった低級の魔物が大半であり、薬草もそれなりに採取出来る事から熟練、新人を問わず探索者が踏み入っている場所だ


エクレニウス皇国北部の街であり、周囲にダンジョンが集中している事から探索者が多く集まり賑わう街、迷宮都市ストラスフォードで探索者として登録して一週間、俺こと灰村奏多と相棒にして俺の恋人となった瑠璃・フォンテーヌは日々小さな依頼を達成しつつ着実に次のランクへの昇格に近付いていた


「止めだ、《雷光一閃》!」


「グガアァァァァォッ!?」


そして今、カープルスの森で熊の魔物であるバーサーク・グリズリーの心臓を剣で一突きにして倒した俺は背後を振り返った


「大丈夫か?外縁部でCランクのバーサーク・グリズリーに出くわすなんて災難だったな」


「あ、ああ……助かったよ……」


「もうダメかと思ったわ。アタシ達は運が良かったわね……」


「怪我は無さそうね。そっちだけで帰れるかしら?なんなら私達も森の外まではついていくわよ?」


本来であればもう少し先に踏み込まなければ居ない筈のバーサーク・グリズリーに襲われていた探索者、剣士と弓兵の二人組を助けたのだ


「いや、少し休んだら自力で戻るよ。助けてくれてありがとう」


「そうか。流石に別のバーサーク・グリズリーが居るなんて更なるイレギュラーは無いと思うが、油断だけはするなよ。消耗していればゴブリンでも辛いぞ」


「注意するよ。それにしてもCランクを軽々と狩るなんて、君達は高位の探索者なのかい?」


「いや、俺達はEランクパーティーの《流星(メテオール)》っていうんだ。そろそろ昇級するとは思うんだが、まだ試験を受けてないから何とも言えないな」


小さな依頼が大半の下級探索者である俺達だが、戦闘に関してのみは上級探索者並みだ


早く上に行きたいがEランクからDランクに上がるには試験がある、それを受けた事がないから上がれるかは分からないのだ


だが二人組は驚いたような顔をしている、まあEランクパーティーの内の一人がCランクの魔物を軽く倒していたら驚くだろう


その後、出口の方向に向かっていく探索者二人を見送ってから、俺達は依頼の方を進める事にした


「今回の採取対象は《月の雫》、それと併せて《月の涙》の採取だ。大丈夫だよな?」


「ええ。とはいえ、もう規定数は集めたから後は《月の涙》の捜索だけね。余分な量は採らずに残す、探索者の基本でしょう?」


そう、今の俺達は依頼を達成している状態であり折角だからと日が暮れる少し前まで稀少な薬草である《月の涙》を探しているのだ


《月の涙》は最上位のポーションであるエリクサーの材料となる、例え体の一部を失っても再生させるというエリクサーをいざという時の為に持っておきたいからこそ、唯一足りない《月の涙》を探しているのだ


《月の涙》は《月の雫》の中でも特に品質の良い物がそう呼ばれるようになる、だから《月の雫》の採取依頼を受けたついでに探しているのだが、市場に出回る事の少ない薬草というだけあって一筋縄では見付からない


こうして森の中を歩き回って魔物を狩っているが、こうも見付からないと気が滅入るな


「俺達も少し休むか?」


「お昼の時間には少し早いかもしれないけど、良いわね。今日のお昼はサンドイッチを作って来たわ」


「いつも悪いな」


「良いのよ、私も料理は好きなんだから。それに、好きな人に美味しいって言って貰えると嬉しいじゃない」


「おう……」


恋人となってからというものの、瑠璃はこうしてストレートに気持ちを伝えるようになってきた


それに思わず頬が熱くなってしまうが、瑠璃は黙ってバスケットを取り出すと中に入っていたサンドイッチを渡してくれる


こういった時にからかって来たりしてこない気遣いをしてくれるのは素直に嬉しい


手渡されたサンドイッチ、タラスクの肉のカツサンドを一口齧る


タラスクの肉は鶏肉に近い味がするが、それとは比べ物にならない程に美味い


本体の討伐が難しいだけに高級食材とされているのが分かる、二頭を仕留めて大量の肉を得た俺達としては食べなれてきた感じはするが


そして衣にはタレをたっぷりと染み込ませていて、やや淡白な肉の味と合っている


瑠璃は軽めのBLTサンド、たまごサンドといった物を食べている、俺ががっつりとした物を食べたいだろうと思って分けてくれているんだな


サンドイッチは片手でも食べられるだけにこうして魔物の襲撃に備えつつ食べるにはうってつけだ、森の中で枯れ葉や枝を踏む音が聞こえてこない事から周囲にはまだ魔物はいないのだろう


バスケットの中にはまだ他のサンドイッチがあるから一つ目を食べ終えた俺はおかわりをしようとした所で近付いている気配に気付いた


数は一匹といったところか、あまり大した強さもなさそうな所から匂いにでも釣られたか?


「カナ?」


「一匹近くに居る。ちょっと様子を見てくるな」


「そう、手強い相手なの?」


「いや、そこまで強そうな相手じゃない。多分ウルフ系の魔物が匂いに釣られたんだと思う。だから一人で平気だ」


「せめて森から出ればゆっくり食べられたかしら?」


「どうだろうな。まあ少し行ってくる」


瑠璃に一言伝え、俺は気配のした方へ歩いていく


距離にして百メートルもないだろうが、そこには先程のバーサーク・グリズリーが暴れまわった跡が残っていた


周囲に見える木々や地面に爪痕が残っている、俺達はバーサーク・グリズリーの咆哮を聞いて駆け付けたが、さっきの探索者二人はあの少し拓けた場所で遭遇したらしい事を考えると、それを狙ったものとは違うみたいだな


次に目をついたのは何かの毛皮の切れ端、恐らくはバーサーク・グリズリーに補食されたウルフ系の魔物の物だろう


どうやらこれを仕留める為に暴れまわったのだろう、そうなると近くに居るのはその残党か?


俺はその辺りを仮定して周囲の木の陰を中心に探してみると、それは見付かった


「クゥン……」


「子犬?いや、子狼ってところか?」


見付けたのは毛並みが黒い、子犬といっても過言ではない大きさのウルフ系の魔物だった


怯えたように此方を見て、必死に威嚇するように構えている


「一応は魔物なんだよな……」


頭部に身に付けたバイザーの解析だと魔物の名前は《シャドウ・ドッグ》と表記されている


子供のウルフ系に付けられる名前で成長し進化する事でウルフとなるらしい


だが今のランクはF-、最低も最低、これより下が存在しないとある


ウルフになるまで親が育てるんだろうが、現状を見るにコイツの親はバーサーク・グリズリーに殺されている


俺には関係のない事だし放置しても良いんだが、放置すればそこらのゴブリンにでも負けてしまうだろうな


「どうしたものかな……」


改めてシャドウ・ドッグを見る、まだ小さく目はつぶら、ウルフになればピンと立っている耳は垂れており可愛らしい姿をしている


魔物であり将来的に成長してしまえば人を襲うかもしれない


甘いと言われるかもしれないが、流石に子犬を殺すのは気が引ける


そもそも俺も動物は好きだからな、家でも犬を飼いたかったけど親父に反対されて飼えなかった


ウルフなら敵と割り切れていたが、コイツは敵としての土俵にすら上がれていない


「結構掛かってるから何かあったと思ったけど、どうしたの、カナ?」


「ああ、来たのか。いやな、察知した気配の正体がコイツだったからな……」


どうやら遅くなって心配したらしい瑠璃が来て、俺は目の前で未だに威嚇して吠えているシャドウ・ドッグを示した


「キャッ、何この子、かわいい!?」


「シャドウ・ドッグ、シャドウ・ウルフの進化前個体らしい。親はそこでバーサーク・グリズリーに殺されていた。それで、どうするか悩んでたんだ」


「何で悩む必要があるのよ?」


「子犬みたいな見た目とはいえ魔物だからな。狩るか、狩られるか。ただ子犬というだけで見逃して良いものかと思ってな」


「成る程、アンタが何に悩んでたか分かったわ。でも、それなら飼えば良いじゃない」


「いや、俺の話を聞いてたか?仮にもコイツは魔物だぞ?」


「でも魔物って言っても魔法生物の略称じゃなかった?ならちょっと魔法を使えるだけで動物と一緒よ」


「コイツの仲間であるウルフ系の魔物を散々狩っておいてか?」


「あれは襲われたからよ。この子はまだ幼い、なら早くに調教していけば猟犬になれるんじゃないかしら?ほら、先生だって魔物使い(テイマー)の職業になってたじゃない。それなら納得出来ない?」


確かに瑠璃の言うことにも一理ある、試しに魔物を使役している人間が存在しないかバイザーを使ってアーカイブで検索すると、極少数だが使役している人間はいるらしい


使役するには魔物との信頼関係が重要であり、職業の魔物使いは単にその補助に過ぎないらしい


それならばと試しに近づいてシャドウ・ウルフの前にしゃがみ、目線を可能な限り同じ高さにして手を伸ばしてみた


「ギャウッ!」


思いっきり噛まれた


力が弱いから痛くはないが、見る限り本気で噛んで来ているな


「ダメか」


「当たり前でしょ。何で真顔で言葉も掛けずに手を伸ばすのよ?」


「目を見ていれば通じ合えると思ったんだが」


「相手によっては逆効果よ。この子は私達の事を敵だと思ってるんだから、まずは警戒を解かないと。何か食べ物があったら良いわね」


「ポケットにチョコバーがあった」


「犬にチョコはダメよ?」


「分かってるさ、玉ねぎも駄目だったな。後は、ビーフジャーキーか」


「それで良いじゃない。ちょっと貸してみなさい」


戦闘服のポケットに常に備えている非常食のビーフジャーキーを瑠璃に渡す


「ほら、食べなさい。美味しいわよ」


包装のビニールを破り、ジャーキーを取り出すとしゃがみ込んでシャドウ・ドッグの目の前に渡す


シャドウ・ドッグは警戒しつつ近づいてくると、ジャーキーの匂いを嗅いでから食べ始めた


「ギャウッ!ギャウッ!」


そして食べ終えるとまだ足りないのか、おかわりとばかりに吠えて催促している


手持ちには無いから左手首の端末を操作して《簡易ショップ》にて消耗品の欄から同じジャーキーを選択、三つ程を追加で出して与える


瑠璃がそれをまたシャドウ・ドッグに与えると尻尾を振って喜んで食べている


そして追加分も食べ終えたところでタイミングを見計らって瑠璃がゆっくりと手を伸ばす


シャドウ・ドッグは一瞬だけビクッと体を震わせたが、大人しく受け入れて自分の体に触れさせる事を許した


「良い子ね。ちょっと抱き上げるわよ」


しゃがんだまま抱き抱え、シャドウ・ドッグを撫でてやる瑠璃


シャドウ・ドッグも既に警戒心を解いたのか、瑠璃に抱き抱えられて嬉しそうに尻尾を振っている


それと同時に瑠璃の左手の甲に光が灯る、それは暫く光っていたがやがて収まると一つの狼を象った紋章となる


「契約紋、だったか?確か魔物を使役出来るようになった時に浮かぶ物だったと思うんだが、どうだ?」


「そうね、何となくだけどこの子の言う事が分かるような気がするわ。今は、『遊んで』って言ってるのかしら?」


「取り敢えずソイツはお前になついたみたいだな。名前をつけてやったらどうだ?因みに、ソイツはメスみたいだぞ」


バイザーでステータスを確認、性別の部分がメスになっている


魔物を使役する際は名前を与えて本格的に契約となるらしく、今は仮契約のような状態とアーカイブにある


「そうね、何にしようかしら?女の子にぴったりの名前にしないと」


そう言って少しの間悩んだ瑠璃だが、少し経つと一言、決めたと言った


「あなたの名前はシャルロットにしましょう」


「ほう、どんな意味なんだ?」


「お菓子の名前よ。パンとかスポンジケーキを型に貼り付けて中に果物のピューレとかカスタードを詰めて冷やしたお菓子なの。それにね、シャルロットには『小さくて女性らしい』っていう意味もあるの。この子にぴったりの名前だと思わない?」


「そうだな。確かに、小さくて可愛らしくはあるな」


瑠璃が相手をしてくれて人に慣れただろうと思い俺もシャドウ・ドッグ改めシャルロットに手を伸ばす


「ギャウッ!」


歯をむき出しにして思いっきり噛み付かれたあたり、どうやら仲良くなるのはまだ先の話らしい

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