瑠璃の変化
「―――という訳で、俺達の要求としては以上です」
「分かりました。裁定神様の名に誓って必ずや履行させるように致しましょう」
審判は決闘が起きた際の為に探索者組合に居る裁定神を信仰する神官という事で、殆んどの場合はちゃんと要求を履行させるらしい
それだけ裁定神クラリッサの影響力が強いという事なんだろうが、これなら今後は余計な事をしない限りは《金獅子》との厄介ごとは起きないだろう
「さてと、アイツ等は医務室にまで運ばれていったし、取り敢えずは一息だな」
「そうね。それより決闘で時間は空いたけど、皆まだ待ってくれてるみたいね」
「そういえばアイツ等は探索者組合から派遣された講師だったな。仕方ないし、代わりに講習でも行うか?」
「ええ、元から教えるつもりだったのだもの、当然よ」
そういう訳で俺達は他の探索者達の所まで戻った
そうして俺達を出迎えてくれたのは全員からの拍手だ
「凄かったぜ、お前ら!Bランクに勝ちやがった!」
「見た事もないスキルばっかりで、見ていたのに驚いてばかりだ!」
「カナタ、あの炎の剣もまた教えくれよ!ヴィゴールの《フレイムソード》なんて目じゃなかったな!」
「ルリさん、あの魔法カッコ良かったです!」
「低級の魔法でも組み合わせ次第であんな事が出来るんですね!勉強になりました!」
「師匠、わたしもっと頑張りますから、これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
それぞれ俺達が教えた探索者達だが、俺の方は戦士系で、瑠璃の方は魔法系で別れている
いつの間にかこれだけの生徒が居たのかと実感したが、苦笑しつつ俺達はそれぞれの生徒達のもとに戻り、この日は延長した時間一杯までスキルを教える事になした
その後、何故か《ハイムラ流》というスキルの流派みたいな物が出来ていて、今回教えた探索者達を中心にそう名乗っていたのだが、この時の俺はまだ知るよしもなかったのだった
「ふう、今日は疲れたな」
「でも良かったわよね。皆喜んでくれたし、楽しかったわ」
その日は結局最後までスキルの訓練に付き合い、最後の方はMPを消費し過ぎたのかいつもとは違う、息苦しさに似た疲労感を覚えつつ探索者組合を後にした
剣の鞘は後日という事になり、それまでは渡された布で焦げた鞘を補強して代用している
それから昨日と同じ《雛鳥の巣》という宿屋に戻って、今は自室で一息ついたところだ
「お前は師匠とか呼ばれてたよな」
「アンタだって最後はそう呼ばれてたじゃない」
「まあな。とはいえ、最後はなんか師匠というより師範と呼ばれていた方が多かった気がするが」
師匠と師範だからあまり意味に大きな違いはないだろう、恐らくは瑠璃との呼び訳で自然とそうなったんだと思う
「また教えて欲しいとも言われたわね」
「そうだな。探索者組合の方からも依頼扱いにして貰えるって言ってたから、指導の仕方が評価されたって事なんだよな」
「Fランクだと指導なんてまずあり得ないらしいわよ。あっても子供相手に剣の稽古ね。少なくとも同じ探索者に教える事はあまりないわ」
「お陰で今日の指導で昇級だからな。もう少ししたら中級であるDランク試験を受けられそうだな」
今日の依頼であったアダマンタイトの納品に加え、指導により評価が上がった事で俺達はEランクに昇級した
決闘の騒ぎで評価が下がるかとも思ったが、私闘ならともかく探索者組合で手順を踏んでいたから特にそういった罰則はないらしい
そういう訳で俺達は昇級し、パーティーであればDランク依頼まで受けられるという訳だ
「明日からは本腰を入れて依頼をこなしていくか。早めにランク上げようぜ」
「次のDランクで試験よね?受かるかしら?」
「今日の講習の成果を信じるしかないな。ノートは纏めてるだろう?」
「そうね。落ちても結構な頻度でまた次の試験があるみたいだし、きっと大丈夫よね」
実技は今回の決闘でBランクを圧倒出来た事で自信を持って良いと思う、過信は禁物だが自分の事を正当に評価を出来れば大丈夫だろう
「さて、そろそろ寝るか。スキルでMPを使いすぎた気がする」
「魔法だけじゃないのね、MP消費するのって。でも、かなり低コストなのね」
「まあな。レベル上がって上限増えてるから、かなり連発しても平気だが回復は少し遅めだ。今後はポーションの出番が出来そうだな」
「本当よ。私の職業、あくまで錬金術師なのに肝心のポーションを全く使わないんだから」
使わないにこしたことは無いが、今後の戦闘では使う事があるかもしれない
MPを回復する為のポーションは必ず飲む必要があるので戦闘中では難しいかもしれないが、そこは作戦を練って対応しよう
とはいえこうして安全地帯に居るなら急ぐ必要はない、寝ている間は回復速度が早まるらしく、一晩寝れば全快しているのだ
「明日の朝、全快してないようなら頼らせてもらうさ。もう寝るぞ、明かりを消してくれ」
「使ってくれる事を楽しみにしてるわ。おやすみなさい、カナ」
「ああ、おやすみ」
部屋の中に備えられている魔核を燃料として灯るランプを瑠璃が消し、部屋が暗くなる
多少は外の月明かりによって部屋の中が見える程度であり、街も静まり返っている
ベッドのシーツは今日も干されていて良い匂いがする、今夜もぐっすりと眠れそうだと感じつつ、俺は目を閉じた
体に違和感を感じ、目が覚めたのは夜中の事だった
瞼を閉じて眠っていた筈なのだが、妙に腹の辺りに圧迫感がある
それで目を開きまだ少し寝惚けた頭で意識を覚醒させようとし、一度上体を起こして確認をしようとしたのだが、体が全く動かせなくなっていた
動くのは首までであり、首から下は全く動かない
俺は体験した事がないのだが、これが金縛りというやつだろうか
それにより一気に頭が覚醒したが状況に変化はない、圧迫感は相変わらず残っており、体は一切動かせない
そこで首を動かして視線を巡らせれば俺の体の上に何かが居る、赤い二つの光は、その何かの目だろうか
流石に寝る時はバイザーを身につけない為、暗視装置を使う事も出来ず外からの僅かな月明かりにより影がうっすらと見える程度であり、正体が分からない
金縛りとなると幽霊といったオカルト的な存在が有名だが、そういった存在が魔物としても実在するこの世界に於いてはかなり洒落にならない状況だ
剣はベッドの横に立て掛けてあっても腕が伸ばせないのでは意味がない、せめてこの状況を瑠璃に伝えて打開しようと瑠璃が寝ている筈のベッドに視線を向けると、窓側にある為に月明かりがより多く差し込む隣のベッドに瑠璃の姿はなかった
「んん?」
その時、ふと俺に乗っている何かの正体に、一つ心当たりが出来た
さっきから見えている赤い双眸、鍵の掛かったこの部屋に出入り出来る存在、そして暗闇に慣れてきた目で見えてきた幽霊らしき物の顔
その全てが繋がった事で、俺は俺に乗っている影に声を掛けた
「……何やってんだ、瑠璃?」
「うふふ、良い夜ね、カナ」
そう、影の正体は瑠璃だった
一先ずは悪霊とかの害がある存在でない事に安心しつつ、何故このような真似をしているのかを問い質す
この金縛りの状況も瑠璃が魔眼か魔法で起こしているのだろうが、その理由が全く分からない
「良い夜も何も、今日は満月だったな。それで、何をしているんだ?」
「実はね、何だか体が熱いのよ……眠っていたのに、熱くて熱くて……それでカナの事を見たら、我慢出来なくなったの……」
再び問い質すと、瑠璃が顔を近付けて話し出した
こんな時に言うのもなんだが正直に言って瑠璃は美少女だ、そんな瑠璃が夜中に、顔を赤らめて至近距離まで顔を近付けているのだ
更には瞳は潤んでいて呼吸も少し荒めであり、言葉にも艶っぽさが感じられる状況で、顔を近づけると同時に俺へと体を密着させてくる
薄手の麻綿の掛け布団越しに胸に感じられる二つの柔らかな感触、普段から目にしている瑠璃のプロポーションからいやでも連想されるその正体に思わずぎょっとする
結構あるな、とは思っていたがこうして触れ合って初めて分かった、ただ柔らかいだけでなく押し返すような弾力があるのだという事が
そんな男なら一度は夢見るような状況に俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じた
「あら、緊張しているの?カナって、普段は男らしくて頼りになるのに、かわいい」
「なっ、おまっ!?―――ッ!?」
男としては不本意な『かわいい』という感想に反論しようとするが、背後に手を回され、抱き締めてくる瑠璃の行動に息を飲む
それと同時に密着した瑠璃の体の柔らかさを全身に感じ、俺の首の辺りに顔を埋める形になった瑠璃の長い綺麗な銀の髪から香る甘い女の子特有の匂いに、頭がくらくらしてきた
「ハァ、良い匂いね。汗っぽくて男臭いのに、好きよ」
「うぐっ……」
この宿、というか世界には魔法があってシャワーを再現してある
魔核を燃料に発動する水の魔法なので水道設備がなくても設置が可能であり、割りと庶民の間でもシャワー付きの家は多いらしい
そのシャワーで毎日体を洗っているから変な臭いはしないと思っていたのだが、それを指摘されて恥ずかしさから頬が熱くなるのを感じた
それでも俺の匂いなんかを好きという瑠璃の言葉に、嬉しいとも感じてしまったのも事実だった
「ねえ、カナ。少しだけ我慢してね」
「くっ、何を?」
「初めてだと思うけど、私も初めてなの。だから、少し痛いとは思うけど、大丈夫よね?」
「だから、何の話だ?」
アッチの方の話なら痛みがあるのは女の子の方だと思うが、瑠璃の口振りから違うと分かる
正直、少し期待していたのだが、瑠璃が俺の首筋に歯を立てた事で理解した
「いただきます」
「ぐぅ……」
耳元で囁くような言葉と共に首筋に瑠璃の歯が食い込んでいくのが分かる
だが痛みはなく、じんわりと痺れるような感覚により苦痛には感じられない
それどころか意識が少し遠くなり、視界がぼやけ始める
「んっ…………んくっ………………ハァ、美味しい、美味しいわ……」
「それは良かったよ……」
瑠璃がやっているのは吸血行為だ、吸血鬼になってから一切そういった素振りを見せなかっただけに、そういう衝動的な部分は存在しないのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい
幸いというべきか、この世界の吸血鬼は血を吸っても吸われた相手が吸血鬼になるなんて事はないらしく、俺が吸血鬼になる事はないだろう
瑠璃の吸血衝動がどれだけの強さなのかは分からないし、吸血しなければどのような悪影響が出るのか分からない以上、俺の血で良ければ存分に提供しよう
とはいえ、金縛りで動けない以上、俺が死なない程度に抑えてくれると嬉しいのだが
一度離していた口をもう一度首筋に立て、吸血する瑠璃はやがて満足したのか、再び口を離した
「ああ、美味しいかったわ」
「……満足したのか?」
「ええ、貴方のお陰でね。愛してるわ、カナ」
「むぐっ!?」
だが最後のは不意討ちだった、愛してるという言葉の後に瑠璃が俺と唇を重ねてきたのだ
あまりの衝撃に目を見開いたが、一瞬とも長くとも感じられたその行為が終わると、瑠璃は俺に抱きついたまま、いつの間にか寝息を立てていた
ファーストキスという事実に俺の心臓がかつてない程に脈打っているが、それとは別で問題が発生していた
「……動けん」
瑠璃が抱きついているだけでなく、金縛りがまだ解けていないのだ
原因である瑠璃は眠ってしまったし、さっきのキスの衝撃で完全に目が冴えてしまった
それでいて瑠璃の大きな胸の柔らかさは感じられていて、瑠璃が身動ぎする度にその形を変えて感触を伝えてくるので、一人悶々とした眠れない状況なのだ
いけないとは分かっていても瑠璃に手を出したい、そう思っても金縛りで動けないという生殺し状態だった
そうしてこの日の夜は更けていった
何の拷問かとも思ったような夜だった、ただファーストキスはレモン味なんて言うが、俺と瑠璃の場合は微かに鉄の味がしたとだけ言っておこう




