初依頼
「くっ……あぁ……久しぶりにベッドで寝たな」
探索者組合から紹介されたリストの宿は確かに良い宿だった、決して豪華ではないが清掃が行き届いており、毎日干しているのかシーツからは日干しした匂いがした
そんなベッドで眠れただけに、いつものシートで寝ていた体も十分に休める事が出来て体の調子も良さげだ
「瑠璃、起きてるか?」
起きてから調子を確かめる為に軽くストレッチをした辺りで隣のベッドで寝ている瑠璃に声を掛ける
部屋を分けようかと思ったんだが、他に部屋が空いてなかったとの事で一緒の部屋に泊まっていた
いつも起きる時間より早いからやはり瑠璃は眠っているようだ、俺に付き合わせるのも気が引けるし、ベッドから降りて傍らに立て掛けてあった剣を手にソッと部屋を出る
この宿には裏手に広めの庭がある、昼は洗濯物を干しているようだが今は早朝、何もない
しかしだからこそ向かうのだ、事前に宿の人には許可を貰っているから泊まっている部屋のある三階から降りて庭に向かう
早朝の少しひんやりとした空気が気持ちいい中で留め具を外して剣を抜く、そして構えを取って意識を集中させ、一気に振り抜く
「フッ、セッ、ハッ!」
バスタードソードの特徴である片手と両手の使い分け、組み合わせで連続して剣を振っていく
ゲーム内で身に付けた我流だが動きは速いと思う、だが何かが足りないと感じる、速度も何もかもゲーム内での時と遜色ない、むしろ切れが増しているようにも感じるのに何かに届いていないように思う
これは別に今日だけの話じゃない、この世界に来て剣を振っていると感じる事なのだ
「何が足りないんだろうな……」
とはいえあまり素振りばかりをしていても仕方ない、俺は剣を鞘に収めると次に太股に巻いてあるホルスターからHK45TとM500を抜いていく
暴発しないようにトリガーに指を掛ける事はせず、抜いた時の人差し指は伸ばしたままにする
いざという時に素早く対応出来るように早撃ちの練習だ、抜いては適当な物に銃口の先を向ける、そしてホルスターに戻してはより早く構えられるように抜く、その繰り返しだ
「精が出るわね。調子は良いの?」
「まあな。疲れる程にはやらないで確かめる程度だ」
背後から声を掛けられて練習を止める、この時間帯は誰もいないようなので来るとすれば昨日の時点で知っている瑠璃くらいのものだ
「私も練習した方が良いのかしら?」
「そうなんだが、お前の場合はまずもっと当てられるようになる事だからな。流石にこんな街中で発砲する訳にもいかないから、練習のしようがないんだよなあ」
「悪かったわね、射撃が下手で」
瑠璃だが、射撃はまあそこそこ出来るようになってきた
とはいえその命中精度はまだまだ、今は牽制として使えるくらいだ
「まあHK45Tは反動も結構あるからな。ステータスが上がっても抑え込むのに慣れがいるか」
「反動の少ない銃はないの?」
「少なくとも拳銃ではない。サブマシンガンなら幾つかあるんだが、それだとサイズも大きめになって周りから目立つからな」
主に構造が反動を受け止めるのに適した物が幾つか、俺が片手でもフルオート射撃出来るような銃なら瑠璃が両手で使えば行けるだろう、そもそもサブマシンガンが近距離で弾をばら蒔く為の武器だしな
場合によってはマシンガンでも良いだろう、その方が弾幕を張るには適している、点で当たらなければ面で撃てばいいのだ
とはいえ拳銃のコンパクトさに及ぶ訳もない、まだ隠し通すつもりの銃に関しては必要な時だけ抜いて、後は服の下や《アイテムインベントリ》で隠す事にしている
「強力な武器を持っているにしてもランクが上がるまで秘匿するのよね」
「まあな、ランクが低いのに強力な武器を持っているとなれば変な考えを持つ奴も出るかもしれない。まあ、武器のお陰でランクを上げたと思われるのもマズイから剣も腕を磨いてるんだけどな」
ランク昇級試験では模擬戦があるらしいし、その為にも剣のみで打ち勝てるくらいには強くならないといけない
それで素振りをしていたりもするのだが、やはり何かに届かないな
「カナは今でも十分に強い気はするけどね。それよりもう少しで朝食の時間になるわよ。早く戻ってきなさい」
「ああ、分かった」
瑠璃に促され、最後に一頻り剣を振ってから朝食に向かった
この宿の食事は基本的には量が重視されているらしく、朝食はクロワッサンのようなパンが食べ放題となっていた
これは体が資本の探索者の為の食事だろうな、泊まっている他の探索者の装備を見てもどこか安物といった様子が見てとれる
恐らくは俺達と同じく駆け出しなのだろう、依頼書を見ていてもあまり稼げる様子ではなかったし、安価で量のある食事というのはありがたい物だと思う
俺達の場合は予想以上の稼ぎがあったから関係ないが、こういった食事もまた探索者組合との提携している理由なのかもしれない
「さてと、今日からは講習があるんだったな。どうする?適当に時間を潰すか?」
「そうね。ファッション関係にも興味あるけど、それはまた今度にして先に探索者組合に行ってみようかしら?何か特別な依頼があるかもしれないでしょう?」
「確かに、昨日は依頼が軒並み同じような物ばかりだったからな。朝に新しく貼り出されているなら、見てみる価値はあるか」
見れば手早く食事を済ませてしまおうとしている探索者もいる、恐らくは今の仮説で間違いないのだろう
どちらにせよ講習の時間まで暇である事に違いはないのだ、それならば早く行って確かめるのもありだな
「よし、一服したし行くか」
「ええ、探索者らしくなってきたわね」
食事代は昨日のチェックインの時に宿泊費に含まれていたので席を立って探索者組合に向かった
探索者組合の建物に近付いてくるに連れて道を歩く探索者の数も多くなっており、辿り着いた頃には人が結構な数が密集していた、どうやらまだ探索者組合は開いていないらしい
なお、俺達の格好だが俺は軍用の野戦服を、瑠璃は予備で幾つかポーチの中に入っていたらしい黒のドレスを着ている
俺の場合は動きやすさを重視しており、瑠璃の場合はそうは見えないが防御を重視している、あのドレスだけで下手な鎧並みの防御力があるのだとか
そんな周囲から見てもかなり浮いた格好の俺達が探索者組合に向かうと好奇の視線に晒されるが気にしない、恥ずかしがる事でもないので堂々としていれば俺達にとっては普通だと納得するだろう
そして周囲からの視線も収まってきた頃、探索者組合のドアが開き、ぞろぞろと探索者達が中へと入っていく
そして依頼書の貼り出されている掲示板に殺到した、主に狙っているのは討伐系の依頼らしく、採取やその他の掲示板は他に比べて少ない
だから俺達は殺到している探索者達を避けて採取系の依頼書を眺めていた、大抵は前日と変わりなく薬草や鉱石の採取依頼ばかりだ
しかしその中で一つ、下の方に埋もれる形で少し古めの依頼書があった、内容は『アダマンタイトのインゴット三本』となっている
推奨ランクはB以上、アダマンタイトは採掘量が少なく、とてつもない希少な鉱石という事で入手するにはダンジョンのドロップを狙った方が早いとされるくらいらしい
そのダンジョンでのドロップもそれなりに深い場所でしか出ずに、更にはかなりの低確率であり、それを三本ともなると自分で武具にした方が良いと思っているんだろう
採取系の依頼はランクに制限がないと言っていたから、手持ちのタラスクの素材を精練すれば達成出来そうだな
「瑠璃、これお前に頼めるか?」
「成る程、タラスクの素材の精練ね。でもインゴットがどれだけの大きさか分からないわよ?」
「そこはまあ、受付で聞いてから作ろう。取り敢えず受ける方向で良いんだよな?」
「ええ、勿論よ」
そんな訳で依頼書を掲示板から剥がして確保、納品の際にはどの依頼の分かを確認する意味でも依頼書を持っていく必要があるらしい
それから他の探索者達が依頼を受注して外へと出ていくのを眺めて一時間程すると殆んど疎らになった辺りで依頼書を受付に持っていく
昨日のカウンターとは違うから男性の職員が手続きを行っており、その人に依頼書を渡す
「納品依頼ですね。ですがこれは少なくともBランク以上の探索者が潜れるダンジョンでしか採れない物です。大丈夫ですか?」
「心配ない、前に王国でタラスクの甲羅を二頭分は確保してるからな。それを精練する」
「はあ、タラスクの……って、えぇっ!?タラスクって、あの陸皇亀の異名を持つA+級の魔物ですよ!?此処に居るからにはあなた方はまだ駆け出しですよね!?」
「まあ、そこはほら、《鉄騎兵》を持ってるから。旅の途中で狩ってきたんだ」
「いやいやいや、《鉄騎兵》を持っていても一機や二機でどうにかなる相手じゃないでしょう!?確か数年前に王国の方で討伐の記録がありますけど、その時は《鉄騎兵》を百機近く動員したと言われてるんですよ!?」
「アイツ、そんなに強かったのか……」
まだ何とか《マスタング》でどうにかなるレベルだったし、次からは恐らく楽に倒せる魔物だが、そんな国の戦力を集めて倒さなければならない魔物とは思わなかった
精々、《鉄騎兵》が十機も居れば倒せると思っていたが、これは《鉄騎兵》の性能が予想以上に低いのか?
だが職員の反応からするとしくじったかもしれない、他の人間が殆んど居ない事がせめてもの幸いか
「嘘を言うにしても、もう少しまともに考えて下さい。今回は不問にしますが、虚偽の報告を探索者組合にした場合は罰則もありますからね」
「いや、素材自体はあるからな。ほら、この通り」
どうにも俺達が見栄を張ったように受け取られたようだが、それだと今後の評価の方にも影響が出る事が考えられるから、瑠璃に目で合図してタラスクの甲羅を一つ出して貰った
瑠璃が涼しい顔で取り出すものだから軽いのかと思ったが、結構な重さがあるな
「これは……いや、しかし……しょ、少々お待ち下さい!」
流石に実物を目にしては疑えないのか、職員は大慌てでカウンターの奥へと行くと別の職員なのかやたら体格の良いオッサンを連れて戻ってきた
ただし服装は作業服というかオーバーオールを着ており、受付の人間とは空気が違う
「ほう、これはこれは。ふむ、ふむふむ、確かにタラスクの甲羅で間違いない。討伐者はカナタ・ハイムラとなっているな」
そのオッサンはルーペのような物を取り出すと甲羅を調べ始めたが、直ぐに本物と見抜いた
更には討伐した人間である俺の名前を言ったのだが、あのルーペの能力なのだろうか
「つまり、この甲羅は……」
「お前さん、名は?」
「灰村奏多、この国で言うならカナタ・ハイムラか?昨日、此処で登録した新人だ」
「偽名、という訳ではないんですよね?」
「本名だ。必要ならステータスカードを……って、何で俺をルーペで見てるんだ?」
「この方が早いからな。安心しろ、名前までしか見ていない。ルキーノ、確かに正真正銘、このタラスクの討伐者は小僧だ」
「それでは本当に……し、失礼しました!」
「いや、それは別に良いんだが、それより討伐者まで分かるものなのか?」
気になっていたルーペの能力、お詫びの代わりとして教えて貰えないかと思い訊ねてみると、別に隠す事でもないのか簡単に教えてくれた
「ああ、これか。裁定神クラリッサ様の御加護が宿っていてな。裁定神様の神殿に行って高額のお布施を支払う事で祝福を頂けるんだ。魔物を討伐した際に誰が倒したか揉め事になる事が多くてな、探索者組合では必ず置いてある」
「成る程な、道理で天秤が刻印されている訳だ」
裁定神クラリッサ、戦女神マルヴィナ等と同じく十柱の女神の内の一柱であり、その神殿は裁判所も兼任している事がある
物事を裁定する為に天秤を持った姿で描かれている事が多く、その加護となれば確かに頷ける能力だ
「それで、依頼の方なんだが、実はインゴットのサイズが分からなくてな。精練はするから、サイズを教えて貰えないか?」
「はい、分かりました。このサイズの甲羅ですと三本分を作っても余りますね。余った素材は此方でも買い取りが出来ますが、どうしますか?」
「残りはまた引き取るよ。何かに使えるだろうからな」
「まあそうですね。残った分でも剣や短剣、槍と何でも出来るでしょうし、多くの探索者はそうしますから分かります。では、他のインゴットを持ってきますので、サイズの基準として下さい」
そう言って職員が持ってきたのはダンジョンのまだ浅い部分でドロップする鉄のインゴットだった
金属の中で鉄は比較的安かったが、こうしてドロップするのであれば鉱山が無くとも国は何とかなるのかもしれない
やはりダンジョンのメリットは大きいのだろう、改めてそれを実感した
「それじゃあ、精練するわよ」
「頼んだ」
サイズを確認してイメージを掴んだのか、瑠璃は大鍋を出すと甲羅を吸い込んでインゴットに変えていった
出来たインゴットは五本、内三本を納品して依頼は完了だ
「では確かに。今後もアダマンタイトの需要はありますので、気が向いた際は納品をお願いします」
納品の際には前に探索者組合で発行して貰ったプレートを渡して機械のような物に通していた、何らかの魔方陣らしき物が見えた事から魔法の道具なのだろう、プレートを作成した時の道具に少し似ている
返して貰ったプレートを確認すると昇級ポイントという所が『5/10』となっている、どうやら今ので次の昇級まで半分になったらしい
「こんなにポイントを貰っても良いのか?」
「長らく放置されているような依頼は少し高めに設定されているんです。また、今回は本来ならBランク以上推奨の依頼なので、ボーナスが加算されています」
「成る程、そういう事か」
「とはいえ討伐依頼ではそのような事は出来ません。討伐依頼には危急の物も多く、派遣する人員には細心の注意を払っていますのでご理解頂けると助かります」
「それは分かる。身の丈に合わない依頼を受けて失敗でもすれば、その探索者の命だけでは済まない場合もあるというのは想像に難くないからな」
「ええ、その通りです。ところで、お二人はパーティー登録はしないのですか?」
「ん?パーティーは登録が必要なのか?」
「はい、必要という訳ではありませんが手続きの際に簡略化する事が出来ます。例えば即席のパーティーの場合など、一度全員のランクを調べる必要がありますが、登録しておけばその手間が省け、より効率的に行えます。また、探索者組合からの評価によっては規定では一つ上のランクまでしか受けられない討伐依頼の上限を解放したりですね。またパーティー登録の際にはパーティー名を登録出来ます。パーティー名の方が人の印象に残り易いので、指名依頼などが多くなったりもします」
「分かった、ちょっと二人で話し合ってみる」
主にパーティー名を、瑠璃が久々に中二病センスを発揮させたくてウズウズしているのが伝わってくる
登録すれば一生ものだ、可能な限り後悔しないような名前にする為にも手綱を握らなければ




