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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十三章 風霜の彼方
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叛意

 奪取してきたばかりの雛が、土の上で転がりながら血反吐を出す。

「……う、ぐ」

 真力は残り少ない。

 抵抗する力もなかろうが、念には念を入れ、結界を張る。


 ここは、里の外れ。

 奴等が苦心して仕込んでいた蜘蛛の巣は、見回り部隊によって完全に破壊されている。

 だが、おかげで部隊の動きが鈍い。

 内通者の監視と首謀者の追跡。この状況で、完璧な守護は敷けぬだろう。

「どうだ。喋る気になったか」

 問えば、息も絶え絶えといった状態となってもなお、鋭い眼差しで睨みつけてきた。

 昇ってきた日が、目の奥に潜む感情を照らす。

「……協力的な同志と聞いていましたが、誤りだったようですね」


 返答は否。

 そう解釈して、先ほどより強めた雷を落とす。


「つまらん意地を張っても、結果は同じ。お前もわかっているだろう」

 反吐に混ざる血が増えた。

 これ以上は無意味、と判断せざるを得ない。

「雛の分際で見上げた根性だな。さすがは"郭公"。よく調教されている」

 雛の目が、かっと開かれた。

「何の、話……です」

「は……っ。いまさら誤魔化しなど意味もなかろう。今年の"珠卵"は一羽のみだ」

 "珠卵"以外で真術に長けた雛がいるとすれば、それ即ち"郭公"。

「お前といい、ジーノといい、いつまで同志の振りを続けているつもりだ?」

 "郭公"が巣にもぐりこんでいるとなれば、目的など知れている。

「見くびられたものだな。偽の目的を掲げ、それらしく振舞っていれば、誰も彼もが騙されてくれると思っていたか」

 こやつ等にとって、サガノトスはさぞ居心地がよかったろう。


 第三の地として定められた時より、不満の種子が撒かれていたのだ。

 正鵠アーレスさえいなければ、大陸の覇権を握っていただろう王国。そのような地に生まれた、不遇の真導士達。

 世が世なら、国王の直近ともなれたはずの者達。それが最初のサガノトスの民だ。

 アーレスが苦心をして、真導士という制度を作り。真導士の里という枠を作り、ようやくその者達を抑え込んだ。

 "第三の地 サガノトス"は、存在そのものが封印だったのだ。


 無論、封じただけでは意味がない。

 放置していれば、サガノトスの民はすぐさま乱を起こす。

 ゆえに、サガノトスの上層には、アーレスが率いていた義勇軍の幹部を据えた。

 すべては、不満の種子達を正しく封じるため。

 他の里と違い、当初より疑惑の眼差しを受けていたサガノトス。

 その成り立ちゆえ、歪が生まれるのも当然と言えよう。楔を打ち込む場所なら、腐るほどあったはず。

 結果、サガノトスは多くの"鼠"を飼うことになり。この混乱を生み出し。今日という機において、中央の動きを縛っている。

 己にとってはまさに追い風。

 女神の息吹を生かし、一気に頂点へと舞い上がってみせよう。


「……"郭公"だと思うのなら、尋問など無駄なことをせず、即座に殺せばいい」

 "郭公"はさえずらない。

 真導士の里における常識だ。いまさら雛に教わるまでもない事柄。

 たかが、手負いの雛一羽。

 真力を削られるのも馬鹿馬鹿しいと思っていたが……この場合、致し方ない。

 雛の胸倉を抑え、真眼に手を置く。

 それだけで雛の表情が変わった。

「ほう? お前はフィオラと違うのか」

 血走った目が、殊更大きく開かれたのを見届け、真術を展開する。

 雛の口から、怒号交じりの悲鳴が出された。それには構わず、真眼の内側へ真術を送る。


 ――これは深い。


 雛に与えられていた知識は、かなりのものだ。

 "珠卵"としても多過ぎる。

 他者の記憶と知識を読み解くのは、ひどく骨が折れる。分厚い真術書のような記憶群から、引き出したい箇所を探すだけで、多量の真力が必要となる。

 こやつ等の正体や繋がりに興味はあれど、すべてを探るような時間も余力もない。

 いま、必要な知識はただ一つ。


 サガノトスの東に眠る、生華時代の遺跡。

 生華時代の遺跡は、双子遺跡とも呼ばれる。そう呼ばれる所以は、封印と知識の遺跡に分かれているため。


 ――そして必ず、同じ術具がそれぞれに収められているため。


「……そうか」

 真眼から手を離す。

 膝から崩れ落ちた雛は、意識が混濁しているようだ。

 記憶を引きずり出されたのだ、無理もない。

 浅い呼吸を繰り返している雛を、枯葉だらけの土の上に蹴り転がしてやる。

 片割れは、思っていた通りの場所にある。

 雛が鍵となる場合を想定して生かしておいたが、無駄な行いだった。

 ……こいつはもう、用済みだ。


「残念だったな」

 血の滲む努力を重ね。故郷より遠く離れた地に潜入し。誰にも心を許さず、粛々と命令を実行し続ける。

 まさしく理想的な駒。

 "郭公"として、実に優秀。

 無事、任務を遂行できていたのなら、さぞや盛大に歓迎されただろう。


 こやつ等のおかげで、舞台は完成している。

 大願成就を目前にして、掠め取られるなど想像もしていなかったろう。

 憐れんでやるかとも思えど、どうにも愉快な気分が胸を占め、口元に歪みが出てしまう。

 せめて、一思いに息の根を止めてやろうか?

 慈悲を胸に、枯葉まみれとなっている雛に手をかざす。

 気配を察知したのか、転がっていた雛が顔を起こした。前髪の隙間から、恨みがましい細い目が、煌々と光を放っている。

「いいのですか……」

「何が?」

「このようなこと……、首領がお許しにならない」

 込み上げてきた嘲笑は、抑える間もなく噴出した。

「首領? ――首領だと!」

 顔色を変えた雛が、枯葉を撒き散らしながら跳ね上がった。

 着地し、身構えたところへ風を放つ。

 立つだけで精一杯だった雛は、枯れ葉に混じって飛ばされ、背後の樹木に激突する。ずるずると落ちていくその頭に、樹木から落ちた木っ端が散らばった。

「この痴れ者が!!」

 まだ立ち上がるつもりでいるのか。左手が、枯葉だらけの地面を這っている。


 首領。

 いや、首領と呼ばれていたものについて、大方の予想はついていた。


 そもそもがおかしい存在。

 そのようなものを、いつまでも信じているわけなかろうが。

「いつまでも、貴様等の猿芝居に付き合ってなどいられん」

 己には向かうべき場所があり、得るべき力がある。

「消え失せろ」

 "郭公"は裏切り者。

 裏切り者は罪人。

 罪人には磔がお似合いだ。

 編み出した剣を、雛目掛けて飛ばす。刹那、網膜を焼くような光が目に突き刺さった。

「…………小賢しい奴め」

 視界を取り戻した時、"郭公"の雛はすでに姿を消していた。

 雛がいた樹木の傍。

 奴の左手が探っていた場所から、光が漏れている。

 "真穴"だ。

 このような場所にも隠し通路があったのか。

 迂闊なことをと悔いたのは一瞬。気分はすぐさま他の色に塗り替えられた。

「……ふん、好きにするがいい」


 そう、好きにするがいいのだ。奴も。ジーノも。

 すでに、貴様等の企みは割れている。この己のため、実によく働いてくれた。

 用済みの"郭公"を追跡するより、いまは頂点へ近づくことが優先だ。

 いざと一歩踏み出せば、後方より風渡りの残滓がついてくる。冷たい息吹は、高揚した気分をなだめるのにちょうどいい。




 さあ、行こう。

 この地が、新たな支配者を求めている。

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