叛意
奪取してきたばかりの雛が、土の上で転がりながら血反吐を出す。
「……う、ぐ」
真力は残り少ない。
抵抗する力もなかろうが、念には念を入れ、結界を張る。
ここは、里の外れ。
奴等が苦心して仕込んでいた蜘蛛の巣は、見回り部隊によって完全に破壊されている。
だが、おかげで部隊の動きが鈍い。
内通者の監視と首謀者の追跡。この状況で、完璧な守護は敷けぬだろう。
「どうだ。喋る気になったか」
問えば、息も絶え絶えといった状態となってもなお、鋭い眼差しで睨みつけてきた。
昇ってきた日が、目の奥に潜む感情を照らす。
「……協力的な同志と聞いていましたが、誤りだったようですね」
返答は否。
そう解釈して、先ほどより強めた雷を落とす。
「つまらん意地を張っても、結果は同じ。お前もわかっているだろう」
反吐に混ざる血が増えた。
これ以上は無意味、と判断せざるを得ない。
「雛の分際で見上げた根性だな。さすがは"郭公"。よく調教されている」
雛の目が、かっと開かれた。
「何の、話……です」
「は……っ。いまさら誤魔化しなど意味もなかろう。今年の"珠卵"は一羽のみだ」
"珠卵"以外で真術に長けた雛がいるとすれば、それ即ち"郭公"。
「お前といい、ジーノといい、いつまで同志の振りを続けているつもりだ?」
"郭公"が巣にもぐりこんでいるとなれば、目的など知れている。
「見くびられたものだな。偽の目的を掲げ、それらしく振舞っていれば、誰も彼もが騙されてくれると思っていたか」
こやつ等にとって、サガノトスはさぞ居心地がよかったろう。
第三の地として定められた時より、不満の種子が撒かれていたのだ。
正鵠アーレスさえいなければ、大陸の覇権を握っていただろう王国。そのような地に生まれた、不遇の真導士達。
世が世なら、国王の直近ともなれたはずの者達。それが最初のサガノトスの民だ。
アーレスが苦心をして、真導士という制度を作り。真導士の里という枠を作り、ようやくその者達を抑え込んだ。
"第三の地 サガノトス"は、存在そのものが封印だったのだ。
無論、封じただけでは意味がない。
放置していれば、サガノトスの民はすぐさま乱を起こす。
ゆえに、サガノトスの上層には、アーレスが率いていた義勇軍の幹部を据えた。
すべては、不満の種子達を正しく封じるため。
他の里と違い、当初より疑惑の眼差しを受けていたサガノトス。
その成り立ちゆえ、歪が生まれるのも当然と言えよう。楔を打ち込む場所なら、腐るほどあったはず。
結果、サガノトスは多くの"鼠"を飼うことになり。この混乱を生み出し。今日という機において、中央の動きを縛っている。
己にとってはまさに追い風。
女神の息吹を生かし、一気に頂点へと舞い上がってみせよう。
「……"郭公"だと思うのなら、尋問など無駄なことをせず、即座に殺せばいい」
"郭公"はさえずらない。
真導士の里における常識だ。いまさら雛に教わるまでもない事柄。
たかが、手負いの雛一羽。
真力を削られるのも馬鹿馬鹿しいと思っていたが……この場合、致し方ない。
雛の胸倉を抑え、真眼に手を置く。
それだけで雛の表情が変わった。
「ほう? お前はフィオラと違うのか」
血走った目が、殊更大きく開かれたのを見届け、真術を展開する。
雛の口から、怒号交じりの悲鳴が出された。それには構わず、真眼の内側へ真術を送る。
――これは深い。
雛に与えられていた知識は、かなりのものだ。
"珠卵"としても多過ぎる。
他者の記憶と知識を読み解くのは、ひどく骨が折れる。分厚い真術書のような記憶群から、引き出したい箇所を探すだけで、多量の真力が必要となる。
こやつ等の正体や繋がりに興味はあれど、すべてを探るような時間も余力もない。
いま、必要な知識はただ一つ。
サガノトスの東に眠る、生華時代の遺跡。
生華時代の遺跡は、双子遺跡とも呼ばれる。そう呼ばれる所以は、封印と知識の遺跡に分かれているため。
――そして必ず、同じ術具がそれぞれに収められているため。
「……そうか」
真眼から手を離す。
膝から崩れ落ちた雛は、意識が混濁しているようだ。
記憶を引きずり出されたのだ、無理もない。
浅い呼吸を繰り返している雛を、枯葉だらけの土の上に蹴り転がしてやる。
片割れは、思っていた通りの場所にある。
雛が鍵となる場合を想定して生かしておいたが、無駄な行いだった。
……こいつはもう、用済みだ。
「残念だったな」
血の滲む努力を重ね。故郷より遠く離れた地に潜入し。誰にも心を許さず、粛々と命令を実行し続ける。
まさしく理想的な駒。
"郭公"として、実に優秀。
無事、任務を遂行できていたのなら、さぞや盛大に歓迎されただろう。
こやつ等のおかげで、舞台は完成している。
大願成就を目前にして、掠め取られるなど想像もしていなかったろう。
憐れんでやるかとも思えど、どうにも愉快な気分が胸を占め、口元に歪みが出てしまう。
せめて、一思いに息の根を止めてやろうか?
慈悲を胸に、枯葉まみれとなっている雛に手をかざす。
気配を察知したのか、転がっていた雛が顔を起こした。前髪の隙間から、恨みがましい細い目が、煌々と光を放っている。
「いいのですか……」
「何が?」
「このようなこと……、首領がお許しにならない」
込み上げてきた嘲笑は、抑える間もなく噴出した。
「首領? ――首領だと!」
顔色を変えた雛が、枯葉を撒き散らしながら跳ね上がった。
着地し、身構えたところへ風を放つ。
立つだけで精一杯だった雛は、枯れ葉に混じって飛ばされ、背後の樹木に激突する。ずるずると落ちていくその頭に、樹木から落ちた木っ端が散らばった。
「この痴れ者が!!」
まだ立ち上がるつもりでいるのか。左手が、枯葉だらけの地面を這っている。
首領。
いや、首領と呼ばれていたものについて、大方の予想はついていた。
そもそもがおかしい存在。
そのようなものを、いつまでも信じているわけなかろうが。
「いつまでも、貴様等の猿芝居に付き合ってなどいられん」
己には向かうべき場所があり、得るべき力がある。
「消え失せろ」
"郭公"は裏切り者。
裏切り者は罪人。
罪人には磔がお似合いだ。
編み出した剣を、雛目掛けて飛ばす。刹那、網膜を焼くような光が目に突き刺さった。
「…………小賢しい奴め」
視界を取り戻した時、"郭公"の雛はすでに姿を消していた。
雛がいた樹木の傍。
奴の左手が探っていた場所から、光が漏れている。
"真穴"だ。
このような場所にも隠し通路があったのか。
迂闊なことをと悔いたのは一瞬。気分はすぐさま他の色に塗り替えられた。
「……ふん、好きにするがいい」
そう、好きにするがいいのだ。奴も。ジーノも。
すでに、貴様等の企みは割れている。この己のため、実によく働いてくれた。
用済みの"郭公"を追跡するより、いまは頂点へ近づくことが優先だ。
いざと一歩踏み出せば、後方より風渡りの残滓がついてくる。冷たい息吹は、高揚した気分をなだめるのにちょうどいい。
さあ、行こう。
この地が、新たな支配者を求めている。




