アイデアマン! 第3章 最後の審判と全国大会への挑戦
301万9232円
夏休みに入って、数日が過ぎた。
僕の所持金は、290万円。ここまで来るのに、本当に長い時間がかかった。それでも、まだオーラは発動しない。きっと、完成ラインにあと少し届いていないのだろう。
この世界のオーラは、お金が貯まるにつれて少しずつ見えてくるものじゃない。実現性に到達したその瞬間に、初めて発動する。だから290万円では、まだ何も起きないのだ。
……焦っても仕方ない。夏休みは、始まったばかりだ。それに、この休みの間に満たすことができれば、休み明けにあいつらも、クラスのみんなも、きっと驚くぞ。
天音優くんだって、驚いてくれるかもしれない。そうしたら、また仲良くなれるかな。
そんなことを考えていた、ある日のことだった。
バイト先の店長から、封筒を手渡された。夏休みの給料、11万円。
家に帰り、通帳に記帳する。画面に並んだ数字を、じっと見つめた。
3,019,232円。
「301万9232円……」
数字を口に出した、その瞬間だった。
ドクン、と心臓が大きく鳴った。身体の奥から熱いものが込み上げて、全身に活気が満ち溢れていく。指先まで力がみなぎる。さっきまで重かった身体が、嘘みたいに軽い。鏡を見ても、自分にはオーラなんて見えない。けれど、確かに何かが変わった。
「まさか……これは、満たしたのか!?」
この溢れる活気。間違いない。実現性に到達したんだ!
攻略本ゲームには、成功するポテンシャルがある!
「明日の朝になったら、すぐに最後の審判に行こう!」
最後の審判
翌朝、僕は一番に開発会社の扉をくぐった。
ルールは、とっくに知っている。アイデアを伝えて制作が始まったら、もう拒否はできない。だから費用は、全額を一度に前もって払う。それが、この「最後の審判」の決まりだ。
手続きを済ませ、貯めてきたお金のすべてを払い込む。画面の送信ボタンを押す指が、少しだけ震えた。数百万円。バイトを重ねて、一円ずつ積み上げてきた、僕のすべて。
「お預かりしました。完成まで、計5ヶ月です」
担当の人が、静かに告げた。
「まず面談で、あなたのイメージとのすり合わせに1ヶ月。開発に3ヶ月。最後にテストに1ヶ月です。よろしいですね?」
「……はい。お願いします!」
もう、後戻りはできない。それなのに、不思議と怖くなかった。
夏休み明け
面談を重ねるうちに、夏休みはあっという間に終わった。
久しぶりに、学校の門をくぐる。教室の扉を開けた、その瞬間。
ざわついていた教室が、ぴたりと静まり返った。
クラス中の視線が、僕に集まっている。
「……え? なに、あれ」
「あいつ、あんなだったっけ?」
「ちょっと待って。オーラ、すごくない?」
「うそ……あんなに濃いの、見たことない」
「先生より、全然強くない?」
「夏休み前は、何も見えなかったよな……?」
教室のあちこちから、息をのむ声が漏れる。女子たちは口元を押さえ、男子たちは目を丸くして、僕から目を離せずにいた。
そこへ、いつもの三人が駆け寄ってきた。
弄りA「お、お前! なんだよ、そのオーラは!」
弄りB「嘘だろ……夏休み前は、何にも見えなかったじゃねえか!」
弄りA「まさか……テトリスのブロックをミミズにするのが、世間にはウケるのか!?」
弄りC「ちょ、ちょっと待て! 俺、『出したら宣伝してやる』って言っちまったぞ! マジかよ……!」
クラスがどよめく。昨日まで笑っていた三人が、顔を引きつらせている。
……ああ、気持ちいい。いや、違う。今は、そこじゃない。
もう、隠す必要はないな。
一度アイデアを出してしまえば、最後の審判は同じアイデアを受け付けない。つまり、ここからは喋っても大丈夫なのだ。
「違うよ。ミミズテトリスは、嘘だったんだ。僕の本当のアイデアは、攻略本ゲームだよ」
僕は、みんなに説明した。毎日訪れる人生の選択肢を、攻略本に書かれた正解で楽に選ぶのか。それとも、自分の力で選ぶのか。選び方によって、もらえるポイントが変わっていく、人生選択ゲームだと。
話し終えると、教室に、微妙な沈黙が流れた。
「……なんだそれ?」
「答えがあるだけの人生ゲームが、面白いのか?」
「深いってだけで、あんまり面白くなさそうだな」
「オーラはすげえのに、なんか、ピンとこねえ……」
……どういうことだ。
まさか、実際に遊んでみないと分からないタイプのアイデアだったのか。これも、よくあることだ。黙っていることは大切だけど、黙りすぎて、他の人の意見が聞けなくなる。それが、このアイデア社会の弱点だ。
そして、あまりに尖りすぎたアイデアは、普通の人には理解されない。それもまた、この世界の弱点だった。
でも、オーラは嘘をつかない。
僕は、そう信じるしかなかった。
完成の日
そして、5ヶ月後。
遂に、ゲームが完成して、僕の手に渡された。
相変わらず、力はみなぎっている。けれど、油断はできない。実際に世に出して、遊ばれなかったり、人気が出なかったりすれば、このオーラも弱まってしまう。
ここからは、賭けだ。
開発会社を出ようとした、その時だった。同じタイミングで、奥から一人の人影が出てきた。
「あ。天音……優くん」
天音優だった。
「久しぶり。もしかして、ソムリエゲーム、完成したの?」
優くんは、柔らかく笑った。
「そうだよ! 久しぶりだね。○○くんも、ゲーム完成したんだね。オーラがみなぎってて、面白そうだよ。ここまで頑張ってきたんだから、報われてほしいよね」
やっぱり優くんは、優しいな。
「ありがとう!」
ここで言うんだ。また仲良くしよう、って。
「あ、あの、優くん。実は――」
その時、優くんが、ふと思いついたように言った。
「この力なら、あれにも出られるかもね。アイデアを競う全国大会。日本アイデア全国大会!」
「そ、それって、1対1じゃなくてバトルロイヤルの!? 視聴者が実際に遊んで、人気や遊ばれた回数で戦闘力が上がって、相手を倒し続けていく大会を、僕が!?」
「そう! ここまでオーラがあるなら、出てみる価値があるよ! そこで上位に入賞したら、間違いなく注目されるし、一生、自分の作品が遊ばれ続けるっていう名誉が手に入るんだ」
胸の奥が、熱くなった。
「ぼ、僕も出るよ! そして、1位になる!」
言った直後に、はっとした。
「あ! ご、ごめん。優くんもいるのに、1位になるなんて言っちゃって! もちろん、僕が勝てるわけないよね。あはは」
優くんは、首を横に振った。
「いや、そうでもないよ。オーラの力は、ほぼ互角。十分、僕にも勝てるよ。それに、ライバルがいると楽しみだしね! それくらい倒す気概がないと、ダメだしさ!」
……やっぱり、優しいなぁ。
「でも、何がいるか分からない。最初は、2人で協力しないか? そして、2人でワンツーフィニッシュだ!」
「……うん!」
僕は、力強くうなずいた。
ここから始まるんだ。日本アイデア全国大会が!
だが、僕たちは、まだ知らなかった。
この大会に、とんでもない存在が現れることを。
アイデアマン! 第4章
日本アイデア全国大会、開催
そして、ついに大会の当日がやってきた。
会場には、全国から勝ち上がってきた者たちが集まっていた。出場できるのは、オーラが規定量に届いた者だけ。僕も優くんも、無事に合格し、この場に立っている。
その数、122人。
会場の外れでは、観客たちがわくわくした顔で話していた。
観客「いったい、どんなやつが来るんだろうな。今日も、面白い画期的なものを見たり遊んだりできるんだろうな」
その時だった。
「どけ。この会話すらめんどくさいんだよ」
低い声が、観客の背後から響いた。
観客「な、なんだ……冷や汗が……寒い。というより、息苦しい……」
振り返った観客は、それ以上、言葉が出なかった。そこに立っていたのは、もう一人の男だった。ただそこにいるだけで、空気が重くなる。会場の温度が、すっと下がったように感じた。
この時の僕は、まだ、何も知らなかった。
様子見の時間
そして、大会が開催された。
いきなり戦いが始まることはない。まずは、みんな様子見から始まるんだ。視聴者たちは、何が面白いのかを探しながら、気になったゲームに触れていく。遊ばれて、人気が出て、初めて戦闘力が上がる。だから、今はまだ、力はみなぎらない。
僕は静かに、時が来るのを待った。
初めての戦い
そして、30分ほどが経った。
遊ばれる回数が増えてきたのだろう。体の奥から、少しずつ力が貯まっていくのを感じる。
「そろそろ、本当に面白いところが動き始めるな。攻略本ゲームも、力が貯まってきた。そろそろ僕も動くか」
その時、背中に荒々しい声が飛んできた。
他選手A「オラァ! そこのひ弱なやつ!」
「ぼ、僕!?」
他選手A「俺の能力、教えてやろうか! それは、お互いにかっこいい能力を言い合って、AIに判定してもらうアイデアだー!」
自信満々に胸を張る他選手A。けれど、僕は思わず叫んでいた。
「それ、最初だけしかハマらないやつじゃないかー!」
バコン!
乾いた音が、会場に響き渡る。
他選手A「うぎゃあああああああ」
アナウンス「他選手A、脱落」
吹き飛んでいく背中を見送りながら、僕はぽつりとつぶやいた。
「AIが判定じゃなくて、他の人が判定するなら、面白かったかもな……」
熊隈暈
気づけば、あれほどいた参加者は、随分減っていた。
そこへ、ひとりの男が現れた。
名を、熊隈暈。くまくまくま。
熊隈暈「ちょっと、1戦いいか?」
「どうぞ! 負けません」
熊隈暈は、にやりと笑った。
熊隈暈「俺のゲームは、アライグマゲームだ」
そして、静かに説明を始めた。
熊隈暈「喜ぶか、威嚇するか。アライグマの反応を見極めろ。それが、このゲームのすべてだ。好物が来たら喜び、嫌いなものが来たら、両手を上げて威嚇する。あの、アライグマの動きだ」
熊隈暈「ひとりで遊ぶモードは、回転寿司のように、食べ物がレーンを流れてくる。曲のリズムに合わせて、好物なら『喜ぶ』、嫌いなものなら『威嚇』を、タイミングよく選ぶ。リズムゲームだな」
熊隈暈「だが、本番は1対1の心理戦だ。1人がアライグマ役、もう1人が、寿司アライグマ職人役になる。対戦が始まるたびに、約30種類の寿司ネタの好き嫌いが、ランダムに決まる。好きなネタが15種類、嫌いなネタが15種類だ」
熊隈暈「アライグマ役は、その好き嫌いを覚えて、出されたネタに『喜ぶ』か『威嚇する』かを判断する。職人役は、その好き嫌いを利用して、ネタを選んで送る。好物を連続で出して油断させてから、嫌いなネタを急に出したり、見た目の似たネタを混ぜたりして、ミスを誘うんだ」
熊隈暈「出題は、全部で30回。1回ミスしたくらいでは負けない。だが、規定の回数ミスをしたら、職人側の1勝だ。30回以内にその回数に届かなければ、アライグマ側の勝ちになる」
説明を聞き終えて、僕は息をのんだ。
「この人、強い! 僕のは1人用プレイのゲームだ。でも、この人のは1対1の対戦ゲーム。より遊ぶ人や、食いつく人が多い。間違いなく強い!」
「心理戦、記憶力、観察力、識別力、判断力、反射神経、リズム力……。全部が揃ってる。とてつもなく強い!」
熊隈暈は、静かに口を開いた。
熊隈暈「お前のゲームの深さ、社会を考えさせる力には、負けるがな」
お互いに、相手の強さを認め合う。それでも、勝負は勝負だ。
勝負が進むにつれ、熊隈暈は優勢に見えただろう。僕は、押されているふりを続けた。
そうだ。僕は、ずっと隠し続けてきたんだ。弄ってきた人たちから。クラスのみんなから。本当のアイデアを胸にしまい込んで、何も考えていないような顔で過ごしてきた。
だから――。
「負けたふりは、得意なんだよー!!」
僕は、静かに力を解き放った。
熊隈暈「なに!? 負けたと思わせておいてからの、カウンター!? ……油断した」
アナウンス「熊隈暈選手、敗退」
会場が、大きくどよめいた。




