第8話─これからの日々に、5本の花を。
僕に残された時間は残り18時間ほど。もし、その時間を過ぎても僕が生きられたとしたら、僕は彼女を全力で守りたい、一生をかけてそばに居たい。
でも、それはありえない。だって、死神だった君が言ったんだから。僕は君の言葉を信じるしかないんだ……………。
ピピピピピピピ…ピピピピピピピ…ピピピピピピピピ…ピピピピピピピ…ピピピピピピ
このまま、時が止まってほしい。
もし時間が止まってくれたとしたら、私はあなたとずっと一緒に居られる。けれど、あなたはそんな事を願わないよね。あなたのことだから、きっとこれからの私のことを考えてくれてるんだろうな。
私、あなたに心配はかけたくないから…
”最期は、笑顔でお別れしたい”
そう、心に決めた……………。
「おはよう、レイナ。」
「……おはよう。」
本当は、彼女を独りにしたくない。僕がそばに居てほしいと望んだのに、今ではそばに居たいと望んでいる。
「ねぇ、今日はどこに行くの?」
「今日はお出かけするよ。」
「お出かけ?」
「うん。どこかは秘密。」
「えー、気になる。」
「内緒。」
「む…。」
彼女は少し不満気な顔を浮かべながらお風呂に行った。その間に軽く身支度を済ませて、そして小さな箱をバッグの奥底に忍ばせた。
「上がったよ〜!」
彼女がバスタオルを巻いただけの姿でこちらへ向かってきたので、慌てて目を隠した。
「服着て!?」
「えー、別にいいじゃん!」
「絶対だめ!!」
…それから彼女も身支度を済ませて、荷物を持って車へと乗り込んだ。
そういえば、今日は10月31日。ハロウィンだ。きっと遊園地はハロウィンの飾り付けがされているだろう。
「あー!遊園地だー!」
運転し始めてから少し経った頃。彼女は指をさしながらそう言った。これから行くとは知らずに。
「あ、ねぇねぇ。」
「ん?」
「今日ってハロウィン?って日なの?」
「そうだよ、10月31日だからね。」
「…ハロウィンって何?」
「えーっとねぇ…」
急いでスマホで調べて彼女に渡した。
「へー…死者の霊が戻ってくる日かぁ…。」
「そうそう、そうだよ。」
「…知らなかったくせにぃ。」
「し、知ってた!」
「ぷっ。」
それから数十分ほど運転した後、遊園地近くの駐車場に停めた。ここは高い建物が並んでいて遊園地の入口付近に行かないと見れないので、サプライズには適している…と、レビューで書かれていた。
「さて、降りるよ。」
「えー、ここどこぉ。」
「いいからいいから。」
「はぁい。」
駐車場から歩いて数分後、目の前には遊園地のゲートと奥の大きな建物やジェットコースターたちが佇んでいるのが目に入った。
「え…ここって!?」
「遊園地だよ。ほら、行こう?」
「えっ、えっ、ちょっと…」
彼女は困惑した様子でオドオドしていたが、気にせずに手を引き遊園地の中に入った。
「いらっしゃいませ〜!2名様でしょうか?」
「はい、2名です。」
「かしこまりました〜!素敵なカップルさんだこと。」
「…………。」
彼女は思考停止したような顔のまま僕の腕をぎゅっと掴んだ。
「こちらチケットとなりま〜す。では、お楽しみください〜!」
僕は彼女と一緒にカボチャの装飾がされた遊園地の門をくぐった。
「ほら、レイナ。どこ行きたい?」
彼女は唖然としたまま立ち尽くしていたが、僕が声をかけるとはっとした様子で言った。
「え、えっと…あれ!」
彼女が指を指したのはジェットコースターだった。幾つもの輪っかと曲線上のコースが続いていて、速度もとても速い。少し距離が遠いにも関わらず絶叫が響き渡っている。
「あ、あれ行きたいの…??」
「うんっ…。」
「いいよ、行こうか。」
正直、生まれてこの方ジェットコースターなんて乗ったことが無かったので、少し…いや、とても不安だったが、消えてしまう前に経験しておくのはありだと思った。
「こちらのジェットコースターの待ち時間は後10分となっております〜!」
10分…もう少し時間があるようだ。辺りを見回すと近くにアイスクリームを売っている屋台が見えた。
「時間までまだ少し時間があるから、アイスでも食べようか?」
「うん、食べたい。」
僕と彼女は屋台の方へと近付いてみる。その屋台にはバニラ味しかないものの、色々なトッピングがつけられるようだった。
「すみません。」
「いらっしゃい!ご注文をどうぞ!」
「何トッピングしたい?」
彼女はメニューを見ながら少し考えて、指を指した。
「ハートのチョコレートかな…」
「ハートのチョコレートトッピング2つお願いします。」
「かしこまりました〜!300円ですね〜!」
彼女にお財布を渡すと、慌てた様子も無く冷静に300円を支払った。
「まいどあり〜!」
店主からアイス2つ受け取ると、片方を彼女に渡して近くのベンチに座った。
「さて、食べようか?」
「うんっ。」
1口食べてみると、甘い味が口いっぱいに広がると同時に舌が冷やされる。
「冷たっ。」
彼女は目を瞑りながらそう呟いた。その姿があまりに可愛くて、愛おしくて、不意に笑ってしまった。
「…何笑ってるのぉ。」
「なんか…可愛くて。」
僕がそう言うと彼女は顔を真っ赤にして顔を背けた。その姿がまた、僕の感情をくすぐった。
「……ばか。」
そんな他愛もない会話をしながらアイスを食べているうちに、気づけばジェットコースターの待ち時間が残り1分を切っていた。
「やばっ、行こう!」
僕は彼女の手を引き、急いでジェットコースターへと急ぐ。彼女は必死に前髪を抑えながら僕の手を握っていた。
「はぁ、はぁ……。間に合ったぁぁ。」
「はぁぁぁ…もう疲れた。」
「ごめんね、レイナ。」
「いいよ、乗ろ?」
僕たちは登場口からジェットコースターに乗り、シートベルトを閉めた。
「それでは出発いたしま〜す!」
ガスの排出音と共にコースターが動き出す。まもなくして、コースターが上がり始めた。
「うわぁ…緊張する。」
「大丈夫だよ。」
僕は彼女の手を優しく握った。正直ただただ怖かった。
そしてコースターが一気にスピードを上げてレールの上を駆けた。コースターはすさまじい突風と人々の叫び声に包まれた。
「ひゃあああああああああっっ!!!!」
彼女も声を上げていた。それはそれは、とても楽しそうに。
一方、僕はというと、怖すぎて声も出なかった。生まれて初めてのジェットコースターだったが、気づいたら終わっていた。
「ご搭乗ありがとうございました〜!」
「はぁぁ…楽しかったぁ!!」
彼女は満面の笑みでそう言った。怖すぎて多分気絶しかけていたけれど、彼女が楽しかったならそれでいいと思った。
「じゃあ、次はどこ行きたい?」
「んー、メリーゴーランドかな!」
「いいよ、行こっか。」
「わーい!」
その時、ふと思い出して薔薇の入った箱をバッグから取り出した。
「そうだ、レイナ。これから1つアトラクションに乗る事に1本薔薇を引いていってほしいんだ。」
彼女は僕が持っている箱を見ながら嬉しそうに言った。
「え〜、なにそのサプライズ。」
「ふふ。じゃあ1本引いて?」
彼女は1番手前にある薔薇を引いた。
「薔薇に付いてるメッセージ読んでみて?」
「えっと……”すごく幸せだった”?」
「うん、じゃあ次行こうか。」
「いや、どういうこと〜?」
「まぁ、後で分かるよ。」
「なにそれ〜、気になる。」
「そんなことより、メリーゴーランド行こう?」
「わかったぁ。」
彼女は僕の手を握って跳ねるように歩きながらメリーゴーランドの方へ向かった。
「ねぇ、隣がいいな。」
彼女がそう口にした。あまりの不意打ちに心臓が飛び出そうになってしまった。
「う、うん。もちろん。」
「やったぁ。」
彼女に手を引かれて僕は青、彼女は緑の隣り合わせの馬に跨った。それから少しして、メリーゴーランドが動き出した。
「わぁ…本当に馬に乗ってるみたい。」
「楽しいね。」
「うん!」
彼女は無邪気に笑いながらメリーゴーランドを楽しんでいた。
「ねぇ、手握って欲しい。」
そう言いながら僕に手を差し出してきた。僕は迷わずに握った。そして、愉快な音楽と共にゆっくりと時間が過ぎていくのを感じた。
数分後、メリーゴーランドを乗り終えて、少し散策しながら次のアトラクションを探していた。
「メリーゴーランド楽しかったぁ。」
「それはよかった。」
「ふふっ、ダーリンの手暖かかったよ。」
「……そ、そう。」
「あれ、照れてる?」
「いや……照れてない。」
「嘘だ〜、顔真っ赤だよ。」
「も、もうっ…。」
「ふふっ、かわいい。」
彼女があまりにからかってくるので少し早足で歩くと、彼女が少し怒りながらついてきた。
「ちょっと〜、逃げようとしてるでしょ〜。」
「に、逃げようとしてないし。」
「ふ〜ん。あ、薔薇引くんじゃないの?」
「あ、そうだったね。」
僕はまた薔薇の入った箱を取り出して目の前に出した。
「1つ選んで。」
「ん〜、これっ!」
「読んでみて?」
「え〜と…”だれよりもきっと幸せになれたよ”。」
「うん。」
「…ふふ。それはよかった。」
それから少し歩いて、プラネタリウムを見つけた。
「あれ行かない?」
「え〜、なんかつまらなそう。」
「まぁそう言わずに。」
乗り気じゃない彼女を抱っこしてプラネタリウムの中に入った。
「ちょっ、ちょっとばか!!なに抱っこして…っ。」
そのままプラネタリウムの中に入ると、いくつもの星々がドームの中で煌めいていた。
「綺麗…。」
彼女はボソッと呟いた。
「レイナの方が綺麗だよ。」
僕はつい口走ってしまい、すぐに口を抑えようとしたが、彼女を抱っこしていて抑えられず、顔を背けるしかなかった。
「…………は、はぁっ!?!?」
彼女は顔を真っ赤に染めて小さな叫び声をあげた。
「「…ぷぷっ。」」
気まずくなって、2人で一緒に笑ってしまった。少し馬鹿馬鹿しくて、でもこれが楽しい。彼女と一緒にふざけ合える時間が、今はとても心に刺さる。
「楽しかったね。」
「うんっ、すごく楽しかった!」
「…つまらなそうって言ってたよね?」
「え、えーと…前言撤回で。」
「よろしい。」
「ああいう所ってさ、1人だと面白くないよね」
「きっと、ダーリンが居てくれたから楽しめたのかも。」
彼女はそう小声で言いながら僕の手をそっと握った。
”ずっと”一緒に居られたら、どれほど…楽しいだろう。
「薔薇引く?」
「引く〜!」
「あと3本だね。」
僕は箱を取り出して彼女に差し出した。
「ん〜、これ!!」
彼女は少し萎れた薔薇を引いた。
「読んで。」
「えっと…”きみと居られた7日間”。」
「7日間、あっという間だったね。」
「……そうだね。」
僕は寂しそうに俯く彼女を優しく腕の中で包み込んだ。彼女は目を閉じながらゆっくりと受け入れ、少し口角を上げた。
「…ふふっ。」
「あったかい?」
「うん、あったかい。」
「次はなに乗りたい?」
「ん〜、次は……」
彼女はふと何かに目を奪われている様子だった。彼女の視線の先にはぐるぐると回るコーヒーカップがあった。
「あれ乗りたい。」
「…酔いそう。」
「行こ〜よ!!」
「えぇぇ…。」
彼女はぐいっと手を引いて回るコーヒーカップの方へと歩きだした。
「いらっしゃいませ〜!2名様ですね!別々か相乗りどちらにしますか?」
「えっと〜…」
「相乗りですね!!素敵なカップルさんに愚問でしたわ!」
「あ、あぁ…そうです。」
今までの従業員の人たちとはまるで違いすぎるテンション感に置いていかれている僕を放置して、彼女はその従業員にそっと耳打ちをしていた。
「やるじゃん。」
本人はきっと小声で言ったはずなのだろうが、はっきりと聞こえてしまった。彼女は多分、この従業員のような対応の人の方が話しやすいのかもしれない。
「ほら、乗ろ〜!」
「そ、そうだね。」
僕たちは黄色のコーヒーカップに隣り合わせで乗った。
「それではまもなくぐーるぐると回りま〜す!」
従業員はそう言うと、少しずつ助走をつけながらコーヒーカップが回り出した………。
コーヒーカップが回り出すと、彼はすぐに酔ってしまった様子だった。
「大丈夫?」
「う…ちょっと無理かも…。」
私はどうすれば良いかわからず、とりあえず彼を抱き寄せた。
「う、うぅ……。」
「ダーリン死なないでっ。」
「ま、まだじなないよ。こんなんで死んだらたまったもんじゃない…。」
「た、たしかに。」
「うぅ……。」
私は彼の背中をそっと撫でながらコーヒーカップの回転が止まるのを待った。
それから約5分ほどして機械は停止し、従業員さんがふとこちらに目線を向けるとすぐに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですのっ!?!?」
「ちょっと彼が酔っちゃったみたいで…。」
「大変…!!お水お持ちしますわ!」
従業員さんはそう言って急いで自販機へと走っていった。その間に私たちは近くのベンチへと移動し、彼を座らせた。
「まだ気持ち悪い?」
「少し良くなった…。」
「よしよし、ごめんね。」
「だ、大丈夫だよ…レイナ。」
従業員さんが3本の水を抱えてこちらへ戻ってきた。
「おまたせしましたわーッ!!!」
従業員さんは私に2本の水を渡し、1本は彼に渡した。
従業員さんは私の分を開けた彼の隣に座った。
「はぁ〜…水は美味しいですわ。」
私もベンチに座ってゆっくりと水を飲んだ。
「お姉さんはここの遊園地何回か来たことあるのですか?」
従業員さんは水を片手に話しかけてきた。
「実は、今日が始めてなんです。」
「なるほど、このコーヒーカップは初心者には少しハードですのよ。お姉さんはこういう系強いんですの?」
「どうだろう…多分強いかな。」
「羨ましいですわ…私こういうの乗ると2秒で吐いてしまいますの。」
その従業員はお嬢様のような口ぶりでずっと話していた。
「…もしかして従業員さんってお嬢様的な…感じですか?」
「いやいや、お父様から社会を学べと言われてただ遊園地の研修に来ただけですのよ。」
絶対お嬢様だ…そう思いながら私は数分ほどその従業員さんと話した。
「…そういえば、仕事は大丈夫なんですか?」
「……あ、いけませんわ!忘れていました…」
「また今度ゆっくりお話ししましょう?彼氏さんも連れて。」
「……そうですねっ。」
「では、さよならですわっ!」
従業員さんはそう言い残して再び仕事に戻った。
”また今度”、”彼氏さんを連れて”………。
その何気ない言葉のひとつひとつがなぜか心の奥底に深く突き刺さって、離れてくれなかった。
「レイナ…大丈夫?」
「…うん、大丈夫」
「薔薇、引きたい。」
「わかった。あと2本だよ。」
私は枯れかけのように元気の無い薔薇を手に取った。その薔薇にはこんなメッセージが書いてあった。
”悲しくなったら、僕を忘れて”
「…忘れるわけないじゃん。」
「ふふ…そっか。」
「忘れるわけ…ない。」
私は思わず彼のパーカーの袖をぎゅっと握った。彼の手はいつもより少し暖かい。冷たい空気に包まれているにも関わらず、負けじと暖かさを保っていた。
「最後は、行きたいところがあるんだ。」
「うん、いいよ。」
時刻はもう午後6時過ぎだった。もう1/4の時間しか残っていない。
「じゃあ、一緒に行こうか。」
彼は私の冷えた手を優しく握り、静かに歩き出した。そのまま最後の乗り物に着くまで、私たちは無言で地面を鳴らした。
「これだよ。」
彼が立ち止まり、ある乗り物を指さした。それはこの遊園地の中で1番大きくて、ずっと遠くから眺めていたものだった。
「”観覧車”。」
「一緒に乗ろう?」
「…うんっ。」
彼に手を引かれ、緑色の箱のような乗り物に身を委ねる。
ドアを閉めると完全な個室になった。でも、周りには窓があり、外を眺められる。
「ねぇ、見て。あんなところにハロウィンコーナーなんてあったみたい。」
「本当だ、気づかなかった。」
「後で少し周っていかない?」
「…いいよ。」
彼は時計を見て少し悩む様子を見せながらもそう言った。
「ねぇ、さっきの話。」
「…ん?」
「”悲しくなったら、僕を忘れて”…って、書いてたでしょ?」
「私、忘れないから。ずっと、どれだけ辛くなっても、苦しくても、痛くても、私はあなたを忘れたりしない。だって、私の大切な……」
私がそう言いかけたところで彼はそっと近づいた。そして次の瞬間、彼は唇をそっと重ねた。じんわりと温まっていくその感覚は、今まで感じたことの無い温かさだった。
私は、彼にキスをされた。
たった数秒のキス。でも、その瞬間だけは時間がとても遅く流れているように感じた。このまま時が止まってしまえば、彼とずっと一緒に居られるのに……。
唇が離れた後、彼は私の目を真っ直ぐと見つめて言った。
「分かってるよ、レイナ」
「きっとレイナなら僕を忘れない。だけど…」
彼は箱に残った最後の1本の薔薇を取り出して、私の手に握らせた。その薔薇には
”楽になれるなら、それでいいから”
と、書いてあった。
「…そっか。」
でも、私の答えは決まっている。
「無理だよ。」
「………。」
「私、あなたを忘れるなんて出来ない。たった7日間しか過ごしてないし、ちゃんと恋人と言えるような関係性ではなかったかもしれない」
「だけどね、この7日間、あなたと過ごしていくうちに、あなたの事が好きになった」
「だから、たとえどんなに苦しくても、辛くても、私はあなたを忘れない。その痛みが、あなたの事を本当に好きだって証拠だから。」
「……そっか。そうだよね、レイナならそう言うと思った。」
彼は薔薇の入っていた箱からもう1つ、小さな黒い箱を取り出した。
「きっと、段階的には間違ってる。けれど…」
彼は小さな黒い箱を開けた。箱の深淵の中から現れたのは、白く輝く輪っかだった。
「これって…指輪?」
「そう、指輪。僕と…結婚してほしい。もうすぐ僕は居なくなってしまうから、君の負担になってしまうかもしれないし、余計君を辛く……」
「いいよ。」
「……え?」
「結婚する。」
「…………。」
私は彼の前に手を差し出した。彼はそれを見て唖然としながらも、優しく私の薬指に指輪を付けてくれた。
「少し大きいね。」
「…サイズ分からなくって。」
「でも、このくらいがちょうどいい。」
「…本当に良いの?」
「うん。私、あなたの事しか好きになれないと思うの。」
「…そう。」
「…ちょっと重たいね。」
「ううん、全然。すごく嬉しい。」
「私もすごい嬉しい」
「…結婚したってことは、私あなたと同じ苗字になるって事?」
「そうなるね…嫌?」
「嫌なわけないじゃん。嬉しいに決まってる。」
「…よかった。」
「”白咲”レイナ…。」
「…うん。あ、そうだ。これから生きる上で”レイナ”だと困るだろうと思って、下の名前の漢字も考えたんだ。」
「本当?聞きたい。」
「えっと…”麗奈”って書くの。」
「…書くの難しそう。」
「そ、そうだね。簡単な漢字にするなら…”玲奈”とかどうかな?」
「…うん!こっちの方が簡単。」
「よかった。」
「ありがと、建くん。」
「………呼ばれ慣れないよ、玲奈。」
「ふふ、私も呼び慣れないや。」
「…玲奈。すごい今更なんだけれどさ。」
「うん、どうしたの?」
「好きだよ。」
「…………私も、好き。」
「ずっと言えなくてごめん。」
「私も、ちゃんと言えなくてごめん。」
「この1週間、一緒に居てくれてありがとう。」
「すごく楽しかったよ。」
観覧車に乗り終えて、さっき見つけたハロウィンコーナーの方へ向かう。
「すごい…。お菓子の家とかカボチャとか……装飾がいっぱい。」
私はその時、ふと黒いローブに身を包んで鎌を持っている髑髏の顔をした像を見つけた………。
彼女はたくさんの装飾に目を奪われていた。その様子が愛おしくてたまらなくなった。
「ふふ、なんだか”帰ってきた”みたい。」
「故郷…みたいな?」
「そんな感じがするっ。」
「そっか。」
ふと時刻を見るともうすぐ8時になる頃だった。
「9時には帰ろっか。」
「え〜、わかったぁ。」
彼女は振り向いて言った。
「ねぇ、もし死んじゃってもさ、いつか冥界から戻ってきてよ。」
「冥界…って。うん、わかったよ。いつか戻る。」
「約束ね。」
彼女と小指を交わらせて、きっと最期であろう約束を交わした。
「大好きだよ、ダーリン。」
彼女は指を解くと僕の胸に顔を埋めて抱きついた。僕はそんな彼女を優しく抱擁した。
正直、死ぬのは怖い。けれど、彼女を置いて逝かなければいけない事のほうがよっぽど怖い。それと同時に、彼女もきっと怖い。僕が居なくなって、1人で人間として生きなければならない事が。
時刻が9時を過ぎた頃。僕たちは一通り遊園地を遊び尽くして、家に帰っている時だった。
「楽しかったね。」
「うん、今までで1番楽しい1日だった。」
「そりゃよかった。」
「…”また”一緒に来たい。」
「……そうだね。」
”また”が、あったとするなら……………。
それから数分して家に着いた。家に入り、荷物をしまい、お布団を準備した。その瞬間、彼女は勢いよく布団に飛び込んだ。
「つかれたぁぁぁ。」
「…僕も。」
僕も彼女と同じように布団に向かって飛び込み、勢いよく毛布を被った。
「ダーリン…本当に今日で最期なの…?」
「…僕に聞かれても。玲奈がそう言ったんだから。」
「私嘘ついたかもしれないじゃん。」
「否定も肯定もできないよ…。」
「え〜ん…たしかに。」
僕は玲奈と話しているうちに少しずつ瞼が重くなってきた。
「玲奈…そろそろ寝ようか。」
「…やだ。一緒に起きてる。」
「…そうだね。」
「…ねぇ、最期に、もう一回キスして。」
「いいよ、おいで。」
「うん。」
僕は彼女の少し震えた唇に優しく口付けをした。彼女はぎゅっと目を瞑り、時折喉の奥から小さく声が聞こえた。
「ありがとう……。」
彼女はとろんとした目で僕を見つめた。僕は彼女を抱き寄せて背中を軽くトントンした。
「ん……。」
心地良さそうな顔をしながら、彼女は僕に身体を委ねた。
それから少しして彼女は眠りについた。僕はふと不安になった。もし彼女が起きた時、隣に僕の死体があったとしたら………。
僕は迷わなかった。彼女に最期の口付けをして、家を出た。それから真っ先に遠くを目指す。
猫は亡くなる前に姿を消すらしい。それは外敵から身を守り、静かに過ごすための防衛本能。
僕は亡くなる前に姿を消すことを選んだ。彼女にとって悪い影響にならないように、そして安らかに過ごして欲しいという願いを込めて。
いつ、どこで、どう死んでしまうのかは分からない。けれど、ひとつ分かるのは必ずしも明日死ぬと決まった訳ではない…ということ。だから、もし生きていたら、また彼女の元へ戻ろう。
時刻は11時過ぎ、あと数分で0時になって、11月になる。最期に言っておけばよかったな…と後悔しつつ、真夜中の静寂に包まれた街の中で、そっと呟いた。
「ハッピーハロウィン、玲奈。またいつか。」




