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第6話─そっか、これが恋なんだね。

もしかしたら、彼は私のことを好きじゃないのかもしれない。私は、いつもそんなことを考えてしまう。彼と過ごしているこの日々は嘘じゃない。彼に言った言葉は嘘じゃない。でも、私は最近確信した。彼は私に”嘘”をついている。嘘というよりは、隠し事。


彼は3日前、私が寝ている間に机に紙切れを広げて何かを書いていた。私がその音に気がついて起きると彼はその事についてはぐらかした。私は気にしていないふりをした。けれど、隠し事をされるのは嫌いだ。まぁ、私が言えることでもないけど。


私も彼に言えていないことがある。私の記憶力は多分、普通の人間よりも弱い。今ある記憶は彼と過ごした3日間の記憶と、自分が元々人間じゃない”ナニカ”だったこと。自分が人間になる前何者だったのかは分からない。忘れてしまったのだ。多分、それは思い出したところで私にとって都合の悪いことなのだろう。


それで、つまり私が何を言いたいかというと、彼があと4日で居なくなってしまう。そして、居なくなってしまった後、彼と過ごした記憶は無くなってしまうのではないかということ。どうせ私は何もかも忘れてしまうのなら、せめて今この瞬間だけでも彼のことを好きでいたい。そして、何も隠し事はしないでほしい。


「おはよ、レイナ。」


いつも通りの朝、いつも通りの挨拶をしてくれる。たった3日しか過ごしていないのに、もうそれが当たり前になっている。


「おはようダーリン。」


「今日は一緒にお手紙を書いて、一緒に恋バナでもしよう。」


「うん、わかった。」


「よし。」


彼はそう言うと私にひとつの紙と前に買った猫のシャーペンを渡してきた。


「もうすぐ居なくなっちゃうけれど、書いてくれる?」


嫌。もうすぐ居なくなっちゃうなんて言わないで。


…って、言おうとしたかったけれど、我慢した。


「うん、書くよ。」


「ありがとう。」


「ふふ、当たり前じゃん。」


彼も紙とシャーペンを持って私の目の前で手紙をスラスラと書き始めた。


早いなぁ…私も書かなきゃ。何を書こう。私は何も考えずに手が動くままに手紙を書いた……。


それから少しして、彼も私も手紙を書き終えて交換する事になった。


「はい、どうぞ。レイナ。」


「ありがと。ダーリンもこれどーぞ。」


「ありがとう。嬉しい。」


「ふふ。」


早速手紙を開けて読んでみた。


”レイナへ。いつも可愛い笑顔と可愛い仕草で僕の心を埋めてくれてありがとう。いままでの無意味な生活よりも今のレイナと居れる生活のほうが何倍も楽しいし嬉しいよ。まだこれからレイナと色々な場所に行って色々なことをしたい。だから、僕の最期まで付き合ってね。そして、もし僕が居なくなっても、忘れないでいてね。約束だよ。”


…私はそれを読んで無意識に目から涙がこぼれ落ちていた。胸が張り裂けそうなくらい痛くて、苦しくて、でもなんだか温かくて。私は本当に彼のことが好きなのだとわかった。彼が好きじゃなければ、私の胸はきっとこんなに痛くならない。


「レイナ…泣いてるの?」


「ううんっ…大丈夫、泣いてない。」


「嘘。涙いっぱい出てるよ。」


彼はティッシュを丁寧に折って渡してくれた。


「ありがとう…。」


「いいの。よしよし。」


彼は優しい。私にはきっと勿体ないくらい優しい。それは私が恋人だからなのかもしれないし、彼がもうすぐ死んでしまうからなのかもしれない。だけど、彼はきっと根から優しいんだ。


・・・あれ、私、また何か忘れている気がする。なんで私は彼のそばに居るんだっけ。なんで私は彼の恋人になったんだっけ。彼が優しい人間ってことを初めから知っていたような…。


「レイナ、大丈夫?」


「あ、うん…大丈夫…。」


「ほんとに?」


「……うん。」


「…おいで。」


「うん。」


彼は優しく抱きしめてくれた。そうだ、私、彼の望みを叶えるために彼のそばに居るんだった。もう、忘れるのは嫌。それならいっその事、彼に言ってしまおう。


「ねぇ、私、他の人より記憶力が弱いみたいなの。」


どんな返事が来るのか少し怖かった。だけど彼からの返事は予想の斜め上を行く意外なものだった。


「なら、僕が何度でも思い出させてあげる。そして、一生忘れられないようにしてあげる。」


彼は真っ直ぐを私のことを見つめてそう言った。その言葉に嘘はない。そして、それは遠回しに私に”忘れてほしくない”と言っているようだった。


「…ふふ、お願いね?」


「もちろん。」


大好き…。


そう言いたかった。けれど、まだ取っておくことにした。この言葉を言うのは、きっと今じゃない。


「さてと…”恋バナ”、しようか。」


「うん、する。」


「……。」


「………。」


「な、何を話せばいいの?」


「…分からない。」


…私たちに恋バナはまだ早かったようだ。結局、まだ私は彼の恋人になれていないな。


「ねぇ、少し外行きたいな。」


「外?いいよ。」


私の急なわがままに彼は応えてくれた。ささっと身支度を済ませて彼と一緒に車に乗った。


「シートベルトちゃんと閉めてね。」


「ちゃんと閉めた!」


「ふふ、流石レイナ。」


「えへへ。」


彼は慣れたように運転して私の行きたい場所に連れて行ってくれた。


「着いたよ、ホームセンター。」


「わーい!ありがと。」


「いいよ。でもなんで急に?」


「ちょっと買いたいものがあって。」


そして私は”あるお店”に向かって一直線に歩いた。


「いらっしゃいませ〜」


辺り一面に綺麗なお花で飾られた棚とたくさんの花束があった。そう、ここは花屋だ。


「どんなお花をお探しですか?」


「えっと……」


私はあまり彼に聞かれたくないなぁ…と思っていると、彼は察したのか「違うところを見てくるよ」と言って私にお財布だけ預けて隣の衣服店に入っていった。


「あの人は彼氏さんですか〜?」


「あっ…はい!彼氏……です!」


「ふふふ、とってもかっこいいお兄さんとかわいいお姉さんですね〜。」


「そ、そんな…かわいくなんて無いです…。」


「いえいえかわいいですよ!そうですねぇ…言うなればカスミソウ…。」


「かすみそう…?どんな花ですか?」


「白くて小さな花を咲かせるものでしてね…花言葉は”無邪気”、”愛らしい”といった可愛らしい意味を持っているんですよ〜。」


「カスミソウ……それ、1つください!」


「かしこまりました〜!他にはいりませんか〜?」


「んー……”忘れない”みたいな花言葉を持つ花ってありませんか?」


「忘れない…なるほど、有名なのは勿忘草ですね。でも亡くなってしまった方宛てにするならシオンがいいかもしれません。」


「シオン……それも1つ貰えますか?」


「かしこまりました〜。えーと、2点で1200円になります。」


「……レジには1460円って書いてますよ!?」


「あ、あれー、間違えちゃったかな…えっとえっと〜…」


店員さんは焦ったようにレジを打ち直していたが、多分1460円が正しいんだとおもう。ちゃんとカスミソウ1点、シオン1点と表示された上でこの金額だったから。でもなぜか店員さんが打ち直した後には1200円に変わっていた…。ちなみに、カスミソウ1点、ヒマワリ1点と表示されていたのは秘密。


「1200円丁度お預かりいたしま〜す。ありがとうございました!また彼氏さんと一緒にいらしてくださいねっ。」


「…はい、また…来ます。」


それからお花の入った袋を持って隣の衣類店に入った。そして彼の姿を探すと、彼はハロウィンの仮装グッズを見ていた。ふと目に入ったのは黒いローブの仮装と大きな鎌のおもちゃ。なんだか、少しこれと似たようなものを持っていた気がした。多分、気のせいだろう。


「ん、レイナ。おかえり。」


「お花買ってきた〜!」


「ふふ、綺麗だね。」


「でしょ〜!」


「少しここで待っててくれる?」


「ん、わかった!」


「すぐ戻るからね。」


そう言って彼は衣類店から出て別のお店に行ったみたいだった…………。


少しして、彼は何事も無かったかのように戻ってきた。手には何も持っておらず、なんだろう?と不思議に思ったが、あまり気にはとめなかった。


「ごめんね、待たせちゃって。」


「大丈夫だよ!」


「お詫びになにか好きな服買ってあげる。」


「ほんと!?じゃあ……これ!」


私は月光糸という月の光を受けると色を変える繊維で作られた薔薇柄のワンピースを指さした。


「これ?」


「うん!」


「わかった。」


どうやらこのお店にある服たちは店主が自ら織っていたようだった。月光糸というものは店主特製の技術らしい。


私は彼が買ってくれた服を丁寧に紙袋の中にしまって、そっと封をした。


その後は少しだけ他のお店も見てまわり、室内キャンプのためのものを買って、ついでに花瓶も買って彼と一緒に車に戻った。


ふと後部座席の方を見ると見覚えのない袋があったが、花屋のものと同じだったので多分私の花が入っているのだろう。


「ねぇ、ダーリン。」


「ん、どうした?」


「……なんでもない。」


何が言いたかったかは分からない。だけど、無意識に彼を呼んでしまった。もし、彼の余命が長くなったらどうだろう。私はもっと彼と一緒に居られるのだろうか。


……あれ、どうして彼の寿命が残り少ししか無いって知っているんだっけ。私、また何かを忘れている。あぁ…また、忘れちゃってるんだ。このまま、彼のこともいつか忘れてしまうのかな。


そう考えていると、無意識に泣いてしまっていた。不安だよ、私。あなたが居なくなってしまったら、ちゃんと生きられるのか分からない。


「レイナ…どうしたの?」


「……なんでも、ないよ。」


「…とりあえず、これで拭いて。」


「うん…ありがとう。」


それから軽くスーパーに行ってお肉や調味料、お菓子作りの材料を買った。


少しの間無言で彼の運転に身を任せていると、近くの遊園地が目に入った。いつか…ふたりで行きたいな。


これからお家に帰って、花を飾って、それから彼と一緒に室内キャンプをして……。頭の中で既に計画を立てているうちに、家に到着した。


「さてと…僕は花と食材を持つからレイナは室内キャンプ用品とお洋服持ってね。」


「わかった!」


せっせと荷物を持って家の中に入った。そして早速花瓶の中に水を入れて自分の机に置き、シオンの花とカスミソウの花をさした。


「綺麗だね。」


室内キャンプの準備をしていた彼が振り向いて言った。


「えへへ。綺麗でしょ。」


「うん、とっても綺麗。」


なんだか急に彼が私自身に対して言っているような言葉の気がして、少し恥ずかしくなった。


「なんで顔真っ赤になっ…」


「う、うるさいっ!!」


彼はたまに私のことをからかうような事を言う。でも、悪くないかな。今こうして一緒に居られていることは何よりも楽しいし、幸せだ。


少し経って、彼が室内キャンプの準備を終えた。…と言っても、小さなコンロとマッチ、少しお洒落なランタンだけの質素なものだった。私は彼の隣に座ってお肉を取り出した。


「お肉、ここに乗せて」


私は恐る恐るコンロの上にお肉を置くと、ジューッという音とともに香ばしい匂いがたちこめた。


「ちゃんと焼けてるみたいだね。」


「美味しそうな匂いだぁ…。 」


私は早速1口頬張った。そして次に彼も1口頬張る。


「美味しいね。」


「うんっ…おいしい。」


「レイナ、口開けて?」


「…ん。」


彼が私の口の前までお肉を持ってきてくれた。私はそれをかぷっ、と1口。さっき食べたものより圧倒的に美味しかった。


「…味が違う。」


「ふふ、気づいた?実は少し塩振ったんだ。」


…違う。そういう味の違いじゃなくって……。


と、言いそうになったが、彼は案外鈍感だ。だからきっと言ったところでぽかんという表情をして終わりだろう。


「塩ってすごい美味しい…。」


「お肉にはやっぱり塩だよ。」


彼は私の隣で美味しそうに何度もお肉を頬張った。その姿を眺める。多分、私の口角は無意識に上がっていたと思う。どうして、彼のことがこんなにも愛おしいと感じるのだろう。どうして、彼への気持ちでこんなにも胸がいっぱいになるのだろう。


そっか、これが”恋”なんだね。


私はあなたの恋人にしっかりなれてるかな…。分からないけれど、あなたの最期の瞬間まで一緒に居たいと願うよ。


気がつけば、もう外は夜になっていた。窓から月明かりが差し込んで私たちを照らした。ランタンのほのかな光がその月明かりと混ざり合い、不思議な色になっていた。


私と彼は、不思議な恋をしている。まるで、その月明かりとランタンのように。






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