↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/9

第3話─意外と頭がいいんだね。

朝になった。カーテンで閉め切った窓からは日光の明かりが漏れている。残りの時間は、あと5日。


僕は、あとたった5日で何ができるのだろうか。あと120時間の命で、あと数万秒程度の命で、僕はこの世界に何を残せるのだろう。


そんなことを考えていると、突然不安になってしまった。そして、僕はここに僕の”生きた証”を残すことにした。


カキカキ……


「ん…おはよぉ、だーりん。」


僕が夢中になっていると、後ろでまだ眠そうな様子でおはようと言う彼女の声が聞こえた。


「おはよ、レイナ。まだ寝てていいよ。」


「やだ…勿体ないじゃん。」


彼女はそう言うとゆっくりと伸びをして布団から起き上がる。


「どこいくの?」


「ちょっとお風呂入ってくる……。」


「わかった。待ってるね。」


「ん。」


そして彼女がお風呂に行ったのを確認した後、僕はほとんどまっさらだったノートに、たくさんの走り書きをした。


僕が生きたという証を刻めるように、僕の事を彼女が忘れないように。


数分経った後、彼女はお風呂から上がって、ソファに座り髪を乾かしていた。


「ふぁ〜、朝風呂気持ちよかったぁ。」


僕はノートを机の引き出しの中にそっとしまうと、彼女の隣に座った。


「髪サラサラだね、レイナ。」


「ふふ、そうでしょ。」


「綺麗だよ。」


「…あ、ありがと。」


「今日はたくさん勉強するから覚悟してね。」


「うぅ…やだなぁ。」


「まぁ…とは言っても常識的な事を勉強するだけだから、ね?」


「…はぁい。」


「ノート買ってくるから少し待っててね。」


「待って、私も行く。」


「ほんと?じゃあ一緒に行こう。」


「やったぁ!」


彼女は多分、僕と一緒に居たいと思ってくれているのだろう。僕としてはとても嬉しい。


でも、かえってそれが彼女を苦しめてしまわないか心配だ。


「よし、準備できたよ。行こう!」


彼女の元気そうな声を聞き、ドアを開けて外に出た。


「本屋さんはここから大体1時間とちょっとの場所だから、”自転車”で行こうか。」


「”じてんしゃ”?なにそれ。」


「僕の昔使っていた自転車…まだ動くかなぁ。」


家の隣にある小さなガレージの扉をゆっくりと開けると、そこにはもうとっくに錆びきった自転車が静かに佇んでいた。


外装は所々剥がれ、チェーンは完全に錆びて、サドルはぼろぼろ、ハンドルも折れないか心配なくらい緩くなっている。


「…。」


「……。」


2人で沈黙した後、彼女は言った。


「これ、動く?」


「…多分?」


「やめよう?」


「そうだね。」


流石にこんなものに身を預けるのは気が引けた。なので結局タクシーを呼ぶことにした。ちなみに、タクシーがここに来るまで大体15分程かかる。


「さっむい…。」


秋だと言うのに、もう冬のように肌寒くなっていた。少し震えながらベンチに座る彼女に僕は温かい缶コーヒーを買って渡した。


「これで温まって。」


「ありがと…これ、なに?」


「コーヒー。飲んだら頭良くなるよ。」


「本当!?飲む!」


そう言って彼女は迷わずに缶を開けて一気にごくっと飲んだ後に、むせた。


「なにこれぇ、めちゃめちゃ苦いじゃん…。」


「嘘?ちょっと見せ……」


よくよく缶を見ると僕が押そうとしたミルクコーヒーではなく、その隣にあったブラックコーヒーを押してしまっていた。


「あ、まちがえた。」


「ちょっと…!!」


彼女はムスッとした表情で僕を睨んできたので、慌ててミルクコーヒーを買って再び彼女に渡した。


「こ、こっちなら大丈夫、さっきのはすごい苦いやつだっただけ。」


「……ごくっ。」


彼女は半信半疑でそのコーヒーを飲むと、落ち着いて言った。


「おいしい。」


「よかった…。」


僕が安堵のため息をつくと、彼女は隣に座れと言わんばかりに少し左にずれた。


「ごく…ごく…。」


僕がブラックコーヒーを飲んでいると、彼女は少し苦笑いしながら言った。


「よくそんな苦いの飲めるね……。」


「昔からこういうのはよく飲んでたからね。」


「へぇ〜……まだ私、あなたのこと全然知れてないな。」


「これから知っていけばいいよ。僕も、レイナのこと全然知らないから。」


「まぁ、それもそっか…。」


「うん。」


そうしていると、タクシーが来た。


「ほら、乗ろう?」


「うん。」


彼女の手を引き、タクシーに乗せてもらった。


「お客さん、どちらまで?」


「◆◆書店まででお願いします。」


「わかりましたー。」


中年くらいだろうか。人の良さそうな白髪のおじさんだった。


「おふたりはご夫婦ですか?」


「あ…えっと…。」


僕が返答に困っていると、彼女は迷わずに答えた。


「恋人です。少し、訳ありの。」


「ほぉ、訳ありですか。とても気になりますね。」


「ふふ、ねっ?」


彼女は僕に視線を向けた。その目は優しく、僕をしっかりと見てくれている目だった。初めて会った時とは、まるで違う。


「うん、そうだね。」


「おふたりは仲良しですなぁ。」


「それほどでも……。」


そんな他愛もない会話をおじさんと繰り広げていると、あっという間に本屋に着いた。


「おふたり、帰りは歩きですか?それともまた乗っていきます?」


運転手のおじさんは僕たちが降りる前にそう聞いてきた。


「えっと…またタクシーを呼ぼうかと。」


「待つのは大変でしょう?よければ私がここで待ってますので、おふたりはゆっくりお買い物してきてくださいな。」


「なんて紳士的。」


彼女はそう冗談交じりに言った。漢字はあまり読めないくせに、こういう言葉は知っているようだ。


「とりあえず、行きのお会計は2700円ですよ。」


「わかりました。」


そう言って僕は3000円を置き、お釣りを受け取る前にさっとタクシーを出た。


「お客さん、お釣りは?」


「大丈夫です、タダで待たせる訳にはいきませんから。」


「そんなそんな、私の気まぐれなのでお気になさらず。でも、ありがたくもらっておきます。」


そして彼女の手を引き本屋に入った。


「ねぇ、お金勿体なくない?」


「全然。恩返しは大事だからね。」


「そうだね。ダーリン、優しい。」


「ふふ。」


「ねぇねぇ、このノート欲しい。」


彼女は猫の絵が描かれたノートを持ってきた。


「いいよ、それとペンも必要かな。」


「ぺん?」


「そうそう、ペンはこっちに売ってるかな…?」


本屋を少し探してみるとたくさんのシャープペンシルが並んだ場所があった。


「ほら、好きなの選んで。」


「えー!!たくさん可愛いのがある…!!」


「ふふ、2本までだよ。」


「わかったぁ。」


そして少しの間悩んだあと、木のようなデザインのシャーペンと猫のイラストがたくさんデザインされたシャーペンを選んだ。


「この2本がいい!」


「了解。」


「わーい!」


「ふふ。なんか子供みたい。」


「なっ、こんにゃろ。」


僕たちは必要なものを揃えた後、レジへ行き会計をする。


「シャーペンが2点、シャー芯が3点、小説が1点、ノートが2点…」


「…ねぇ、これ欲しい。」


彼女が指さしたのはレジ前にあるチョコレートのお菓子だった。


「いいよ。すみません、これもお願いします。」


「はい、チョコレートが1点。合計で2350円になります。」


彼女が少し不安そうな目で見つめてくるので、僕は安心させるように言った。


「今日は僕が払うから大丈夫だよ。」


そう言うと彼女は安堵のため息をついた。


「ちょうどお預かりいたしまーす。ありがとうございましたー。」


そして会計を済ませると2人で本屋を出て、待ってくれていたタクシーの中に乗った。


「お待たせしてごめんなさい。」


「いやいや、いいんですよ。さて、帰ります?」


「はい、お願いします。」


それから少しして、おじさんと軽く会話を交わしながら家の前に着いた。


「ありがとうございます。」


「はいよ、お会計2600…あ、いや2300円ね。」


「…メーターには2600円って書いてますよ?」


「まぁまぁ、2300円でいいんですよ。」


「…じゃあお言葉に甘えて。」


「いいえ、また今度ゆっくりお話しましょうね。」


「また”今度”………。」


「運転手さん。」


彼女は運転手に耳打ちをした。何を言ったのかは分からない。けれど、多分大事なこと。


「あぁ…えぇっと…そう…でしたか。」


「……?」


「お兄さん、悔いのないように。」


「あ、ありがとうございます…?」


「じゃあ、また会えたらね。」


そう言うとタクシーは去っていった。


「何言ったの?レイナ。」


「…なんでもないよ。」


そう返事をする彼女の表情が少し曇っていて、心配になったが、大体伝えるものなど予想がついた。だから、これ以上は詮索しないことにした。


「ねぇ…。」


彼女は少し涙目になりながら言った。


「私、ちゃんと勉強できるかな?」


予想とは違う彼女の心配事に少し驚きつつも、優しく言葉を返した。


「大丈夫だよ、簡単だから。」


そして家のドアを開けて買ってきたものを机の上に置いていると、既に彼女は布団の中に潜り込んでいた。


「こら、レイナ。」


「…んーん。」


どうやら勉強したくないらしいので、掛け布団を勢いよく引き上げて無理やり起こした。


「寒っ!!!」


「勉強するよ。」


「やだぁ。」


「はやく。」


「うー…。」


「いいから。」


「うぅ…。」


彼女はついに押し負けて大人しく机の前に座り、ノートを広げた。


「…ねぇ、これどうやって使うの?」


「あぁ、えっとね…」


どうやら彼女はペンを初めて使うようで、丁寧に持ち方を教えてあげた。


「そしたら、そのままノートに何かかいてみて?」


「うん…。」


カキカキ…


レイナはノートに黒い丸を描いた。


「できた!」


「…これは?」


「お金!」


「ぶっ。」


あまりにも予想外のものを描いていて思わず吹き出してしまった。どうやらこれは硬貨を描いたつもりのようだった。


「そしたら…まずは自分の名前を書けるようになろうか。」


「私の名前…レイナ?」


「そう。ひらがなで書くと…」


僕はノートに少し小さな文字で れ い な と書いた。


「これが…私の名前!」


「そうだよ。真似して書いてみて?」


彼女は頑張って真似しようとしたみたいだったが… れ がどうにも上手くいかないようだった。


「うーん、こうじゃない…こう?こ、こう??」


「…まず線を縦に書いてみて。」


「うん。」


「そしたら、そこから横に引いて、斜め下に引いて…ってゆっくり繋げていくと書けるよ。」


彼女は拙い文字で れ と書くと、まるで世紀の大発見をしたかのように大喜びした。


「私の名前書けた…!」


「いとなも書かなきゃ名前にならないよ…。」


「ふふ、わかったぁ!」


彼女はそのまま れいな とノートに書いた。


「これが私の名前!」


「そう、初めてにしては上手だね。」


「えっへん。」


「じゃあ次はカタカナで書いてみようか。」


「うん!」


「カタカナで書くと…」


僕はノートに レ イ ナ と書いてみせた。


「簡単そう…!」


「真似して書いてみて。」


彼女は拙い文字で レイナ と書いた。


「書けた!」


「ふふ、上手!」


「わーい!」


「じゃあ次は本格的に漢字と算数をやっていこうか。」


「わかった…!」


そして数時間ほどかけて彼女に簡単な漢字と算数を叩き込んだ。彼女は最初ずっと頭に「?」を浮かべていたようだったが、終わる頃には理解したという達成感に浸っていたようだった。


「これで基本的な漢字と加減乗除はできるようになったね。これが分かるだけでだいぶ違うはずだから。」


「うん…!ありがとう、いっぱい教えてくれて。」


「全然大丈夫だよ。」


「…ダーリンって、意外と頭が良いんだね。」


「ふふ、そんなことないよ。」


「嘘だー。」


「嘘じゃないよー。」


「ねぇ、ゲームは?」


「ゲーム?あぁ、するって約束したね。」


「うん!何のゲームするの。」


「んー…簡単にできるやつならボードゲームかな。」


「じゃあ、それやる!」


「わかった。少し待っててね。」


数年前に買ってから一度も使う機会がなく、タンスの奥底にずっと眠っていたオセロを取り出した。


「うわぁ…ちょっと埃被っちゃってる…。」


埃を軽く払って、中身だけ取り出して箱はすぐさまゴミ箱に投げ込んだ。幸い、中身は新品同様に綺麗なままだった。


そしてオセロのステージを机の真ん中に置き、机を両方で挟むようにして2人で向かい合って座った。


「さて、ルールを簡単に説明すると…僕は白、レイナは黒の石を打つ側で………」


簡単にルールを説明して確認した後、初めての対決を始めた…。


数分後


「よーし!また私の勝ちっ!」


「…本当に初めてだよね?」


「もちろん初めてだよー!」


彼女は初めてにも関わらず、10回戦して9勝1敗だった。最初はルールが曖昧で僕が強く出ることができたが、2回戦目からは瞬く間に端を取り、最終的に打つ手が無くなるまで追い詰められた。


「強いよ…。」


「私、もしかして天才かも。」


「十分天才だと思うよ。」


「ふはは…!」


「楽しんでくれているようでよかったよ。」


「これ楽しい。また今度時間空いたら一緒にやろう?」


「いいよ、また今度ね。」


「うん!」


そしてオセロを片付けた頃にはもう8時を回っていた。


「もう夜か…早いなぁ。」


「ね、あっという間。」


「…読み聞かせ、する?」


「してくれる?」


「もちろん。」


「やったぁ!」


そして彼女と一緒に布団に入った後、僕は本屋で買った短編小説を取り出して読み聞かせを始めた。


本の内容は…正直あまり分からなかった。最初は意気揚々と読むことが出来ていたが、読んでいくうちに眠くなってきて、多分20ページ目をめくる頃には既に僕も彼女も寝落ちていたと思う。おやすみ、レイナ。また明日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。