第2話─おはよう、ダーリン。
死神…ではなく僕の恋人の名前は"レイナ"というらしい。目を覚ました時、昨日の出来事が夢だったんじゃないかと思った。でも隣を見たとき、その疑いは無くなった。
「おはよう、ダーリン。」
隣には、間違いなく昨日来たであろう死神だった者がいた。
「お、おはよう。」
味気ないような、少し戸惑いの色を帯びた挨拶をすると、彼女は言った。
「朝ごはん食べようか。」
彼女はそう言うと足早にキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて驚いたように言った。
「…冷蔵庫の中なにもないじゃん。」
「あ、あまり買いに行かなくて…。」
…僕は外に出ることが苦手だ。
外に出ると人と話さなきゃいけないし、見た目だって気を付けなきゃいけないし、色んな人に気を遣わなきゃいけない、それが嫌なんだ。常識的に見れば、僕は引きこもりだった。
「そっか。じゃあ一緒に買いに行こう?」
彼女はそう言うと僕の手を引っ張ってお風呂の前まで連れていく。
「な、なんでお風呂…?」
「髪ボサボサだし、顔も荒れてる。早く入ってきて。」
多少…というか凄く強引だけど、たぶんこれは彼女なりの優しさなのだろう。素直にお風呂に入って全身を洗った。
僕がお風呂から上がって少しして、リビングから彼女がこちらに向かってきた。
「服着た?」
「着たよ。」
そして彼女は僕をソファまで連れて行って座らせた。
「じゃあ髪乾かすからじっとしてて。」
ドライヤーの音が僕の耳に響きながら彼女の声が聞こえる。髪を乾かし終わると、どこからか僕のお金を取り出して出かける準備をする。
「待って…それどこから…?」
「どこって…あなたのへそくりだよ。」
「え、ちょっと待って!?なんで場所がわかったの!?」
「別に良いでしょ、あなたもうすぐ居なくなっちゃうんだし。」
彼女からそう言われると、僕は納得してしまった。
「ほら、早く靴履いて。」
彼女にそう言われ、全く履いていない新品のように綺麗な靴に足を通す。
「それ、サイズ合ってる?」
「う…。」
履いてみたが、すごくキツい。最後にこの靴を履いたのは、たしか4年くらい前だったから。
「てか、あなたいままでどうやって生きてきたの?普通1日1回は外出るでしょ。」
「それは…。」
僕が言い詰まってるのを見て彼女は優しく言った。
「いろいろあるんだね。」
僕の両親は小さい頃に亡くなってしまって、友達は1人しか居らず、恋人を作る暇もなく、ほとんど孤独で色々な職を転々としながら必死に働いてきた。
それから、僕は鬱になった。人の目も、外の景色も、途端に怖くなってしまった。そんな中、たった1人の友達は、時々僕に食べ物や飲み物を届けてくれた。
最近その友達は仕事で忙しいらしく、ロクに食べられていない。水も…最後はいつ飲んだっけ…。
彼女がドアを開けて、僕の手を引っ張る。そして
「久しぶりの外だね?」
と明るく言った。
いい天気だ。太陽が家を照らして、雲1つ無い、真っ青で海のように綺麗な空だった。…そういえば死神って朝に行動できるのか…?
「ねぇ…レイナは、朝でも動けるの?」
「もちろん、元気いっぱいに動けるよ。もう死神じゃなくて、”人間”になってるからね。」
「な、なるほど。」
「ほんとに理解してる??」
彼女は疑うように僕の顔を覗き込んだ。正直、理解は出来たけれど現実味がない。少しでも現実味があることを感じたい。
そして僕は彼女の肩に触れてみた。
「…なに?」
しっかりとそこには肌があって、感触もあった。
「触るなら先に言って…。」
彼女は肩を抑えるような素振りを見せて、軽くこちらを睨んだ。
「ごめん…でも、現実味を感じられなくて。」
「まぁ…そっか。」
そんな事を話している内にスーパーに着いた。
「はぁ、もう疲れた。」
彼女は怠そうな表情でため息まじりに呟いた。
「人間って…案外怠いね。」
「ここはまだ家から近い方だよ。コンビニなんて行こうとしたら1時間弱はかかるから。」
「えぇ…ド田舎じゃん……。」
彼女の口から”ド田舎”というワードが出てくると思わず、少し可笑しかった。
「ふふっ…でも、のどかでいいところだよ。」
少し微笑んで言ったつもりだった。
「…笑うの下手すぎる。」
「え…。」
「口角上がるどころか歪んでるよ。あなた、鏡見たことある?」
彼女は苦笑いしながら僕を責め立てるようにそう言った。笑顔…なんて何年ぶりだろう。
そんな他愛もない話をしながらお買い物をしていた。
「というか…レイナは料理ってした事あるの?」
「ない。それに買い物もしたことない。だからあなたが買って。」
「えぇ…。わ、わかった。」
「ほら、行くよ。」
彼女に手を引かれ僕たちはスーパーに入った。
「…何食べるの?」
「ご飯なら…なんでもいいかな。」
「そう。人間って”携帯電話”持ってるよね?」
「持ってるよ、ほら。」
「検索ってどれ?」
「これ。」
「ありがと。ちょっと調べる。」
慣れない手つきでゆっくり指を動かしていた。
「なんて調べ……。」
僕が覗こうとしたその時
「見ーるーなー!!」
…すっごい怒られた。でもちらっとスマホの画面に見えたのは「恋びと りょうり おいしい」だった。
「この…し、しちゅー?ってやつ作ろう!」
「シチュー…。」
「必要なのは………じゃがいも。」
「え、それだけ?」
「…………むむ。」
どうやら彼女は食材の名前…というか漢字すらまともに読めていないようだった。
「これ読んで。」
「えーっと…牛乳、じゃがいも、にんじん、お肉だね。あとシチューの素もかな。」
「なるほど。どこに売ってる?」
「僕もあまりここ来たことないから分からない。」
「そっか。じゃあ一緒に探そう。」
そして僕たちはスーパーを一緒に周り、食材を買い集めた後にお会計をしにレジへ向かった。
初めは僕がお会計をする気だった。しかし、どうせならレイナもお会計の方法を知っていた方が得だろう。
「お会計2467円です。」
そう店員が言うと彼女は「早く払え」とでも言うように目を合わせるが、お財布を彼女に渡す。
「な、なに?」
「どうせなら、お会計してみて?」
「…いや無理無理。」
「いいからいいから、2467円だから、1000円札を2枚出して。」
というと彼女はなれない手つきで2000円を出す。
「そしたら100円玉を4枚と、10円玉を6枚、5円玉1枚と10円玉1枚でもいいよ。」
「は、はわわ…。」
とても混乱しているようなので彼女の手に僕の手を軽く添えて一緒に動かす。
100円玉、10円玉、そして1円玉…と。
「ちょうどお預かりいたします…。ありがとうございました〜。」
店員は少しイライラした様子で僕たちを見ていたが、不思議と気にはならなかった。一体どうしてだろうか…。
「ねぇ、これ重たい。持ってくれる?」
彼女はお会計が終わるとまるで2時間ほどランニングをした後かのように汗をかいていた。
「人間のお金?とかいう文化はよく分かんない…。」
「最初は難しいけど、慣れると簡単だよ。」
「慣れる気がしない…。」
そして家へ着き、ドアを開けると彼女は真っ先にお布団まで走って飛び込んだ。
どうやら死神はいつも浮遊しているらしいので、歩くのは慣れていないようだ。
「ねぇ、レイナ。」
「ん…?」
「レイナって、漢字と算数苦手?」
そう聞くと、レイナはぽかんとした様子でこちらを見つめていた。
「カンジ…?サンスウ…?」
…どうやら疲れで壊れてしまっているようだ。彼女は頭を抱えながら僕に愚痴るように言う。
「多分…私、人間になってから頭が悪くなった。」
「えぇ…。」
「まぁ、いいや。少し寝る。」
「良いけど…料理は?」
「………起きたらする。」
そして彼女は布団を頭まで被り、ぐっすりと眠りについた。彼女は結構面倒くさがりなのかもしれない。
…彼女が眠りについてから少しした後、僕は軽く彼女の身体を揺すって起こそうとした。
「んー、あと5ふん…。」
そう言って全然起きようとしないので、僕はスマホのアラームを彼女の耳元で聞かせた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリ…!!!!!!
「わぁあ!?!?」
「ふふ、おはよレイナ。」
「…最悪の目覚め。」
彼女はため息をついてから少し怠そうな顔でそう言った。
「ねぇ、料理しよう?」
そう言うと彼女は先程までの怠そうな様子が嘘だったかのように瞳を輝かせながら僕の近くに寄ってきた。
「料理する…!」
「じゃあ、一緒に作ろう?」
「うん。」
「まずは、この”鍋”にお水を入れます。」
「”なべ”にお水…。」
「そしたらコンロの火をつけてお水をあっためます。」
「ほうほう…。」
「そしたら、この間ににんじんとじゃがいもの用意をしようか。」
「にんじんとじゃがいも…?」
「そう、まずどっちもこうやって皮を剥かなきゃいけないんだ。そしてこのまま鍋に入れると大きくて食べれないからこの”包丁”を使って小さく切るんだよ。」
「ほ、”ほうちょう”…。」
「皮は僕が剥くから、切るのはレイナがやってみる?」
「うん、やる。」
そう彼女が返事をすると僕は素早くにんじんとじゃがいもの皮を綺麗に剥いてまな板の上に乗せる。
「そしたらレイナ、包丁持って?」
「う、うん…。」
彼女はカタカタと手を震わせながらゆっくり握る。元死神のくせして、刃物を使うのが怖いようだ。僕は彼女の後ろから手を優しく重ねた。
「大丈夫、僕が後ろからしっかり握ってるから。」
「う、うんっ…。」
「よし、左手を猫の手にして、右手で持ってる包丁の近くでにんじんを抑える。」
「こ、こう…?」
「そうそう。そしたらを指を切らないように丁寧にゆっくり刃を入れて。」
そう言うと恐る恐る彼女が包丁を動かすと、にんじんがパタッと切れた。
「切れた…!」
その後は彼女も恐怖心が無くなったようでにんじんをえっさほいさと切って、じゃがいもは多少苦戦していたけれど慣れた後は素早く切っていた。
「ふふふ…これ、鎌より断然扱いやすい。」
「よし、全部切れたね。そしたら、さっき鍋に入れたお水見てみて?」
「なんかすごい、ぽこぽこしてる…。」
「これは”沸騰”しているんだよ。でも、この水はすごく熱いから火傷しないように気をつけてね。」
「”ふっとう”…なるほど。」
「ここにまずさっき切ったにんじんとじゃがいもを入れまして…。」
「ふむふむ……。」
「にんじんとじゃがいもがある程度煮えたら、シチューの素と牛乳を入れてゆっくりかき混ぜる。匂い嗅いでみて?」
「すごい、いい匂いがする…!」
「そしたらこれをよーく混ぜて?」
「うん!」
彼女は楽しそうにぐるぐると混ぜた。
「そしたら火を止めて…完成!」
「これが、しちゅー…。」
「そしたらこのお皿に入れてくれる?」
そう言うと彼女は綺麗に半分ずつ入れた。そしてゆっくりテーブルまで持っていく。
「はい、これ”スプーン”ね。」
「”すぷーん”…?」
「これでこうやってすくって食べるんだよ。」
僕がお手本を見せると彼女は理解したようで、上手にすくって口に運んだ。
「ん、美味しい。」
「よかった!」
そうして僕と彼女は、彼女にとっての”初めての料理”を無事に終えることが出来た。
「「ごちそうさまでした。」」
「美味しかったぁ…。あ、もうこんな時間。」
「そうだね…そろそろ寝ようか…。」
「うん。」
彼女は小さなあくびをした後にお布団に飛び込んだ。
「お布団ふかふか…。」
しかしどうしよう、布団は1つしかない。ついでに買ってくればよかった…。僕が床に寝ようとした時、彼女は言った。
「ねぇ…ダーリンこっち来て。」
「…う、うん。」
なぜか、すごく心臓が高鳴るのを抑えて彼女の隣で横になった。そして、彼女は僕の手を握った。
「ふふ……あったか。」
「…………。」
「あれ、もしかして添い寝って初めて?」
「うん。いままではずっと1人だったから。」
「そっか……。」
彼女が僕の手を握る力が少し強くなった気がした。
「いろいろ、あったんだね。」
「うん。」
「私はよく人間を見てたからみんなしてるのかと思ってた。」
「レイナはしたことあるの?」
「ううん。初めて。」
「じゃあ一緒だね。」
「ふふっ、そうだね」
「いつか、ちゃんと教えてくれる?あなたのこと。」
「いつか…ね。」
「ねぇ、明日は何するの?」
僕はスマホを取り出し、明日の天気予報を見てみる。明日は雨のようだった。
「明日は雨だから、外は出れないね。」
「えー…残念。」
「んー、となると……。」
僕は”お家デート”と検索した。
映画鑑賞、料理、お菓子作り、ゲーム、手紙交換、一緒に掃除、模様替え、写真の撮り合い、室内キャンプ、本の読み聞かせ、勉強や作業、恋バナ、人生相談……
と、多種多様なお家デートの形が書いてあった。
「なになに…なんかいっぱいある。なにこれ?」
「”お家デート”っていうのがあるの。外行けないから、家で何かしようかなって。」
「…これ、全部やろう?」
「…本気?」
「うん、やりたい。」
「……わかった。」
あと僕に残された少しの時間で出来るか不安になってしまったと同時に、彼女となら全てしてみたい…と思った。
「料理はもうしたから、次は…これとか、げーむ?とかしてみたいな。」
そう言うと彼女は”映画鑑賞”と”ゲーム”を指さしたが、その前にやる事がある。
「まずレイナは少し”お勉強”をしようか。漢字と算数。」
「えぇ…やだぁぁ。」
「明日は”勉強”と、息抜きに一緒に”ゲーム”して、寝る前に時間あったら”本の読み聞かせ”してあげるね。」
「うぅ…わかった。」
「じゃあ、もう遅い時間だから寝ようか。」
「うん、おやすみ…ダーリン。」
「おやすみ、レイナ。またあした。」
そう言って、明日の計画を2人で軽く立てたあと、静かに眠りについた。




