9. そんなうまくいかない
「すまない、驚かせた。母と姉と妹たちだ」
妹さん……と言っても私と同じか少し年上の双子さんたちに袖を掴まれ、「お土産の方が先がよかった」とブーイングされながら、ライアン様は頭を抱えます。
そこにお姉様がやってきて、私の肩を叩きました。
「あたしはブリジットだ。隣国の遊牧民族に嫁いだんだけど、この馬鹿が嫁さん連れて帰ってくるって言うから、帰ってきたの」
ライアン様は姉は暴君だと話していましたが、ニッと笑う快活な方です。黒髪は美しく、赤い瞳は目を惹きます。
「ブリジット様……」
「かたっくるしいから、お義姉ちゃんでいいよ。これから覚える名前も多いだろうし」
「はい、お義姉ちゃん。エステルです。よろしくお願いします」
おそらく、いい人です。
お義姉ちゃんの後ろから、双子のお二人が出てきます。
「こっちはドロテ」「こっちはカロル」
お互いがお互いのことを紹介していますが、正直よく似すぎていて、覚えられる気がしません。
「覚えられないって思ってるわね」「でも簡単よ。CとDが鏡合わせで並んでいるの。先に喋るのもカロルよ」
なるほど、ドロテさんが左で、口元のほくろも左右対称です。
ライアン様によると悪戯好きとの話でしたが、普通に親切です。
納得していたところで、隣の人に手を引かれます。
「私は末の妹のフォセット。十六歳。あなたとっても美しいわ」
「ありがとうございます……?」
フォセット様は覗き込むような形で上目遣いなのがかわいいです。小悪魔で甘え上手……確かにそうなのかもしれません。あまりにも手練れです。
私が皆々様とご挨拶している間に、アデライド様とライアン様は今後についてお話されていました。
「んで、ライアンの嫁問題は解決したとして、王家と教会はどうするつもりだい?」
「向こうもすぐには動けないはずだ。間者は送ってあるし、もう少し様子を見る」
私が状況を引っ掻き回した気もしますが、そもそも。ライアン様にこっそり聞きます。
「ライアン様、彼らを敵に回して良かったのですか?」
「…………我が家とは元から不仲なんだが、知らずに手を取ったのか?」
知らずに手を取りました。よりよい労働環境を求めて。
話を聞けば、激しい討伐作戦で聖女の応援要請をしたのにそれらしい理由で断られ、王家に軍備費を増やすようにかけあっても辺境伯領内でどうにかしろと言われ……なるほど、長年続けば裏切りたくもなります。
「しかし、教会を裏切って破門になれば一大事なのでは?」
王でさえ恐れるもの、それが破門です。下手したら王国を追放されるかもしれません。
「辺境伯領も女神様を信仰してはいるが、原初の方なんだ」
「え? 原初……?」
「知らないのか?」
私が叩き込まれたのは、女神様がこの世を創造し、最後に王家に冠を授け、教皇に王を諌める杖を贈ったという話でしたが、どうやら別の話もあったようです。
女神様はこの世を創造し、一番弱かった人間に生き残れるように知恵を与え、しもべである妖精たちを残し去った……辺境伯領で広く信じられているのはこちらなのだと言います。
「……王都の神典には、妖精の存在はありませんでした」
「まあ必要性はないだろうな。女神様のしもべだが、選ばれた子供にしか見えない悪戯好きで、人の世をかき乱す存在だから」
「えぇ……女神様はなぜそんなのをしもべにしているのでしょうね」
聖女にあるまじき発言ですが、心の底から浮かんだ疑問です。
「さあな。信仰してはいるが、王都ほど熱心じゃないから、特に深く考えたことはなかった」
辺境伯領と教会があまり仲良くない理由が、なんとなくわかった気がしました。
考え込んでいると、お義姉ちゃんがライアン様の背中を叩きます。
「ライアン、この馬鹿者。いつまで玄関にいるつもりだ。エステルちゃん、まずは荷物おいといで」
「「その前に部屋に案内してないわよね」」
「兄様、フォセットはお腹が空きました」
怒涛の口撃に、ライアン様は慣れた様子ですが、私は活気のある女性たちの圧に驚きます。
「あれ……?」
何も辛くはありません。むしろ優しくて、賑やかで。でも、新しい世界にいっぱいいっぱいになってしまったのか、旅の疲れが出たのか、夕食の時にぶっ倒れました。
空気の読める聖女を辞めたからといって、すぐに理想の生活が送れるわけではないのだと、食べ過ぎや馬車酔いや今で思い知りました。
ライアン様の部屋の大きなベッドに運ばれて、少しぼうっとしながら、今日一日中のことを思い出します。
「……家族ってこんな感じなんですね」
「すまない。うちは父が早くに亡くなって、長らく女家系だからな。女三人で姦しいのに、五人なんだ。恐ろしい……」
傍に椅子を置いて、私の手を握っていたライアン様が、しみじみおっしゃいました。
「まずは疲れを癒してくれ。改めて言うが、極力理想の生活が送れるよう、努力しよう」
「だからどうか、俺の妻に」
ガバッと体を起こしました。熱が上がったのは、言うまでもありません。




