8. そこに直れ!!
ルートを変えて、翌日、翌々日も馬を走らせ、開けた場所に出ます。
────海。
見渡す限り青くて、広い。日の光を浴びてキラキラ光っていて、癒しの魔法を使った時に似ています。思わず馬を止めてしまいました。
「どうした?」
「海、初めて見ました」
「そうか。入江もあるから、夏になれば泳げる」
ライアン様の手を借りて降りて、海を眺めます。海風は生ぬるくて、潮の匂いがして、改めて自由を感じました。
「エステルの瞳の色は海に似てるな」
「青いとは思ってましたが、似てますか?」
「ああ、似ている」
金髪も碧眼も、この国で珍しくはありませんが、孤児出身なのに茶色っけがなく、どちらも澄んだ色味だったのは、聖女として持ち上げられる要因でもありました。いいとも悪いとも思ったことはありませんでしたが、こんなに綺麗な海に似ているのなら、この容姿でよかったかもしれません。もう一度眺めて、そう思いました。
「よし、満足です。先を急ぎましょう」
「領内に着いたから、もう少しゆっくりしていてもいいが。まあ満足したなら行くか」
「え?」
思わずライアン様を見ます。そんなことは聞いてません。
ここが、ヴェクサン辺境伯領……?
「早く仰ってくれませんか!?」
「ちょうどここが領境なんだ。便が悪いから、関所はもう少し先だが」
崖と海、山。本当に自然が豊かで、空気がおいしいところでした。遠いのも納得です。
「想定外なほど早く着いたな。馬がもう少し疲労するかと思っていたが」
「私が手綱を持っていたからかもしれません」
「なるほど。癒しの力は凄いな」
そんな会話をしつつ、また馬を走らせ、関所を顔でパスし、活気のある栄えた街を抜け、小高い丘の上のお屋敷に着きます。
「わぁ……」
まさに荘厳でした。邸宅と言うよりは要塞のような形ですが、庭は綺麗に整えられ、玄関に置かれた調度品は良い物ばかり。使用人さんたちが出迎えてくれ、ライアン様はコートを預けます。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。エステル、執事長だ。執事長、隣にいるのが……」
「ラァァァァイアン・ヴェクサン!! そこに直れ!!」
鼓膜が破れそうなほどに大きく張りのある声で響いた怒号。即、床に座っているライアン様。いつの間にか去っている使用人さんたち。
正面の階段の上から叫んでいる壮年の女性は、ライアン様によく似ていますが、ライアン様よりも強そうです。地ならしのように階段を下りてきて、ガッとライアン様の頭を持ちます。分厚く荒れた手に血管が浮かんでいて、ライアン様の頭がミシミシ鳴っています。
「母様に何か言うことがあるんじゃないか」
「ご報告が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「あ゛ぁ゛?」
「次から早馬を走らせます」
パワーイズパワーです。これは、一連の流れを報告していなかったということでしょうか。謝罪と反省、対策までとは、手慣れています。
「フン」
どうやら許されたようで、ライアン様は呑気に首を鳴らしています。
……あの、絶対私の立場ってよくないですよね? この状況になるまでわかっていませんでしたが、辺境伯ってこんなに簡単に妻を決められないですよね?
さっきまで怒り狂っていた女性がこちらを向きます。絶体絶命です。
「お見苦しいところを見せて悪かったね。私は前当主の妻でこのバカ息子の母、アデライド・ヴェクサンだ。あんた令嬢たちを殴ったんだって? 最高だね」
「お、恐れ入ります。エステルと申します。これからよろしくお願いいたします」
……案外好意的でした。え、本当にただ報告、連絡、相談が遅れたことを怒っていたのですか?
アデライド様がパンパンと手を叩くと、階段の上からわらわらと女性陣がやってきます。
「なにその子がエステルちゃん? ライアン、あんた面食いだったのねぇ」
「姉さん、帰ってきてたのか」
「「お兄、王都のお土産は?」」
「従者に預けてある。馬車が到着するのはもう少し後だ」
「兄様、私の選んだ正装はいかがでしたか?」
「やっぱりお前のせいか……」
どことなくライアン様に似た女性陣が勢揃い。情報量が過多です。ライアン様の肩身の狭さが伺えます。
「ええと、これは、一体……」
面を食らうとは、このような状態のことを言うのでしょうか。




