7. ぶっ飛ばしましょう
結果として、馬は最高でした。少し教えてもらえたら案外乗りこなせましたし、酔わないですし、何より視線が高いです。
「馬って素晴らしいですね!」
パカラッ、パカラッと軽快な音を立てて走ります。風が気持ちいいです。
「おい、軽いんだから、あまり飛ばすな」
流石に学びました。ライアン様の声に気付いたところで、方向転換をしてライアン様の元に戻ります。
通り過ぎて止まろうとしたその時、目の前を犬が通りかかり、馬が後ろにのけぞって……うっかり手綱を離した私は空中へ。空がまだギリギリ青い。
「えっ」
落ちるとか考える前に、走馬灯が浮かびます。
……無理やり髪を梳かし、痛がる私を見て笑うシスター。金のサイコロを振り、賭博をしながら片手で美食を貪る教皇。見ていただけのくせして完全に癒せていないことにご立腹な王太子殿下。
ろくな記憶もあったものじゃありません。どうしようもない人生、と思ったところでライアン様の顔が浮かび、
「っと。間一髪だ」
実際にライアン様の顔が目の前にありました。すっぽりと腕に収まり、現実に戻ってきます。どうやら生きているようです。
「エステルは心臓に悪いな」
「癒しましょうか?」
「……そうだな、頼めばいいか」
そこに効くのかは分かりませんが、冗談で言ったはずなのにライアン様は本気で受け取ってしまい、困惑します。
無事なので降ろしてもらい、スカートの砂埃を叩きます。
「馬は二人で乗ろう。エステルがまた飛ばされては困る」
「はい」
一応乗れるか試してみて、後ろに人がいる時の安全性をその身で感じました。自分で思っていたより、私は細かったようです。
「ルートをもう一度考え直そう」
無事に健康的に宿に着き、消化にも滋養にいい食事を摂り、今度は別々の部屋で眠りました。
……が、眠れませんでした。
「ベッドがぺたんこじゃない。硬くもない」
昨日ぐっすり眠れたのが嘘のように、質の良いベッドは寝付けません。ふかふかの羽毛布団にくるまっているのに寒いですし、何もかもがザワザワします。歯がガチガチ震えます。
「寝たいのに」
何度も寝返りをうって、目を閉じ直して。
……いつのまにか、ライアン様の部屋の前に立っていました。寝たいならベッドの中にいるべきなのに、私はこんなところで何をしているのでしょうか。
気配を悟られてしまったのか、ドアが開いて、寝ぼけ眼のライアン様が突っ立っています。
「え、えっと、私はなぜここにいるのでしょう? 戻ります」
踵を返そうとして、腕を掴まれました。
「……寒かったか」
「おそらく」
「おいで」
優しい声色でした。そのまま手を引かれ、ベッドに招かれます。
空気がふんわりしていて、暖かいです。体から力が抜けます。同じベッドのはずなのに、どうしてここまで違うのでしょう。
「筋肉量でしょうか」
「そうかもしれないな」
「私も鍛えますね」
「健康になってからな」
ライアン様は眠そうで掠れた声で。それでも律儀に返してくださいました。
心臓の規則的な音に安心します。目が蕩けてきて、溢れ落ちてしまう前に瞼を閉じました。
明るい日差しで自然と目が覚めます。
「おはよう、よく眠れたか」
「……すみません、どうかしてました」
「いい。お互いのためにも、健やかであることが一番だ」
翌朝。ライアン様はどこまでも優しく、
「妻にもなるのだから、特に何も気にしなくてもいいだろう」
と、爆弾を落としました。
妻。妻と言うのは、一緒に寝てもいい。といいますか、それが当たり前の立場。
仕事ばかり考えていた私は、妻とはそれが許される立場でもあることを忘れていたのです。
悶々としながら朝食を食べましたが、馬での移動が楽しく、また忘れました。
「ぶっ飛ばしましょう!」
「ほどほどにな」
景色はどんどん変わり、肌を掠める空気も少し異なります。王都に閉じ込められた小さな世界しか知らない私にとっては最高に楽しかった。
移動して、宿に泊まって、また移動して、適度に休憩して。馬に水を飲ませ、ライアン様が地図を見ます。
「この分だと早く着きそうだな」
「本当ですか!?」
「ああ、もうすぐだ」




