10. ヴェクサン家のヒエラルキー
「あ、あの、妻って、どういう仕事を含みますか?」
「そうだな……俺はこの家庭で育ったから、側妻は作りたくない。妻としての仕事は大抵は人を雇えばいいが、夫婦で出なければならない公務は頼みたい」
ライアン様は真面目な顔で考え始めます。しれっと言いましたが、側妻は作りたくない? 私のことは癒しの力でスカウトしたのに?
「教会や王家から守るためとはいえ、選択肢のない状態で妻にしたことは変わりない。俺を好いてくれとは言わない。ただ、必ず相談してくれ」
その上、私は誰を好いても構わない、的なことを言っているように聞こえるのですが。
「私にとって都合が良すぎませんか?」
「俺はエステルを愛するのは全く苦じゃない。お互いにとって都合よくするのは当たり前だろう」
大真面目な顔です。
なんでしょう、この人、変。
「そもそも、私が誰かを好きになるとしたら、ライアン様の他に誰がいるんです?」
学園でよく見かけたり、懺悔室でよく聞いた恋愛というのは、生きる上で余裕のある人のすることだと思うのです。少なくとも、王都では無理でした。
「……」
嬉しそう。ライアン様のバックにお花が飛んでます。口がもにょもにょしています。かわいい。
あ、私に何かを可愛いと思う心なんてあったんですね。
「今の私の適切な表現がわかりました」
「ん?」
「供給過多です」
ライアン様の手は骨貼っていて、剣ダコがあって、暖かいです。腕には血管が浮いています。
「ごはんと一緒です。満たされすぎて、混乱しています」
「そうか。これから時間はたくさんある。ゆっくりでいい」
これからゆっくり、ヴェクサン家にも、ライアン様にも、理想な生活にも慣れていこうと思い、とりあえず寝ることにしました。
自堕落に昼前まで寝て、寝ぼけながら身支度をしてもらい、肌触りも質も良い軽い服に着替え、昼食に混ぜてもらいます。
流石に怒られるかと思ったのですが……。
「あれだろうね、朝に血圧が低いんだろう。食べられるだけ食べな!」
アデライド様……ライアン様のお母様に、逆に世話を焼かれました。
「痩せすぎだよ!」
柔らかいパンにハムと野菜が挟まっていて、スープにも具材がゴロゴロと入っています。貴族社会でよく見る食事とは随分と違いますが、とても美味しそうです。
「栄養は大事だ!」
胃袋が驚かない程度に食べました。
窓際で食休みをしていると、ライアン様がやってきます。
「騎士団にしょ……」
「エステルちゃん、お義姉ちゃんが帰る前に、中庭でお茶でもしばかない?」
やってきたのですが、お義理姉様が勢いよくドアを開けたことで、壁に挟まれてしまいました。痛そうです。
「あ、ごめん。ライアンいたの。エステルちゃん借りるかんね」
無傷なのは流石です。
お茶会では、あの朴念仁で気の利かないライアンと結婚なんて大変だと思うけど、手紙を飛ばしてくれたらすぐにシメに帰る、と仰ってくださいました。そんなことにはならないと思うのですが、心強いお言葉でした。
お茶会を終えて、ライアン様の執務室に向かいます。ちょうど向こうからライアン様がやってきていて、私を見つけて口を開きます。
「騎士団に紹か……」
「エステル、これ見て」「小さい時のお兄の姿絵」
その前に出てきたのはカロル様とドロテ様。持っているのは可愛らしい男の子の姿絵です。
……これが、ライアン様?
「「お兄は昔は可愛かった」」
ギャラリールームに連れて行かれ、色々語っていただきました。少々強引でしたが、貴重なお話が伺えました。ライアン様について少し詳しくなった気がします。
ギャラリールームを出て、私を探していたであろうライアン様と目が合います。
「騎士団に紹介を……」
「ドレスに興味あります?」
大きな布を持って通りかかったフォセット様に話しかけられました。
目がキラキラしています。これは見せたいっていう顔です。ドレスに興味はありませんが、フォセット様には興味があります。
「全部自分で作ったの!!」
「これは凄いですね……」
クローゼットルームには様々なドレス、正装が並んでいました。
聖女としてお針子仕事の手解きを受けたものの、糸くずと布だった何かしか生み出せなかった私とは大違いです。
「エステル義姉様、兄様はセンスも何もないので、私に相談してくださいね」
フォセット様はライアン様のセンスのなさを熱弁した後、そう仰いました。
クローゼットルームから出ると、ライアン様が待機していました。
「騎士団に紹介したい!」
「……お疲れ様です」




