5. 大変申し訳ございません
カーテンが風に揺れ、窓から昼のやわらかい日が差しています。目の前にあるのは、端正な顔と、豊満な胸筋。安らかな寝息が聞こえ、ムスクのようないい匂いがします。
え……? 何も記憶にございませんが……え?
「お、起きてください」
立派な三角筋を激しく揺さぶります。私は説明を求めます。聖女の聖女性の危機です。自分でも自分が何を考えているのかわかりません。
「ん……。もう少し、寝かせて、くれ……」
掠れた低い声です。世の中の女性が聞けば黄色い歓声を上げるでしょう。私が上げるのは絶叫ですが。
「無理に決まってますよね!?」
「うっ……」
ようやくライアン様が目を覚ましました。穏やかな寝顔から一転、なんだかくたびれた様子です。
「まず、自分を見てくれ」
自分……とても大きなシャツを着ています。身綺麗です。体に違和感はありませんし、むしろすっきりしています。
「あの後、宿に行く途中で背中で盛大に吐かれて、俺たちの服はダメになった」
………………はい。
記憶はありませんし、聖女を剥奪されてもおかしくない行為ですが、ライアン様が嘘をついているとはまったく思えません。心当たりがありすぎます。晴れとはいえ冬なのに窓が開いていたのは、もしや換気……。
「それは俺の予備のシャツで、着替えはメイドがやってくれたから安心してほしい」
こんなに嬉しくない殿方のシャツを着た朝って存在するんですね。
「これ以上服がダメになるのも避けたいし、夜中に吐かれて気道が詰まっても困る。何より冬は寒い。防寒具がてら隣で様子を見ていた。……寝てしまったのは申し訳ない」
「こちらこそ大変申し訳ございませんでした……」
ライアン様がくたびれているのは、私のせいでした。ベッドの上で平伏します。あまりにもやらかしています。
「そうなるだろうとわかった上で食わせたのは俺だ。謝らなくていい」
「なぜ……」
「今まで散々我慢してきたやつに我慢しろと言うほど鬼畜ではない」
ライアン様は本当に何も気にしていないようにベッドから立ち上がり、軽くストレッチをして、身支度を始めました。
「ああ、そうだ。昼まで寝れたようでよかった」
日差しを浴びて黒髪が光に透けます。寝癖で髪の跳ねたライアン様が神々しいです。頭が上がりません。辺境伯領に着いたら、一生懸命働くことを、ここに誓います。
メイドさんが朝から買ってきてくださった質のいい服を着て、身支度をし、昨日の反省を踏まえ、ほどほどに昼食を摂り、必要なものを揃えに行きます。
「このクッションは……」
「馬車の中で使うものだ。尻が三つに割れたくなければ、真剣に選んだ方がいい」
「……はい」
柔らかいクッション、ちゃんと暖かい服、足に合った靴。屋台の砂糖菓子。
「あと何か今すぐ買わないといけないものはあったか……」
色々と買い物をしていたところで、路地に瀕死の猫を見かけました。癒しの力は無限ではありませんし、体力を持っていかれますが、こういう時に見捨てると後々自分の気分が悪いのです。
「すみません、少し」
ほんの少しだからとライアン様の隣を離れ、路地に入り、癒しました。元気になって去っていくのを見守って、ふらつかないように少し待ってから立ち上がろうとします。その間に、後ろに誰かが立っていました。
「おい、金目のもん置い、てぇ?」
くるりと向きを変え、勢いよく立ち上がり、下から殴り飛ばします。
「なぜ貴方にあげなきゃいけないのですか?」
返事はありません。当たり前です。顎は人の急所です。たとえ弱そうな女でもかがんでいる相手を狙うとは、とんだ馬鹿ですね。
王都の孤児として、聖女として、様々な人に狙われましたから、慣れています。あとは癒して放っておけば完了です。
ライアン様の元に戻ろうとしたところで、今度は体格の良い人の足音がします。死角に隠れ、拳を構えます。大きな手で受け止められてしまいました……が。
「あ……」
「……うん、とりあえず無事でよかった」
ライアン様でした。




