4. 素敵な言葉、福利厚生
「ど、こへ……」
私の選択は間違っていなかったと思いたいです。ですが、すでに一度間違えていますし、この流れで寄る必要性のある場所など、考えつきません。
「エステルが言ったんだろう?」
ライアン様が首を傾げます。
「腹が減っていると」
……確かに言いました。言いましたけれど。
連れて行かれたのは、王都に近い栄えた町。馬車の揺れに気持ち悪いと思い始めたところで着いて、もう夜遅いからとローブを被らされました。
酒屋のような料理店は人で賑わっていて、私たちは目立っていないようです。
「なんでも好きなものを頼むといい」
美味しそうな匂いに殴られて、メニューを舐め回すように確認します。
「弱っているんだ、無理はするな。明日も明後日もこれからずっと食べられる」
「肉をいっぱい……」
「聞いてるか?」
「お肉傭兵盛り……」
今まで食べられなかったお肉、ふかふかのパン、濃い味のスープ、パスタだって、もうたくさん頼みます。立食式だったはずの舞踏会でも、聖女は何かを口にするのを許されていませんでしたから、実質一食だったのです。
「……わかった。それを頼むから、そんな怖い顔をしなくていい」
ライアン様が全て頼んでくださって、出来た順番に料理が並びました。遠慮せずに美味しいうちに食えと仰るので、好きなだけ食べます。
美味しい。美味しい。味がします。生命の味がします。
果実水を飲んで、一息つきます。
「なぜこんな寄り道を?」
まともになれましたし、大変ありがたいのですが、さっさと去る流れではなかったでしょうか。
ライアン様はため息をつきました。
「寄り道ではない。国境の領地なんだ。長旅になるし、その弱った体では耐えられないだろう」
確かに、それはそうです。
どうやら、王都から出たことのないハードワーク聖女の勘違いだったようです。
「今日は宿に泊まり、明日は必要なものを揃えて、ここを立つ。後で中継地点の説明をしよう」
回答に納得して、私はまた食べ始めました。
「一口食べるか?」
隣の芝は青い。おつまみのような前菜を一口いただきました。
「ソースが口の端……ここに付いている。いや、もう少し右だ。うん、取れたな」
布巾を差し出され、ジェスチャー付きでわかりやすく教えてくださいました。
「食いきれなかった分は俺が食おう」
少しお腹がいっぱいになってきたところで、そう言っていただけました。
流石の私も、なんとなく気付きます。
「……手慣れてますね」
こんな対応をされた女性はすぐに惚れ込んでしまうことでしょう。
私の疑いの視線を受けて、ライアン様は首を振りました。
「誤解だ。婚約者はいないし、誰かとそういう関係になったこともない」
では、なぜ。
「俺は女四人姉妹の二番目長男でな……」
先程まで完璧なムーブをしていたライアン様が、途端に苦労性のくたびれた人に見えてきました。
暴君なお姉様、悪戯好きで我儘な双子の次女、三女、甘え上手で小悪魔な四女……話を聞いているだけで、こき使われ、頭を抱えている様子が目に浮かびます。
「俺は至って普通にしているだけだ」
デザートのメニューを差し出されながら言われると、説得感が違います。
そろそろ満腹ですが、甘いものは別腹です。滅多に食べられない甘味は最高でした。
店出て路地に入ると、従者らしき方が待機していました。
「ライアン様、宿の手配が整いました」
「ご苦労。よし、行こう」
お腹がいっぱいになったら物凄く眠くて、ふらふらと転びかけたところで、ライアン様に腕を掴まれます。
「眠いなら無理しなくていい。おぶろう」
「流石に……」
「これから長く働いてもらうんだ。教会のように逃げ出されないよう、福利厚生は大事だろう」
福利厚生……教会にはない概念。そもそも賃金すらなかった。
それもそうかと少し納得して、ぼやぼやな視界のまま頷きました。背中があったかくて、余計眠くなります。
あれ、宿に泊まるって、部屋はどうなるのでしょうか。大事なことに気づいたはずなのに、眠くて、もう何も考えられませんでした。
「え、裸……?」




