19. 腹の底がふつふつ
結局、何にも慣れずに夜は過ぎて、朝は来て、日常が重なっていきます。
「どうすれば……」
とうとう、時間がありません。ドレスは明日には届きます。式は来週です。
こんな話を聞かせたくはありませんでしたが、背に腹は変えられません。いつも通り双子に捕まった時に、相談してみました。
「うーん、お兄は妹から見ても優良物件ではあるんだけど」「少しっていうかかなりズレてるのよね。お兄が悪い」
お部屋で紅茶を嗜みつつ、カロル様とドロテ様は直球です。
「あんなズレてるけど、モテないわけじゃないのが最悪」「だからズレたまんま直らないって言うか、周りだけがヤキモキする」
そこに大きな布を持ったフォセット様がやってきました。双子の夏用ドレスの構想を練りにきたはずが、いつのまにかお茶会へ合流。
「兄様はセンスがないこととズレているのを除けば、まあ欠点はそんなにありませんからね」
ジャムクッキーをつまむフォセット様。
「守った領民から本気で恋されちゃって粘着された時は大変だったわ」
本気で恋? 粘着? 女性経験はないはずでは? 初耳ですが?
双子は思い出したように頷いて、ジャムクッキーを齧ります。
「辺境伯領を背負うお兄が恋なんかするわけないのに」「領民だから守っただけなのに」
双子によると、ライアン様は相手のアプローチに気づかないままだったのだとか。純粋に感謝の気持ちだと、慕ってくれる領民だと、花を受け取り、キスされそうになり……ふぅん。
「他国からも釣書がたくさんありましたよね」
シロップ漬けのフルーツをつまみ、あったあったと頷く双子。
「すんごく器量の良い第八王女様とか」「ものすごいスタイルのいい大貴族の三女とか」
聞く限りでは、随分と良さそうな家柄と、素晴らしい釣書。ハニートラップはハニーだと理解できないまま家族によって守られ、家柄や血筋だけ見て判断して、大抵のものは保留にしていたそうですが……へぇ。
ふつふつと何かが溜まっていきます。
「どうしてああなのかな」「ああなのはどうして?」
双子が顔を見合わせていると、どたどたと足音がしました。バァンとドアが開きます。
「ありゃ直んないよ!」
「「「母様」」」
アデライト様がやってきました。フォセット様に家庭学習の時間を告げにきたようですが、お茶会をしていると気づくやいなや、新しい椅子を持ってきてどかっと座ります。
「ライアンのボケっぷりは、血筋だからね」
血筋と言われても、アデライド様はボケていません。首を傾げる我々にアデライド様は鼻を鳴らしました。
「あの人……あんたたちの父様はもっっっっとボケてた」
浅黒い肌や眼光がそっくりだったので勘違いしていましたが、ライアン様、まさかのお亡くなりになったお義父様似。
「あの人は死者に手向ける花を結婚記念日に買ってくるんだよ」
「えぇ……」
「いくら私が綺麗だと言ったからって、そんなバカな話があるかい。あったんだよ」
どん引く妹様たち。考える私。
ライアン様とは少し違うボケな気もしますが、確かに同じ匂いは感じます。
「ライアンはまあ、私が育てたからまだマシだけどね。でも直んないよ、あれ以上は」
アデライド様はフォセット様の紅茶を自然に啜り、双子は発言に呆れ返りました。
「母様、それ息子の嫁に言うこと?」「開き直らないでよ」
フォセット様は静かに紅茶を入れ直しました。丸いテーブルがぎゅうぎゅうです。
ああ、直らないにしても、粘着に無数の釣書ですか。
「いいや、これは事実だ。エステル、悪いけど、自分からガツンと行くしかないんだよ」
アデライド様に背中を押され、ぎゅうぎゅうな茶会の席から弾き出されるように、私は立ちます。妹様たちは驚きましたが、向かうはもちろん、ライアン様のいる場所です。
ガツンと、はよくわかりませんが、なぜか腹の底がどす黒く煮えたぎっていました。
もしかしたら額に血管が浮いていたかもしれません。使いっ走りにきた騎士団の見習いさんが怯えて逃げました。
執務室のドアを開けます。ノックもしなかったので、ライアン様が驚いて顔を上げました。珍しくお間抜けな顔です。
「ライアン様、私はライアン様の妻になるんですよね?」
「ああ、どうかし……」
ダンッと机に手をついて、タイを引っ張り、そのまま唇を落としました。
「なら、何も問題ありませんよね?」
無自覚なライアン様が誰かに奪われるくらいならば、いっそ私が先に奪いましょう。
「あなたの妻は、私です。今後どんな人から見合い話がきたとしても、言い寄られても、私です。いいですね?」
それだけ言って、これ以上お仕事の邪魔をしないように去ろうと踵を返します。
「エステル!」
「……なん、で」
振り返った先には、至近距離に赤金がありました。
「もう一度、いいか?」
「もうしてるじゃないですか」




