18. 全てを破壊する女
「無理はしなくていい。俺はエステルの意思を尊重する」
勇んでいる私を落ち着けるように、優しい顔で首を横に振るライアン様。
ねぇ、私、知っています。嘘まみれの舞踏会で、私のために迷わず本音を返してくださったからこそ、私は貴方を信じたのですから。
「いいえ、無理じゃありません。私が、慣れたいんです!」
「……っそうか。慣れ、たいのか」
契約とはいえ、妻なのですから。ライアン様は浮気したくないのですから。
ライアン様は謎に驚いていらっしゃいますが、教義に反したくないからではないのです。これは私の、私との戦いです。
「ええ、ライアン様の顎を粉砕しないように!」
「うん、流石に顎が粉砕は困るな」
ライアン様は真面目に頷きました。ええ、そうでしょう。結婚式どころではなくなりますし、お仕事にも支障が出ます。
「だからその、お付き合いしていただけますか?」
「ああ、もちろん付き合おう」
こうして、私はライアン様に慣れる練習を始めました。バスケットを持って戻ると、騎士団の皆さんが可哀想なものを見る目をしていました。理由はさっぱりわかりませんが、私はまた何かを間違えたようでした。
夕方、一度お仕事に戻ったライアン様が迎えに来てくださったので、騎士団の帰りから早速始めます。まずは少しの接触から。少しの接触といえば、握手。教皇もよくやっていました。
「……握手はもうしたことありますね」
「初対面でだな。手を取るのではなく、握ってきたから驚いた」
「契約成立、みたいな気分だったので」
思い出してみれば、そうでした。元より癒しの力を使う時に相手の患部に触れますから、特に何も思わなかったのです。
出鼻をくじかれた気がしましたが、事が早く進んで良いという事で次は手を繋ぐ事でしょう。
「じゃあ手を……すでに繋いでますね」
「そうだな」
私が靴に慣れずに転びかけるせいで。実はいまだに慣れていません。異物感がします。
「安全第一だ」
「いつもありがとうございます」
照れていた覚えもありますが、転びかけすぎてそれどころではなくなったのです。私の命綱です。
これどうしよう……と思いながら、屋敷に帰りました。夕食を取り、寝支度をしながら考えます。特に思いつきません。ええと、懺悔という形の許されざる淡い恋の惚気では、他にどんな段階がありましたっけ?
悩んでいる間に夜も更けて、ライアン様が寝室にやってきました。
「どうした」
「何も、思いつかないんです」
「フォセットが頼んだ土産の恋愛小説でも読んでみるか?」
「恋愛小説……あ!」
私にそんな娯楽は許されていませんでしたが、少し思いつきました。
「二人で出かけてみるのは……領地に着くまでそういう感じでしたね。そんな時間もありませんし」
「俺一人で出席だったからな。王都は遠い」
「経費削減ですね」
またやってました。もう色々一足飛びで抱擁しかないのでしょうか。一応親愛の文化もありますし、と体をばっと広げました。
「……うん」
あったかくて、安心して、ライアン様のいい匂いがします。規則的な鼓動が心地よくて、このまま眠れそうな……そんな……。
「すでにたくさん抱きしめられてますね??」
「ああ、寝てるときも寄ってくることが多い」
「うぇ?」
「俺は暖かいようだ」
「さすが筋肉です」
もう認めます。私が全ての雰囲気を破壊しています。
これ、ライアン様が慣れてなかったら、女性だらけの家に生まれてなかったら可哀想でした。考えてみれば、出会って初めてのおんぶはゲロで、馬車の中や馬の上での抱擁もゲロで、もっといえばライアン様のシャツを着ていたのも理由はゲロです。そんなの手を繋ぐのが当たり前にもなります。
妻じゃなくて、放って置けない庇護対象扱いじゃないですか。そして私も、今も安心しきって、力が抜けたままです。
「そもそもライアン様、こんな私とキスなんてできるんですか?」
「できる」
「はは、ですよねぇ……え!? 即答!?」
「ああ、できる」
耳を疑いましたが、ライアン様の声は低くてよく通ります。
「言っただろう。俺は一途にエステルを愛する。側妻は作らない」
一瞬年下好きが頭に浮かびましたが、そんなはずはありません。ライアン様は、案外若いのです。まだ二十五も超えていません。
「ひぇぇ……」
変な声がでました。




