17. 聖女の死
「審議は、審議です」
「ああ、うん。どうぞ」
ライアン様に許可をもらい、私は目を閉じました。
脳内に浮かぶのは何もない空間に丸く並べられた椅子。座るのは、幼い孤児のエステル、幼い聖女のエステル、そしてその時々の現在の私です。でも、今回は辺境伯領に来る前の聖女もどきエステルもいます。昔は孤児と聖女の二人だったのに、随分と増えました。
『これより、第639回聖女審議を行います』
『議長、よろしくお願いします』
聖女審議は、なにか判断に困った時にずっと行ってきたこと。議長は幼い孤児のエステルです。
『議題は、結婚式でライアン様と接吻するべきかって。接吻ってあれでしょ? ちゅーでしょ』
『女神様との契約の証です』
『他人の結婚式で散々見てきましたね』
各々好き勝手に喋ります。なんだか必死度が感じられませんし、適当な感じがします。今までの聖女審議は死に直結することが多かったせいかもしれませんが、これもある意味聖女の死。
『そ、そんなのは今の私もわかってます! 真面目にやってください!」
現在のエステルである私が怒ると、他のエステルたちがやれやれと言った風に話をやめます。目配せをし合い、孤児のエステルが代表して口を開きます。
『わかったわかった。エステルは、ライアンが嫌い?』
嫌い? って、嫌い? そんな、まさか!
『嫌いなわけが!!』
食い気味の私を見てニヤニヤ笑うのは、孤児の私と聖女もどきの私です。この荒み組めっ!
『じゃあ、別によくない?』
『聖女としては、女神様の御前で嘘などつけません。腹を括るしかありませんよ』
『そう? あの教皇たちの信じる女神様なんて信じらんないですけど』
辺境伯領では随分と違う話のようですし、聖女もどきの私の意見もわかります。
『まあ、そうだよね。そもそもわたしたちってさ、本当に聖女なのかな?』
『『『え?』』』
孤児の私は、何を言っているのでしょうか。
『癒しの力が女神様にかんけーしてるのは間違いない。けど、それが聖女の証だってどこに書いてあったっけ?』
聖典に書いては、ありません。私は聖典を暗記させられています。でも、
『癒しの力を持つ聖女が、国を救うって……』
『その癒しの力、持ってるのって私だけなの? この広い世界で?』
考えたこともありませんでした。いえ、聖女である私たちには、考えられないことでした。
『深く考えなくていいんだよ。エステルがライアンとキスしたいか、したくないか。ただそれだけ』
ライアン様と、キスを。
今まで見た結婚式通りなら、肩に手を置かれて、顔は少し斜めに、私の身長に合わせて屈むように唇が重なる。きっと硬くて、少しガサガサしていて、私よりも厚い唇が……。
『無理!! 無理じゃないけど、無理ですよおおおおおおおおお』
椅子から立ち上がり、伏して床を叩きました。なんなら頭でも叩きます。耐えられません。
『わーお』
『荒ぶってますね、教会で白い目で見られますよ』
『大丈夫ですよ、今のエステルは辺境伯領にいるんですから』
聖女もどきのエステルの言葉に、床を叩く頭が止まります。
辺境伯領……そうですよね。そう、なんですよね。
『この早い結婚は、周りに認めさせるため。本当なら、問答無用で接吻すべき話です』
『わたしはよくわかんないけど、そーなの?』
『公然の前で女神様に嘘をつくのは相応しくないでしょうね』
『ライアン様は、それでもなるべく私の意思を優先しようとしてくれている』
ライアン様は、私があれこれ考えて、本当の気持ちを我慢するのは、きっと望んでいない。これだけは、絶対。
『そう。じゃあ、もう今回の聖女審議は終わりでいいね』
この審議が無意味だったことは、初めてです。
『エステル、あとは頑張って』
そう言い残して、エステルたちが去っていきました。
目を開けて、現実に戻ってきます。木漏れ日が眩しい。ライアン様がこちらを覗き込んでいて、少し驚きました。
「凄い百面相だった」
「あ、そうなんですか……」
見られた状態で審議をしたことがなかったので、知りませんでした。
「難しいことなんだろう。ギリギリまで悩んでいていい」
ライアン様はやっぱり、優しいです。
「いいえ。その、覚悟は決めました」
だからこそ。
「ライアン様に、慣れていこうと思います」
顎を粉砕しないためにも。




