16. 清らかだから仕方ない
「エステル様は大変危険なので、身の安全を確保させてください!」
「大変危険!?」
「はい! さあ、どうぞ!」
私も流石に傷つくといいますか、そこまで??
「……えっと、どう体を動かせばいいと思いますか?」
そんな全力で退避されたら、身の振りを考えなければなりません。聖女が人を怪我させたら本末転倒です。
「今はライアン様いないからなぁ」
「団長は?」
「まだ三歳の子供がいるんだが?」
ものすごい遠くからヒソヒソと聞こえてきますが、あの、そこまでですか????
副団長が咳払いをして、前に出てきました。
「そちらの訓練用の岩を殴ってみるなどはどうでしょうか?」
トレーニングの時に団長やライアン様が持ち上げているものです。私と同じくらいの大きさがあります。
「岩を……?」
そんなまさかと思いつつ、えいっと殴ります。
バラバラになりました。
「ん??」
粉々になった岩だったものを眺めます。自分の拳を見ました。
「体を動かすのはやめておきますので、どうかそんな危険物のように扱わないでください」
「「はい」」
私の力がおかしいのはおいておいて、あの時受け止めて骨折だけだったライアン様はおかしいのでは?
「あの、ご想像通りで、ライアン様がおかしいだけです」
「私、勘違いしていました。あの人ちゃんと化け物だったんですね」
ものすごく静かになりましたが、とりあえずこれからの鍛錬の時に岩だったものを踏んで怪我をしたら危ないので、ちりとりで掃除していました。
質量を感じる足音が沈黙を破ります。
「何をしているんだ、お前たち」
悪魔の話をすれば悪魔が現れる。ライアン様の話をすればライアン様が現れます。
「エステルに昼食を持ってきがてら話をしにきたんだが」
バスケットの中には具沢山なパニーニが入っています。王都でもよく売られている長いパンに肉や野菜を挟んだものです。
「ライアン様、トレーニング用の岩は新しいものを用意してください」
「……ああ、なるほど」
副団長のその報告だけで全てを察するライアン様。少し気まずい私。ライアン様はこちらを見て、
「ほどほどにな」
とだけ言いました。なんて事のないように私にバスケットを渡してくれます。
「ああ、いや。俺もここで昼にするから、森で軽くピクニックでもするか」
「ピクニック?」
「エステルは好きじゃなかったか? カロルとドロテは暇さえあれば二人でしているが」
令嬢方は長期休暇のたびに避暑地でなさっていたようでしたが、私には無縁でした。無知なだけで嫌いではないと首を振って、ついていきます。
「美味しい!」
「ハムの塩気が効いているな」
ふかふかなパンとシャキシャキなレタスとの相性が良いですし、卵もまろやかで黒胡椒がピリッと締めて最高です。
果実水を飲んで、一息つきます。
「エステル」
呼ばれたので振り向くと、口元に手が触れます。真剣な表情です。風が吹いて、木々がざわめきました。
え? ええ?
「取れた」
卵がついていたようで、ライアン様はそのまま食べます。
慣れた様子のライアン様に対して、動揺しっぱなしな私が恥ずかしいです。
うう……清らかな聖女だったんだから仕方ないですよね??
「あ、ありがとうございます。そういえば、持ってきた時に話があると仰っていませんでしたか!?」
「ん? ああ、そうだな」
真面目な話で落ち着こうと思いました。
「結婚式のキスはどうする?」
ライアン様は真面目な顔で仰いました。
「ふぁ????」
情けない声が出ました。
「結婚式の流れはわかるか?」
わかります。わかりますけど。聖女として女神様の祝福を届けに結婚式に出席したことも百や二百ではありませんけど。
式の接吻は女神様への誓いの証。皆に証人となってもらう行為。
……え?
待って待って待って待って待ってください。ということは、私も? ライアン様と?
「振りもできるが、女神様の御前ということを気にするならばと思い、エステルに合わせようかと」
癒しの力を持った聖女が女神様の前で嘘をつくわけにもいきませんが、あまりにもすっ飛ばしすぎて、私が色々と持たない気もします。混乱の末にライアン様の顎を破壊するかもしれません。
「……し」
「死?」
「審議!!!!」




