20. 人ですらない
一瞬すぎて、ライアン様からキスをされたことしかわからなかったので、冷静に返しました。
許可はする前に取るものです。
「すまない、体が動いていた」
ライアン様はすぐ謝ってくださいますが、それでも手を離してくれません。
怒りが少しずつほぐれてきて、時間差で事を理解し始めます。
「もう一度いいか?」
「だから、さっきしたでしょう!」
あれ、私、勢いのままにライアン様にキスして、キスされ返されてません?
そしてライアン様は、もの足りなそうな顔をしてません? ただじっと私のことを見つめて、私の反応を待ってません?
「ああ、ダメか?」
今言葉を発した、少し厚くて形の綺麗な唇に、私、自分の唇を重ねたんですか??
ついさっきのことなのに、せっかくできたのに、もう忘れてますけど、本当に?
「ダメでは、ないですけど」
いつもよりも圧のあるライアン様から目が離せません。
ほんの少し触れ合っただけで、もしかしたら、触れていなかったかもしれません。
「いいのか?」
もう一回したら、思い出せるでしょうか。
「いい、ですけど……」
手が離れます。ライアン様が机の向こうから近づいてくるたびに、私も一歩、また一歩と下がります。
とうとう背中がドアとぶつかって、もう下がれなくなりました。寄りかかるように囲う影が落ちてきて、赤金が私を見下ろしています。
「いいんだな?」
「……はい」
顎を掬われ、柔らかいものが触れました。ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けます。視線が絡んで、恥ずかしさで遠ざけようとしますが、逆にがっちりと掴まれて、意味を為しません。
永遠にも思える時間の後、唇が離れた時、その場にへたり込みそうになりました。
「おっと」
ライアン様が支えてくださいましたが、逆効果で、余計力が抜けました。
「勘弁してください……」
「それはこちらのセリフなんだが」
慣れたように運ばれて、来客用のソファに座るライアン様の膝の上に座ります。普通にソファの上で良いのですが。
「それで、どうした。何を怒っていたんだ?」
「色々と勝手にカッとなっていただけというか……なぜそんなに余裕そうなので??」
言い寄られるとか釣書とか今はもうどうでもよくて、その態度の方が気になります。
私はもうどうしようもなく余裕のない状態なのに、なぜそんな普段通りなのか。冷静沈着に私の奇行の理由を知ろうとしているのか。
「いや、急にされた時は戸惑った」
「戸惑っている顔に見えませんが??」
「今はやり返せて満足しているからな。ずっと焦らされていた分、かなり嬉しい」
ズレているというかなんというか、ライアン様って本当に、もう!!
「キスはいいものだな。もう一度いいか?」
「よくないに決まってるでしょう!?」
いつかキスに慣れて、後悔させてやるしかありません。
とにかくムカつくのでライアン様の胸ぐらを掴んでブンブン振って八つ当たりをしていると、
「お兄ー」「エステル知らない?」
双子の声と同時にドアが開きました。
「「あ」」
目がばっちり合います。胸ぐらを掴んでいた手がポトリと落ちました。
「ここにいる」
「うん」「それはもうわかった」
「「邪魔してごめん」」
双子が丁寧にドアを閉めて去ります。
ひとときの、静寂。止まらない瞬き。
理解したくなかったものを理解してしまった、私の脳。
「ぬぁぁぁぁあああああああああああああああ」
絶叫が、屋敷中に響き渡りました。ライアン様を突き飛ばして走り去り、布団を被ってひとしきり暴れ、フォセット様に慰めてもらい、どうにか涼しい顔を貼り付けて騎士団に行くと、
「昼間に屋敷の方から猛獣の声が聞こえて討伐に行ったんですけど、いなかったんす」
「聞いたこともない声で何かはわからないんですけど、奥方様も気をつけてくださいね」
と大真面目に言われました。聖女どころか人とすら思われない声だったようです。
「猛獣……」
結婚式は大丈夫ですが、大丈夫ではないことがわかりました。屋敷に帰ると、ライアン様が床に正座させられていて、頭をはたかれていました。
……ドレスはちゃんと届きました。
次回は今日の夜か明日中の更新の予定です。ブクマ、リアクション、コメントなど励みになります。
今週、急に忙し、なぜ……。




