12. 殴って癒して調子良し
私が呆然としていると、ライアン様が隣にやってきて、木っ端微塵な木剣を片付けます。副団長が慌ててちりとりを持ってきました。
「すみません……」
「謝る必要はない。が、このままだと困るのも事実だ。一度手合わせをしてみよう」
ライアン様って、怖いものがないのでしょうか。つい先ほど双子さんから、冷たいものを食べると頭を抱えるというお話は聞きましたが。
「払っただけで破壊した人と手合わせ……こわ」
「だ、大丈夫だ。団長より強いライアン様だぞ?」
「むしろ奥方様の方が危ないだろ」
見習い騎士さんたちのぼやきを耳にする限り、ライアン様はお強いようです。団長よりも強いって、もしかして前線に立ったりしますか?
「木剣ではまた折れるだろうから……すまないが真剣を持ってきてくれ」
一番近くにいた見習い騎士さんが走って持ってきてくれました。渡されて、その重みでバランスを崩します。ライアン様が支えてくれました。
「剣って重いんですね」
「その細い腕では……そうだろうな」
たとえお腹いっぱい食べたところで、筋肉はすぐにはつきません。
訓練場で向かい合って立って、どうにか剣を構えます。
「俺は攻撃しないから、全力でかかってきて構わない」
合図と共に駆け出し……正直重いので、振るだけで一苦労でした。体の重心がずれて、地面に剣が刺さります。あれ?
「ふむ……となると。エステル、剣はそのままでいい。今度は素手で殴ってきてくれ」
「え? はい」
ライアン様は地面に刺さった剣をいとも簡単にスポッと抜いて、見習い騎士さんに預けます。
お互い素手になったので、正拳突きのように殴りました。
「ふんっ」
衝撃波と共に、ピキッと音がしました。
私の拳を受け止めていたライアン様の手が折れたとしか思えません。
「……やはり素手であることが重要か」
ライアン様は痛がる様子もなく考え込んでいます。折れたんですから、もう少し焦ってください。私はきっと顔色が真っ青になっています。最悪です。
「ちょっと待ってください、今癒しますから」
急いで折れた手を取り、集中します。力を集める感覚と共に光の粒が飛んで、力が吸われない感覚でもう治ったのだとわかります。ライアン様も手をグーパーして治っていることを確認できたようです。
「凄いな。骨折まで治せるのか?」
治らなかったら最悪です。ライアン様を傷つけなくなんてありません。ライアン様は何も気にしていない様子で、また手のひらをこちらに見せました。
「もう一度殴ってみてくれ」
「ライアン様に怖いものってないんですね??」
でも、もう一度殴ります。
衝撃波はありましたが、先ほどより……。
「うん、少し弱くなっている」
やはり、ライアン様の手も無事なようです。
癒しの力を使わないと、謎の力が溜まってしまう。その状態で殴ると、異様な破壊力を持ってしまう。そういうことですか? 聖女どころか化け物じゃないですか。
「私、ここにきて本当によかったかもしれません。明日も来ます」
「そうした方がいいだろうな」
このままだと日常生活が危険かもしれないので、訓練後の騎士を集め、癒しの力で疲労を回復させました。ライアン様もついでにと、騎士たちに稽古をつけて吹っ飛ばしていました。
「やべー、癒しの力すげー」
「古傷まで治ってるかもしれん」
「あれ、水虫治った? 治ってる!」
皆さん喜んでいましたし、私も調子が良いです。自発的に癒しの力を使うのは楽しいですね。
夕暮れの中、弾んだ気分で屋敷まで帰ります。
「ご機嫌だな」
「ええ、とっても……っとと。ありがとうございます」
ご機嫌すぎて飛び跳ねて、石畳に足が引っかかりました。ライアン様が肩を掴んでくれて、転ばずにすみます。
「靴にはまだ慣れませんね」
「そうか。じゃあ、はい」
目の前に手を差し出されます。これは一体?
「繋いでいれば、転ばない」
「……はい」
夕日に照らされたライアン様の優しい顔がなんかこう、胸にきて、目を逸らして手を取りました。
安心する手です。なのに、何を言おうとしていたのか忘れてしまい、空腹感に気付きます。
「ライアン様、お腹空きました!」
「そうだな。もうすぐ夕飯だ」
「……あ、明日も騎士団に行くのが楽しみです」
そう言うと、ライアン様は少し考え込みました。考え事の時に口元に手を添えるのが、ライアン様のクセです。
「明日か……」
「何か用事がありましたか?」
ライアン様はヴェクサン家の当主。留守にしていたこともあり、お仕事が溜まっているのは知っています。けれど、私には特に何もないはず……。
「いや、既成事実も作ってしまおうと思っていた」
「きせーじじ、つ?」
頭が真っ白です。




