第6話 ハイオーク襲来とフラグ回避
「いや! タケル、ピーマンいや! これ、緑の悪魔!」
「ふん……タケルは相変わらず精神が幼いな。だがお母さん、僕もこの苦味成分に特化した生命体の摂取は断固拒絶する。これは光の御子に対する闇の皇子の、正当なる共同戦線だ」
ルミナ村の木造平屋、我が家の食卓。
五歳になった双子は、日に日にその規格外なハイスペックぶりを加速させ、言葉の発達も(前世の私の記憶やララの日本語を吸収しているせいで)五歳児としては不自然なほど達者になっていた。
だが、中身はまだまだ甘えん坊の五歳児。今日の夕食の「ピーマンの肉詰め」を前にして、光の勇者タケルと闇の魔王エヴァがガッチリと同盟を組み、激しいイヤイヤ期(偏食モード)を発動させていた。
「こらこら、二人とも! お肉と一緒に食べれば苦くないの! これを食べないと、大きくなって格好いい聖剣を振り回したり、最上級闇魔法を唱えたりできなくなっちゃうわよ?」
私がフンスと腰に手を当てて叱ると、二人は涙目で「うぅ……」と身を縮こまらせる。お母さんに怒られたら世界が滅ぶ(おやつが抜かれる)と知っている二人は、実にチョロ……ゲフン、素直で良い子たちだった。
「にゃーお(おいカオリ、子供の教育も大事だが、外の空気が不穏だにゃ。私の『最高軍事顧問センサー』が、血生臭いマナの接近を感知しているにゃ)」
縁側の特等席からトコトコと歩み寄ってきたのは、私と共にこの世界に転生してきた愛猫であり、我が家の絶対的権力ピラミッド第二位の三毛猫・ララ先生だ。その表情(猫だけど)は酷く真面目だった。
「え? 不穏な空気?」
私が窓の外を見上げると、静かだったはずのルミナ村の境界の森から、鳥たちが一斉に飛び立つのが見えた。
ドクン、と前世の限界オタクとしての私の心臓が大きく跳ね上がる。五歳。ルミナ村。そして、不穏な影。
(待って……! 思い出したわ! ゲーム『ドラゴンクロニクル』の原作裏設定資料集に書いてあった――【エヴァの闇堕ちの原点イベント】だわ!!)
原作シナリオでは、五歳になったエヴァの前に、突如として森から狂暴な亜人集団『ハイオーク』の群れが襲来する。本来なら、幼いエヴァが自身の『魔王の力』を完全に暴走させ、一人でハイオークたちを文字通りチリ一つ残さず殲滅するのだ。
しかし、その凄まじすぎる漆黒の魔力を目撃したルミナ村の村人たちは、エヴァを「不吉な魔族の化身」「化け物」と恐れ、迫害を始める。それが原因でエヴァは孤独のどん底に落ち、人類を滅ぼす魔王としての道を歩み始めることになる――。
(絶対に、そんな鬱フラグ叩き折って見せるわよ……!!)
我が子が「化け物」呼ばわりされるなんて、母親として一ミリも容認できない。エヴァが一人で戦って孤立するなら、みんなで戦って「村を救った英雄の双子」にしてやればいいだけの話よ!
「ララ先生! 敵の規模は!?」
「うにゃ(ハイオークが五体、それに下位のオークが十体だにゃ。まともに村に突入されたら、一般人の村人じゃひとたまりもないにゃ)」
「よし、元総務部の危機管理能力を舐めないでよね! タケル、エヴァ、お出かけよ! お隣のエミリアちゃんとマーサさんのところへ行くわよ!」
「「はーい!」」
私は双子の手を引き、猛烈な勢いで家を飛び出した。
目指すはお隣の農家。そこには、双子の一歳年上の幼馴染であり、将来のメインヒロイン『聖女エミリア』ちゃん(四歳)と、そのおばあちゃんであるマーサさんがいる。
「マーサさん! エミリアちゃん! 緊急事態よ!」
「おや、カオリさん、どうしたんだい? そんなに慌てて」
庭で農作業をしていたマーサさんが驚いて顔を上げる。エミリアちゃんも「カオリおばちゃん、どうしたの?」と不思議そうに三つ編みを揺らした。
「森から狂暴なハイオークの群れがこの村に向かってきてるの! 放っておいたら村が危ないわ!」
「な、なんだって……!? しかし、村の警備兵は今、隣町へ遠征中でほとんどいないよ……!」
マーサさんの顔が真っ青になる。これぞ王道RPGの都合の良い防衛力低下シチュエーション。だが、私には勝算があった。
「大丈夫よ、マーサさん! うちのタケルとエヴァ、それにお隣のシリウスさん(※生姜焼きに釣られて近くの森に居着いた600歳エルフ大魔導士)の魔法があるわ! でも、二人だけで戦ったら村の人たちに『怖い』って誤解されちゃうかもしれない。だから、エミリアちゃん! あなたが必要なの!」
「エミリアが……?」
私は四歳のエミリアちゃんの前に膝をつき、その小さな手をぎゅっと握りしめた。
「エミリアちゃん、あなたは昨日、ララを『大将軍』に、タケルたちを『騎士様』に任命してくれたわよね? 今こそ、王国の女王様として、みんなに【防衛の命令】を出してほしいの! そして、マーサさんは村の人たちを集めて『子供たちが特訓の成果で村を守ってくれるから、みんなで応援して!』って触れ回ってちょうだい!」
「……! あ、なるほどねぇ! カオリさん、あんた肝が据わってるよ! 分かった、村の連中にはアタシから上手く言っておくよ!」
年の功であるマーサさんは、私の意図(子供たちの力を恐怖ではなく『誇り』に変えるための演出)を瞬時に察して、鍬を放り出して村の中心へと走ってくれた。
「うん! エミリア、女王様だもん! タケル騎士、エヴァ騎士、それにララ大将軍! わるいオークをやっつけて、みんなを守って!」
エミリアちゃんが小さな拳を突き上げて、凛とした声で叫ぶ。
その瞬間、タケルとエヴァの瞳に、爆発的なやる気の炎が灯った。
「おうっ! エミリア女王様の命令なら、僕、絶対負けない!」
「……ふん、女王の初陣の要請だ。魔王……いや、第一騎士たる僕が、格の違いを見せてやろう」
よし、心理的包囲網(フレーミング効果)は完璧よ! あとは、あの森の奥の「生姜焼き中毒エルフ」を召喚するだけね!
ルミナ村の境界、広大な草原が広がる防衛線。
そこには、マーサさんの呼びかけによって集まった、おびただしい数の村人たちが、固唾を飲んで見守っていた。
「おい、本当に大丈夫なのか……? カオリさんのところの五歳児の双子が戦うなんて……」
「でも、マーサさんが『あの子たちは伝説の魔法使いの弟子なんだ』って言ってたぞ!」
村人たちの視線の先には、小さな木刀を構えた赤髪のタケル、クールに腕を組んだ黒髪のエヴァ、そして――。
「まったく、旅の途中でこれほど美味な【豚の生姜焼き】に出会わなければ、私がこのような辺境の村の防衛戦に駆り出されることもなかったのだがね……」
サラサラと白銀の髪をなびかせ、超絶爽やかなため息をつきながら魔導杖を構える高身長エルフ、シリウス(実年齢600歳超)が立っていた。昨夜、生姜焼きを三杯おかわりした対価として、彼は完全に我が家の専属ガードマン(家庭教師)として拉致されていた。
「ガルルルル……!」
森の奥から、並のオークの二倍の巨体を誇り、禍々しい大斧を携えた『ハイオーク』を筆頭とする亜人の群れが、地響きを立てて突進してきた。
「敵軍視認だにゃ。全軍、突撃にゃ!」
タケルの頭の上に乗ったララ将軍が、日本語でビシッと前脚を掲げる(村人たちには『すごい賢い魔猫の鳴き声』に聞こえている)。
「いくよ、エヴァ、シリウスお兄ちゃん! ――『しん・せいけんざん(真・聖剣斬)』!」
シュバァァァァン!!
五歳のタケルが木刀を一振りした瞬間、眩い黄金の闘気が巨大な光の刃となって地を這い、突進してきたオークたちの前衛を一瞬で薙ぎ払った。地割れと共にオーク三体が吹き飛ぶ。
「な、なんだあの威力は……!? 五歳児の放つ一撃か、あれは!?」
村人たちから驚愕の歓声が上がる。
「遅いな、タケル。……我が深淵の拒絶を見よ。『終末の煉獄(衣類乾燥モード・極)』」
エヴァが小さな手をかざすと、ハイオークたちの足元に、漆黒の魔方陣が出現した。
本来なら対象を灰すら残さず消滅させる最強の暗黒火炎魔法だが、エヴァはお母さん(私)に「村を汚しちゃダメよ」と言われていたため、精密な魔力制御を発動。ハイオークたちの武器と防具だけを一瞬で焼き尽くし、熱風の圧力だけで彼らを文字通り「お洗濯物の脱水機」のようにクルクルと回転させて無力化した。
「そして、仕上げだ。……『天嵐の轟雷』」
シリウスが美しく杖を振ると、上空から正確無比な雷撃が、武器を失って裸になったハイオークたちを直撃し、彼らを完全に気絶させた。
わずか一分。
原作では村を恐怖に陥れ、エヴァの心を歪めるはずだったハイオークの襲来イベントは、鈴木家の「圧倒的な家庭内戦力」の前に、ただのワンサイドゲームとして秒殺されたのだった。
静まり返る草原。
ハイオークたちが全員白目を剥いて倒れている中、タケルとエヴァが振り返る。
原作なら、ここで村人たちが「化け物……」と引いていく場面だ。エヴァの深紅の瞳に、一瞬だけ不安な光が過る。
だが、その瞬間、私は声を限界まで張り上げて叫んだ。
「マーサさん! エミリア女王様! やりました! 騎士さまたちが、村を完璧に守り抜きましたよ!!」
その声を合図に、四歳のエミリアちゃんがピョンピョンと跳び跳ねながら、輝かんばかりの笑顔で駆け寄ってきた。
「すごーい! タケルくん、エヴァくん、かっこいい! エミリアの最強の騎士さまだわ!」
未来の聖女からの、最大級の全肯定の抱擁。
これを見た村人たちは、恐怖に怯える暇などなかった。彼らの目には今、「怪物の力」ではなく、「村の可愛い双子が、伝説のエルフの指導のもと、女王エミリアの命令で奇跡を起こした」という、極めて英雄的で微笑ましいファンタジーのワンシーンとして映っていたのだ。
「おおおおお!! すげえ!! カオリさんのところの双子が、本当に村を救ってくれたぞ!!」
「タケル! エヴァ! お前たちは村の英雄だ!!」
地を揺らすような、村人たちからの大歓声と拍手の嵐。
「えへへ……! 僕、みんなを守れたよ、おかーたん!」
タケルが嬉しそうに私の足にしがみつく。
「……ふん。当然の結果だ。僕を誰だと思っている」
エヴァは相変わらずツンとした態度を取っているが、その深紅の瞳は、村人たちの温かい拍手を受けて、どこか嬉しそうに、そして心底ホッとしたように潤んでいた。
人間に迫害されるはずだった魔王は、お母さんの機転と、幼馴染の笑顔によって、「村の小さな英雄」としての確固たる居場所を手に入れたのだ。闇堕ちフラグ、完全粉砕完了である。
「にゃ。見事な作戦勝ちだにゃ、カオリ。これで原作の第一の鬱イベントはゴミ箱行きだにゃ」
タケルの頭の上で、ララ将軍が満足そうに喉を鳴らす。
「ふむ、これほど見事な連携を見せられたら、私も教育者として鼻が高いよ。……さて、カオリ殿。約束通り、今夜はあの【唐揚げ】という未知の料理を、山盛りでお願いできるだろうね?」
シリウスが爽やかな笑顔のまま、完全に胃袋の欲望を全開にしておねだりしてきた。600歳の大魔導士、今日も手料理の前に完全敗北である。
「ええ、もちろんよ! 今夜は村の英雄たちの祝勝会よ! みんなでお腹いっぱい食べましょうね!」
「「おー!!」」
タケルとエヴァ、そしてエミリアちゃんも一緒に、みんなで手を繋いで我が家へと歩き出す。
原作の過酷な運命なんて、一人の元OLの母性と、美味しいご飯、そして大切な仲間たちの絆があれば、いくらでもハッピーエンドに書き換えられる。
世界を滅ぼすはずだった双子の未来は、ルミナ村の温かい夕焼けに包まれながら、さらに健やかに、そして超マザコンなまま、最強の伝説へと突き進んでいくのだった。




