第13話:新任講師の罠、そして『お母さんのオムライス』を死守せよ!
「さあ、皆さん! 今日の初等科の特別実習は、実戦形式の『チーム対抗・模擬魔導バトル』を行いますよ!」
白亜のエリート校、王立学校初等科の広大な専用闘技場。
青空の下に広がる観客席の前で、担任のマチコ先生がスッと銀縁メガネを中指で押し上げながら、キリッとした声を響かせた。
彼女のシャープなショートヘアが風に揺れ、厳格なスパルタ教師としての威圧感が周囲の空気をピリリと引き締めている。もっとも、昨日の放課後のダンジョン実習の件以来、クラスの生徒たちはマチコ先生が「鈴木カオリ特製・唐揚げの虜」であることを薄々察しているため、以前ほどの恐怖心はなく、むしろ親近感を抱き始めていた。
――そして、我が家の双子。
長男タケルは黄金の『勇者の闘気』をパチパチと楽しげに弾かせ、次男エヴァは冷徹な深紅の瞳を細めながら、クラスの全員を見下ろすように腕を組んでいた。
「ふん……。チーム対抗戦か。僕たちのチームには昨日のダンジョンで私の優れた指揮下に入ったローランもいる。勝敗の論理的結論など、戦うまでもないな」
「うん! タケル、みんなと楽しく魔法の練習ができるの、すごく楽しみだな!」
相変わらずの圧倒的実力差と、微塵も慢心しない(ただお母さんのご飯を楽しみにしているだけの)ほのぼのとした空気感を漂わせる双子の隣で、ライバル貴族のローランくんは「くっ……! また僕を勝手に自分の配下扱いして……!」と顔を真っ赤にしながらも、どこか誇らしげに鼻を鳴らしていた。
だが、その平和な(あるいは我が家の独裁的な)模擬バトルの空気を、ガラリと変える不穏な影が、闘技場の入場ゲートからスッと現れた。
「――おや、噂の『田舎出の神童』というのは、君たちのことかい?」
ひんやりと冷たく、しかし妙にねっとりとした甘い声が響いた。
そこに立っていたのは、すらりと背の高い、中性の美貌を持った若い男だった。亜麻色の美しい長髪を後ろで上品に束ね、耳には高価な魔導回路のピアスが光っている。上品なフリルのついた高級魔導士用のコートを翻し、その手には、先端に巨大な人工水晶が埋め込まれた不気味に青く光るステッキ(魔導杖)が握られていた。
彼の胸元には、『王立学校・魔導実戦部門主任講師』を示すゴールドのバッチが輝いている。
(ん……? あの人、原作のゲームにそんなイケメン講師いたっけ……?)
見学席の最前列で応援していた私――鈴木カオリの総務部としての危機管理レーダーが、ピピッとうるさく警告音を鳴らした。
私の脳内の公式設定資料集が高速でページをめくる。だが、これほどナルシスト感の強い「いかにもな中ボス系イケメン講師」の記憶はない。
「初めまして、新しく今月から初等科の実戦バトルを担当することになった、【ゼノン】だ。……フッ、よろしく頼むよ、可愛い生徒たち」
ゼノン講師は妖しい笑みを浮かべ、クラスの生徒たちを品定めするように見回した。しかし、その視線がタケルとエヴァに止まった瞬間、彼の翡翠色の瞳の奥に、わずかにねっとりとした嫉妬と侮蔑の光が走った。
(……ほう。あの辺境上がりの平民のガキどもが、最近やけに学内で持て囃されているらしいな。校長のシャンタク爺さんも、あの双子ばかり特別扱いしやがって……。今日の模擬バトルで、私の最新鋭の魔導理論の前に叩きのめして、その鼻をへし折ってやろう)
ゼノン講師のドス黒い思惑は、タケルとエヴァの超人的な直感、そして私の「限界オタクの妄想力を超えた危機察知能力」によって、一秒で看破されていた。
いや、それ以上に、ゼノン講師の纏っている「ただならぬ不潔なマナの波動」が、我が家の絶対的権力ピラミッド第二位の三毛猫を激怒させていた。
「にゃーお(おいカオリ、あのキザったらしい男、もの凄く変な臭いがするにゃ。生臭い陰謀と、腐った魚のような嫉妬の臭いだにゃ)」
私の足元で、愛猫のララ先生が毛を逆立て、流暢な日本語で低く唸った。
「そうよね、ララ先生……! なんかあの先生、タケルとエヴァに対してあからさまに敵意を向けてるわ……!」
私の胸の母性が一気に戦闘モード(総務部クレーム対応お局様スタイル)に切り替わる。我が子を狙う不審者は、例え王立学校の講師であっても、この私が生姜焼きのタレで返り討ちにしてやろう――!
*
「さて、本日の模擬バトルのルールを説明しよう」
ゼノン講師は、わざとらしく優雅なポーズを取りながら、生徒たちの前に立った。
「通常のチーム対抗戦では面白くない。そこで、私の方で特別ルールを制定した。――タケル君、エヴァ君、そしてローラン君の『特進チーム』には、私の直接指導として、【ハンデキャップ戦】を課す!」
「ハンデキャップ、ですか?」
ローランくんが怪訝そうな顔で眉をひそめる。
「そうだ。君たち三人は、チームでありながら【お互いの魔力や闘気を一切接触させてはならない】。もし少しでもタケルの闘気がエヴァの魔力に触れたりすれば、その時点でチーム全員の失格とする。さらに――」
ゼノン講師はネチョっとした笑みを深め、懐から不気味に光る黒い魔導結晶を取り出した。
「この『強制魔力抑制の枷』を三人の足首につけてもらう。これがあると、君たちの持つ異常なまでの魔力量と闘気は、通常の一般人の十分の一に制限される。……さあ、どうだい? 本当に君たちが『神童』と呼ばれる実力を持っているなら、この程度のハンデ、問題なくクリアできるはずだがね?」
教室の生徒たちから「ええっ!? そんなの厳しすぎないか!?」「魔力を十分の一に制限されて、さらにチーム内で干渉しちゃいけないなんて、まともに魔法が使えるわけないよ!」と、どよめきの声が上がった。
あきらかに悪質な、教員による生徒へのイジメ(私怨)である。
だが、当の本人たち――タケルとエヴァは、微塵も動じなかった。
むしろ、二人の表情は冷ややかで、どこか呆れたような色を帯びていた。
「……ふん。馬鹿馬鹿しい」
次男のエヴァが、すっと一歩前に出た。
「魔力を十分の一に制限されようが、相棒であるタケルとの距離を計算に入れようが、僕たちの論理的戦闘プロセスにおいては全く影響はない。だがね、ゼノン講師……君のそのセコい策略の裏にある『私たち双子の絆を引き裂こうとする幼稚な心理誘導』、すべてお見通しだよ」
「なっ……!?」
ゼノン講師の顔が、一瞬だけピクッと引きつった。六歳児に見透かされたことへの動揺である。
「お兄ちゃんの言う通りだ!」
赤髪のタケルも、黄金の闘気をほんの少しだけパチパチさせながら、真っ直ぐにゼノン講師を睨みつけた。
「そんな変な輪っかをつけなくても、僕たちは負けないもん! でもね、先生……僕たちのお母さんの作った【おいしいお弁当】の時間を邪魔する奴は、タケルが絶対に許さないからね!」
「おいおい、タケル、そこは怒るポイントが少しズレている気がするが……だが、僕も同意見だ。母の平穏な日常を脅かすものは、すべて排除の対象となる」
――いや、そこは双子ともに怒るポイントが完全に一致している。我が家の教育方針(=母の料理と愛の死守)の勝利である。
「くっ……! 口だけは一人前の生意気なガキどもが……! いいだろう、その傲慢さを後悔させてやる! 試合開始だ!!」
ゼノン講師は怒りに顔を歪めながら、手元の魔導杖を激しく振るった。
*
「はじまれぇぇぇ――っ!!!」
マチコ先生の容赦ない合図とともに、模擬バトルがスタートした。
闘技場の反対側から、ゼノン講師が用意したクラスメイトの「妨害チーム(上級生や他の選抜生徒たち)」が、一斉に魔法の詠唱を始めて襲いかかってくる。
「くっ、僕たち三人だけでこの数の相手を……!? しかも魔力が十分の一に制限されているなんて!」
ローランくんが青ざめながら金色の魔導杖を構え、必死に防御結界を展開しようとする。しかし、足首につけられた『魔力抑制の枷』のせいで、いつもなら一瞬で張れるはずの結界が、モヤモヤとした頼りないシャボン玉のように小さく歪んで消えかけてしまった。
「ローラン、慌てるな。君の魔導計算のベクトルは間違っていない。だが、出力の方向性を三度右にずらせ。僕が補正の術式をバックアップする」
エヴァが冷静に指示を出し、自分の制限されたごくわずかな魔力を、見えない糸のようにローランの背中に繋げた。
「えっ、でも、二人の魔力が触れ合ったら失格じゃ――」
「馬鹿だな、触れ合わなければいいんだよ!」
タケルが元気よく叫びながら、自分の黄金の闘気を地面にスッと這わせ、敵の妨害チームの足元を狙う魔導のトラップをピンポイントで破壊していく。
制限されていようが、彼らの基礎スペックの桁が違いすぎるため、十分の一の出力であっても一般の生徒たちから見れば「災害級の神業」だった。
観客席で見守る私は、思わず両手を握りしめて応援していた。
(がんばれ、タケル! エヴァ! ローランくんも!)
その時、闘技場の高い教員用バルコニーから、ゼノン講師がニヤリと卑劣な笑みを浮かべ、密かに自分の魔導杖をタケルたちの足元に向けて構えた。
(ふっ、ガキどもが……! チームワークで凌いでいるつもりらしいが、これならどうだ! 支給したアンクレットの出力を、私の手元で強制的に『ゼロ』に引き下ろしてやるわ!)
ゼノン講師の杖から、見えない微弱な遠隔ハッキングの魔力が放たれ、タケルとエヴァの足首の枷へと伸びていく。このままでは、二人は完全に魔力を奪われ、無防備なところをボコボコにされて恥をかくことになる。
――だが、その卑劣な横槍の企ては、我が家の「最強の影の守護者」によって、完全に一瞬で粉砕された。
「にゃーお(ふん、人間の分際で、私の目の前でカオリの大切な息子たちにコソコソとちょっかいを出すとは、一〇〇年早いんだにゃ)」
観客席の私の足元から、ララ先生がフッと鼻を鳴らした。
瞬間――!
ララ先生の全身から、この世のものとは思えない圧倒的かつ神聖な高密度マナ(猫パンチの余波レベル)が目に見えない衝撃波となって放たれた。
その衝撃波は、観客席から闘技場のバルコニーへと一直線に走り、ゼノン講師が放ったハッキング魔力を完全に一刀両断。さらに、その余波がゼノン講師自身の足元を直撃した。
「ぐわっ……!? な、なんだ今の衝撃は……っ!?」
ゼノン講師は平衡感覚を完全に失い、バルコニーの手すりで足を滑らせ、そのまま「うわぁぁぁぁっ!」と情けない叫び声を上げながら、教員用の階段をルンバの如く転げ落ち、闘技場の砂埃の中に盛大にヘッドスライディングで墜落した。
ガシャーーーン!!!
見事すぎるまでの、完璧な自爆テロ的退場劇だった。
「「「…………」」」
闘技場全体が、一瞬にして完全な静寂に包まれた。
生徒たちも、他の教師たちも、ポカーンと口を開けたまま、砂埃の中で気絶しかけているゼノン講師を見つめている。
その静寂を破るように、タケルとエヴァのコンビネーション技が炸裂した。
「決めるよ、エヴァ! ――『双極烈破・ファイナル・チャージ』!」
「ああ、お母さんの待つ家に帰る時間だ。これで終わりにする。『闇の解放(簡易・掃除モード)』!」
ドゴォォォン!!!
制限されていたはずの二人の魔力と闘気が、なぜか先ほどまでの鬱憤を晴らすかのように爆発的なシナジーを起こし、闘技場の対角線上にあった巨大な的(魔導防壁)を一瞬で粉々に粉砕。発生した衝撃波の風圧だけで、残っていた相手チームの生徒全員が同時にヒラヒラと吹き飛び、きれいに全員気絶して倒れ伏した。
――勝負あり。
特進チームの、圧倒的かつ完全なる勝利だった。
*
「勝者、タケル君、エヴァ君、ローラン君のチーム!!」
マチコ先生が、いつものキリッとした表情を少しだけ緩め、どこか誇らしげに宣言した。彼女は気絶して砂まみれになっているゼノン講師を一瞥し、「まったく、自業自得ね」と心の中で冷ややかに吐き捨てていた。
観客席から、私は大きな拍手を送りながら、すぐに闘技場へと駆け寄った。
「みんな、お疲れ様! 本当によく頑張ったね!」
「おかーたん!」
「お母さん、ただいま」
タケルとエヴァは、足首の枷をポイッと放り投げると、私の元へトコトコと駆け寄り、いつものように私の両足にそれぞれのっそりと抱きついた。
「ふ、ふん……! 別に僕は君たちに助けてもらったわけじゃないからね! ただ、チームとしての論理的帰結として勝利しただけさ!」
ローランくんも少し顔を赤らめながら私たちに近づいてきたが、その足はなぜか我が家のファミリーの輪から離れようとしなかった。
そこへ、遠くからシリウスさんが、サラサラと白銀の長髪を揺らしながら優雅に歩いてきた。
「いやはや、見事な戦いぶりだったね。……で、カオリ殿。今日の勝利の祝勝会というか、あの不快な新任講師のせいで少し冷めてしまった我々の精神を癒やすため、本日の夕食は、かねてより要望していた【あの料理】をそろそろ解禁してもよいのではないかね?」
シリウスさんの翡翠色の瞳が、期待に満ち溢れてギラリと光った。
「あの料理……って?」
「ふっ、決まっているだろう。子供たちの好物であり、我々大人の胃袋をも完全支配する、卵とケチャップの芸術――【オムライス】の特大バージョンさ!」
――オムライス。
その単語を聞いた瞬間、タケルとエヴァの目がパァァッと輝いた。
「やったあ! おかーたんと約束したオムライスだ!」
「お母さん、今日のオムライスの上のケチャップ文字は、僕の名前のイニシャルにしてほしいな。もちろん、タケル側は別の文字で平等にね」
双子が私を見上げておねだりする。
「ふ、ふん……。そんなに美味しいのかい、その『オムライス』とかいう平民の料理は……」
ローランくんが少し羨ましそうに、しかしプライドを保ちながら呟いた。
「ローランくん、もしよかったら、今夜は我が家で一緒にオムライスを食べない? たくさん作っておくから!」
私が優しく誘うと、ローランくんは「なっ、僕を誰だと思っているんだ! 貴族の僕がそんな簡単に……でも、まあ、チームの絆を深めるための政治的会食としては、検討の余地なきにしもあらず、かな……」と、耳まで真っ赤にしながら秒速で釣られていた。
不審な新任講師の妨害イベントも、我が家の「圧倒的な母性の愛」と「美味しい家庭料理の前では全ての邪念が消え去る法則」の前に、ものの見事に粉砕された。
最強の三毛猫と、生姜焼き中毒の伝説の大魔導士、そしてマザコン全開の愛しい双子を両腕に抱え、鈴木カオリの異世界子育て奮闘記は、ケチャップの香ばしい匂いを乗せて、最高にハッピーな夕方へと向かっていくのだった。




