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第11話 担任教師マチコ見参

「さあ、皆さん! いよいよ今日から王立学校初等科での新生活が始まりますよ! 準備はいいですかー!?」

中央聖王国ミッドガルドの王都。その一角にそびえ立つ、白亜の巨塔を思わせる超巨大エリート教育機関『王立学校』の校門前。

私は、純白の馬車から降り立つなり、両手いっぱいに抱えた巨大な風呂敷包みをガッチリと支えながら、元気いっぱいに声を張り上げた。

前夜、双子からのサプライズであるサファイアのネックレスを胸元に輝かせたまま感動の涙を流し、すっかりエネルギーを満タンにした私――鈴木カオリは、今日から始まる学園編に向けて気合十分だった。

「うん! おかーたん、タケルは準備バッチリだよ! 王立学校の悪いモンスターも、このタケルが全部やっつけちゃうからね!」

赤髪の長男タケルは、ピカピカの制服(もちろん私が前夜に一晩かけて特製アイロンをかけたもの)に身を包み、黄金の『勇者の闘気』をパチパチと漏らしながら元気よく跳ね回る。

「……ふん。タケル、王立学校は戦場ではなく学問の場だ。だが、お母さんの名誉にかけて、僕が全科目で満点を叩き出し、首席の座を圧倒的ロジックで強奪して見せるよ」

黒髪の次男エヴァは、すでに前世の総務部時代の上級管理職を思わせる冷徹で知的な微笑みを浮かべ、彼の背後から蠢く漆黒の魔力(便利触手)で教科書類を美しく整理整頓していた。相変わらずのマザコン&過剰ハイスペックである。

「にゃーお(まったく、子供の入学式に付き添う母親が、引越し蕎麦屋みたいな大荷物を抱えているのは我が家くらいだにゃ)」

私の足元で、我が家の最高軍事顧問であり絶対的権力ピラミッド第二位の三毛猫・ララ先生が、優雅に毛づくろいをしながら呆れたように日本語で指摘した。

「しょうがないでしょ、ララ先生! 王都までの道中で小腹が空いたときや、万が一の緊急避難用に、サンドイッチと一口唐揚げをクーラーボックス三つ分用意してきたんだから!」

「ふっ……カオリ殿のその圧倒的な母性による補給体制の構築力には、毎度ながら感嘆させられるよ。……さて、我が生徒たちの初陣を見届けるため、この伝説の大魔導士シリウス、今日も特等席で付き添わせてもらおう」

サラサラと白銀の長髪をなびかせたシリウスさんが、まるで学園の特別顧問(という名の胃袋満たされマン)のような顔をして、私の後ろを涼しい顔でついてきている。六歳児の付き添いに、なぜ六百歳のエルフ大魔導士が混ざっているのか、周囲の貴族の親御さんたちがドン引きしながら二度見していたが、もはや気にしないことにしよう。

*

大講堂での盛大な入学式(ファン王子が特等席から満面の笑みで手を振ってくれていた)を無事に終え、私たちは初等科一年一組の教室へと移動した。

広々とした教室の中には、昨日までの模擬試験を勝ち抜いたエリート貴族の子息たちがずらりと並んでいる。

その教壇の前に、一人の中年の女性教師が立っていた。

スッと鼻筋の通った知的で美しい顔立ちに、知的な雰囲気を醸し出すシャープな銀縁メガネ。耳たぶのすぐ上で綺麗に切り揃えられた黒髪のショートヘア。動きやすそうなダークグレーのスーツ風魔導衣に身を包み、手には分厚い教則本と厳格そうな教鞭をしっかりと握り締めている。

(おっ……!? あの先生、なんだかめちゃくちゃデキる女の人のオーラが出てる……!)

私の総務部としてのレーダーがピピッときた。明らかに仕事ができる、そして絶対に生徒に妥協を許さないタイプのスパルタ系キャリアウーマン教師だ。

「静かにしなさい。席につきなさい」

彼女が低く、しかし教室の隅々までクリアに響く凛とした声を放つと、さっきまで騒がしかった貴族の子供たちが一瞬でピタリと静まり返った。

「今日から君たちの担任を受け持つことになった、【マチコ】だ。専門は実践魔導学および古文書解析。……言っておくが、私のクラスでは貴族の家柄も、親の権力も一切通用しない。甘ったれた根性を持っている者は、初日の授業で容赦なく校庭の草むしり一万時間に処す。覚悟しておきなさい」

キリッとした眼鏡の奥の瞳が、教室全体を鋭く見据えた。

――マチコ先生。

その名前を聞いた瞬間、私の脳内のオタクデータベースが微かに反応した。ゲーム本編ではサブキャラクター扱いだったが、実は裏設定で「王国最強の魔力管理官でありながら、実は極度の不器用かつ照れ屋」という、もの凄く美味しいギャップ属性を持つ名物教師だったはずだ。

「よし、それでは最初の授業に入る前に、クラスの班決めと係活動を行う。……だが、その前に一つ、気になることがあるな」

マチコ先生は、教壇からスッと視線を外し、教室の最前列の席にちょこんと座っている双子――タケルとエヴァに焦点を合わせた。

ガシッ、とマチコ先生が眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

「君たちだな。一次試験で魔導水晶を粉々に爆散させ、二次試験で裏面に職員の似顔絵を描いて提出したという、問題児のタケル君とエヴァ君は」

教室の空気がキュッと緊迫した。周囲の貴族の子息たちが「おいおい、初日から担任の先生に目をつけられたぞ」「田舎者はこれだから……」とヒソヒソと囁き合う。

しかし、我が家の双子は微動だにしなかった。

「先生、それは誤解だ」

次男のエヴァが、スッと上品に手を挙げ、冷徹な深紅の瞳でマチコ先生を見据えた。

「一次試験の水晶破壊は、僕の兄であるタケルの不随意的な闘気の漏出によるものであり、国家基準の測定器の耐久性不足が招いた構造的欠陥に起因します。また、二次試験の裏面描画につきましては、全ての解答を制限時間の四分の一で完了した私の余剰リソースの有効活用であり、倫理的・法的な規定に違反する要素は一切存在しません」

「そ、そうだよ! タケル、わざと壊したわけじゃないもん! でも、お母さんの似顔絵はすごく上手にかけたんだよ!」

赤髪のタケルも、黄金の闘気を少しパチパチさせながら元気よく弁解する。

マチコ先生は、しばらく二人の顔をじっと見つめていた。

(……ほう。この歳でこれほど論理的かつ堂々と教師に反論できるとは。それに、あの二人から漏れ出している魔力の密度……並の大人を遥かに凌駕しているぞ)

マチコ先生のシャープな眼鏡の奥の目が、わずかに見開かれた。彼女は厳格な表情を崩さないまま、ふっと鼻で笑ってみせた。

「……よろしい。口だけのペテン師かと思ったが、自分の実力にそれだけの裏付けがあるというわけだね。気に入った。席に座りなさい。ただし、これからの実習で私の期待を裏切ってみろ……その時は容赦なく補習地獄行きだからね」

「はいっ!」

「……了解した」

双子は綺麗に返事をし、席に腰を下ろした。

(ふぅ……よかったぁ。マチコ先生、一見怖そうだけど、ちゃんと実力を見てくれるカッコいい先生じゃない!)

私は教室の後方で見守りながら、胸をなで下ろしていた。

*

そして、授業の合間の昼休み。

「やったあ! おかーたんのお弁当の時間だ!」

タケルが待ちきれない様子で、自分の机の上に私が持たせた特製ランチボックスをドンと置いた。エヴァも「お母さんの愛情の結晶を正確に摂取する時間だね」と、どこか誇らしげに自分の席で蓋を開ける準備を始める。

その時だった。

ガタッ、と激しい音を立てて、隣の席から一人の少年が立ち上がった。

見慣れた金の髪と、プライドの塊のような琥珀色の瞳――昨日の模擬試験で3位だったライバル貴族のローランくんだ。彼はなぜか、タケルとエヴァの机の前にズカズカと歩み寄り、腕を組んでふんすと鼻を鳴らした。

「ふ、ふん! 別に君たちと一緒に食べたいわけじゃないんだからね! ただね、王立学校の初等科において、平民の食べるような粗末な弁当が僕の高級なサンドイッチの気高さを汚さないか、クラスの代表としてチェックしてあげるだけさ!」

見事なまでのツンデレ王道ライバルムーブである。ローランくんの後ろでは、クラスの他の貴族の子供たちも「お、アルベルト家のローラン様が田舎者の弁当を検査するぞ」「どんな泥臭いものが出てくるんだか」と面白半分で覗き込んでいた。

「えっ? 僕たちのお弁当、すごく美味しいよ? 見る?」

タケルが純粋な笑顔で、ランチボックスの蓋をパカッと開けた。

――瞬間。

教室全体に、暴力的なまでに食欲をそそる芳醇な香気が一気に広がった。

「なっ……!?」

ローランくんが目を見開いた。

そこに入っていたのは、綺麗に二度揚げされて黄金色に輝く、一口大の【特製・鶏のから揚げ】が山のように積み上げられ、その脇にはタレが染み込んだジューシーな【炊き込みご飯のオニギリ】、そして隙間を埋めるように真っ赤なミニトマトと、卵の黄色が鮮やかな厚焼き玉子が整然と並べられていた。油と醤油とニンニクの香ばしい匂いが、育ち盛りの子供たちの嗅覚を容赦なく殴りつける。

「なんだ、これは……!? 唐揚げだと……? しかも、このあまりにも洗練されたキツネ色の衣の輝き……! 王宮の専属シェフが作る肉料理ですら、これほどの香気は放っていなかったぞ……!」

ローランくんは、自分が持っていた高級なサンドイッチ(ハムとレタスの上品なやつ)をスッと後ろに隠し、ゴクリと大きな喉を鳴らした。

「ローラン、食べる? お母さんが僕たちのために朝から頑張って作ったんだよ。一つあげる!」

タケルがトング(なぜか持参していた)でピカピカの唐揚げを一つ掴み、ローランくんの口元へと差し出した。

「なっ、僕が平民の弁当など――っ! しかし、この香辛料の配合比率は一体……っ!?」

プライドと食欲の激しい葛藤の末、ローランくんは我慢できずにパクッとそれを口に含んでしまった。

――次の瞬間。

「――っ!!?」

ローランくんの身体がガクンと硬直した。彼の琥珀色の瞳が限界まで見開かれ、背後で金色のオーラがバッと花火のように弾け飛ぶ。

「サクッ……と音を立てた直後、鶏肉の肉汁がまるで温泉のようにジュワッと口の中に溢れ出し、生姜とニンニクの絶妙なアクセントが脳髄を直撃する……! 衣の香ばしさと肉の柔らかさのコントラストが完璧すぎる……! 美味い……美味すぎるぞぉぉぉーーーっ!!!」

ローランくんは完全に陥落した。彼はその場で膝を折りかけながら、「くっ……こんなの、僕の知っているお弁当じゃない……!」と悔し涙を流しながらも、箸を持たない手で二つ目の唐揚げを掴もうと必死に手を伸ばした。

その騒がしいやり取りを、教壇の端で書類をまとめていた担任のマチコ先生が、フッと冷ややかに(しかしどこか興味津々な目で)眺めていた。

(まったく、初日から何をやっているんだ、あの問題児たちは……。いくら美味そうな匂いをさせているからといって、貴族の生徒たちが簡単に――)

その時だった。

マチコ先生の下腹部から、教室の静寂を切り裂くような、見事なまでの低音響が響き渡った。

――グゥゥゥゥルルルル……ン!

「…………っ!?!」

マチコ先生の美しい顔から、一瞬にして血の気がサーッと引いた。

彼女は慌てて両手でお腹を押さえ、誰も聞いていないよね?とばかりにキョロキョロと周囲を確認したが、教室中の生徒たちの視線が一斉に教壇へと集まっていた。

実は、マチコ先生は極度の仕事人間であり、今朝も研究室の資料作りに没頭するあまり、朝食を一切口にしていなかったのだ。そのうえ、目の前で繰り広げられた我が家の「唐揚げテロ」の直撃を受け、彼女の厳格な胃袋の理性が完全に崩壊してしまったのである。

「あ、あの……マチコ先生?」

エヴァが、いつもの冷徹なトーンを少しだけ和らげ、自分の持っていたお弁当箱をスッと差し出した。

「……もしよければ、僕たちのこの唐揚げを少し、召し上がりますか? お母さんの料理は、精神的疲労を回復させる魔導的な栄養素が十分に含まれています」

「なっ……! 生徒の私物を差し出せと言うのか! 私はこの学校の教師だぞ! そんな生徒の弁当をねだるなど、規律に反――」

マチコ先生は顔を真っ赤に染め上げ、教鞭を振り回しながら必死に拒絶しようとしたが、その直後再び、

――キュルルルルルルルン……!

と、先ほどよりも一回り大きな音がお腹から響き渡った。

もう限界だった。伝説のスパルタ冷徹教師マチコ先生のプライドは、鈴木カオリ特製の唐揚げの香ばしい誘惑の前に、あっさりと粉々に砕け散ったのである。

「……ふ、ふん! そこまで言うなら、教育的指導の一環として、君たちの弁当の『毒物チェック(味見)』をしてあげてもいいということだ! 決して、お腹が空いたわけではないぞ!」

マチコ先生は、もの凄い勢いで教壇から歩いてくると、震える手でタケルの弁当箱から唐揚げを一つ掴み、上品な一口でそれを口に入れた。

――静寂。

マチコ先生の美しい銀縁メガネの奥の瞳が、天井を仰ぐようにカッと見開かれた。

彼女の全身が微かに震え、そのクールで厳格な顔が、トマトのように真っ赤に染まっていく。

「……んんっ……っ!!!」

声にならない絶叫が喉の奥で詰まる。

「これ、は……衣のサクサク感と、肉汁のジューシーさの黄金比率……さらに隠し味の醤油の芳醇なコクが、私の乾ききった胃袋の細胞の一つ一つに染み渡っていく……! 美味い……何これ、もの凄く美味しいじゃない……っ!」

普段は冷静沈着なスパルタ教師が、あまりの美味しさにその場で膝をガクガクさせながら、感動のあまり机に手を突いてよろめいた。

「先生、大丈夫ですか?」

「い、今の私はマチコという名のただの飢えた野獣だ……! おかわりはないのか、もっとその茶色い悪魔の肉塊をよこしなさい!」

すっかりキャラが崩壊しかけているマチコ先生の姿に、教室の生徒たちは全員ポカーンと口を開けて固まっていた。

「ふっ、愚かだな、マチコ先生。お母さんの料理の魔力に屈した時点で、君も僕たちの『胃袋の眷属』の一員ということだ」

エヴァがドヤ顔で腕を組み、タケルも「そうだよ! おかーたんの唐揚げは世界一なんだから!」と満面の笑みを浮かべる。

教室の隅で、私はその光景をそっと見守りながら、心の中でガッツポーズを決めていた。

(よしっ! 初等科の担任の先生の胃袋も、完璧に掌握完了っと!)

王立学校初等科での学園生活初日。

最強のスパルタ担任マチコ先生を巻き込み、ライバル貴族のローランくんを完全陥落させ、光の勇者と闇の魔王は、今日も今日とて最高に美味しいお弁当と共に、賑やかで愉快な青春の階段を駆け上がっていくのだった。

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