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第10話 蒼玉の星屑

「さあ、皆さん! 本日は我が家の双子――タケルとエヴァの王立学校初等科合格を祝し、そして……まぁ、日頃の過酷なお受験戦争の打ち上げを兼ねて、盛大に祝勝会を開催しますよ!」

ルミナ村の木造平屋、そのダイニングルームに設えられた大きな食卓。

中央に鎮座しているのは、肉汁の奔流をこれでもかと閉じ込めた、我が家の伝説の特級呪物ならぬ【極厚ジューシー・ハンバーグ】の山、そしてその周囲を固める黄金色のフライドポテトと、山盛りの炊き立て白米(大麦ブレンド)の群れである。

前日の王立学校一次・二次・三次試験を全勝無双で駆け抜け、見事に合格通知を勝ち取ったタケルとエヴァの合格祝い。そのメインディッシュとして、私は朝から包みと捏ねの作業に全魔力を注ぎ込んでいた。

「わあぁぁぁぁっ! すごい、ハンバーグの山だぁ!」

赤髪の長男タケルは、黄金の『勇者の闘気』の代わりに純粋な食欲の闘気をメラメラと燃え上がらせ、テーブルの端でピョンピョンと飛び跳ねている。

「……ふん。タケル、落ち着きなさい。お母さんが丹精込めて作り上げたこの立体造形美を前に、品のない嬌声をあげるのは光の御子として見苦しいぞ。……ちなみに、僕の分のハンバーグには、あの特製デミグラスソースを通常の三倍の密度でコーティングしてほしい」

黒髪の次男エヴァは、一応クールに腕を組んで大人びた物言いをしてみせているが、その深紅の瞳はハンバーグの表面から立ち昇る湯気に釘付けになっており、背後の闇のオーラ(便利触手)がフライングでフォークを掴もうとモゾモゾ動いている。相変わらずのマザコン&食いしん坊全開である。

「うにゃ(待て、エヴァ。フライングは軍事法典違反に処すにゃ。まずはこの最高軍事顧問である私に、一番の特大ハンバーグを取り分けるのが礼儀だにゃ)」

足元から、愛猫のララ先生が優雅に、しかし強烈なプレッシャーを放ちながら日本語で割って入ってきた。我が家の絶対的権力ピラミッド第二位の三毛猫将軍も、今日のこの日を心から待ちわびていたらしい。

そして、そのテーブルの最上座――本来なら主客である双子の隣に、なぜか我が物顔で座っている男がいた。

「ふふふ……待ちに待ったこの時が来た。合格おめでとう、タケル、エヴァ。君たちの努力の結晶であるその知性と魔力は実に素晴らしい。……だが、それ以上に素晴らしいのは、この記念すべき日にカオリ殿が振る舞う【はんばーぐ】の圧倒的な香気だ!」

サラサラと白銀の長髪を美しく翻し、翡翠色の瞳を爛々と輝かせているのは、実年齢六百歳超の伝説のエルフ大魔導士――シリウスさんだ。

彼はこの数ヶ月間、我が家の「お受験塾の講師」としてスパルタ指導を行ってきたが、その実態は毎日の美味しいご飯(生姜焼き、唐揚げ、ハンバーグの無限ループ)を報酬に全力を尽くす、ただの胃袋完全支配型の居候イケメンエルフであった。

「シリウス先生も、毎日の塾の指導、本当にお疲れ様でした! さあ、冷めないうちにみんな、いただきましょう!」

「「「「いただきます!!」」」」

*

お箸を入れた瞬間、ふわりと弾ける肉汁の感触。

じゅわっと溢れ出した旨味たっぷりの肉汁が、濃厚なデミグラスソースと絡み合い、口の中へ放り込んだ瞬間に幸福の爆発を引き起こす。

「「「「んんんーーーーっっ!!!」」」」

ダイニングルームに、全員の感動の呻き声が重なった。

「おいしい……! おかーたんのハンバーグ、世界で一番おいしいよ!」

「……この肉のジューシーさと、玉ねぎの甘みの絶妙な調和。論理的に考えて、これを超える美食はこの異世界に存在しないね」

「うにゃ(肉汁の津波に私の全感覚が溺れるにゃ……!)」

「くっ……! この一口のために私は六百年を生きてきたのかもしれん……美味い! 圧倒的に美味いぞ、カオリ殿!」

みんなが満面の笑みで、頬を緩ませながら一心不乱にハンバーグをかき込んでいく。

その賑やかで、温かくて、少しうるさい光景を見ているだけで、私の胸の奥は言いようのない幸福感で満たされていた。

三十歳独身OLだった私が、ある日突然処女受胎で双子を生み、異世界に転生し、勇者と魔王の宿命を背負った我が子を溺愛し、気がつけば最強の家族と仲間たちに囲まれている。人生、何がどう転がるか本当に分からないものだ。

――だが、今日の夕食は、それだけでは終わらなかった。

みんながデザートの前に一段落し、お腹がいっぱいになってマッタリムードに包まれていた、その時だった。

タケルとエヴァが、ピタリと動きを止めた。

「……ねえ、エヴァ。そろそろ、あれ出す?」

「ああ。準備は完璧だ。計画通りのタイミングで実行に移す」

六歳児とは思えない、妙に組織的なアイコンタクトを交わした双子は、スッと椅子から立ち上がった。

私は首を傾げた。

「あれ? どうしたの、二人とも。まだデザートのプリンはあるわよ?」

「ううん、違うの、おかーたん。僕たち、お母さんに……大事な渡し物があるんだ!」

タケルが少し緊張した面持ちで、背中に隠していた小さな小箱を両手で前に突き出した。

エヴァもまた、その横で凛とした姿勢をとりながら、静かに頷いている。

「渡し物……? 私に?」

突然のサプライズに、私は目を丸くした。

すると、横に座っていたシリウスさんが、どこか誇らしげな、しかし少し照れくさそうな笑みを浮かべて、白銀の髪を軽くかき上げた。

「おや、気づかなかったかい? カオリ殿。……実はこのサプライズ、私にも一役買わせてもらったのさ」

「えっ、シリウスさんも?」

「にゃ(おや、あの駄目エルフも一枚噛んでるにゃ)」ララ先生が興味深そうに耳をピクッと動かす。

タケルが、慎重に、まるで世界で一番壊れやすい宝物を扱うように、その小さな小箱の蓋をパカッと開けた。

――瞬間。

ダイニングルームの温かい照明の光を浴びて、その小箱の中から、息を呑むほどに美しく、神秘的な「青い光」がふわりと溢れ出した。

「……これ、は……?」

私は言葉を失い、思わず息を呑んだ。

小箱の中に収められていたのは、見事なまでに深い夜空の青を宿した、極上の【サファイアのネックレス】だった。

シルバーの繊細なチェーンの先で、丁寧に磨き上げられた雫型のサファイアが、まるで呼吸をしているかのように淡く、しかし力強く青い光を放っている。その加工の美しさは、辺境の村の職人の技量を遥かに超えており、王宮の宝物庫に飾られていてもおかしくないほどの気高さを漂わせていていた。

「お母さん、合格祝いじゃないんだ」

タケルが、少し照れくさそうに、でも真っ直ぐな青い瞳で私を見上げて言った。

「僕たちが王立学校に合格できたのは、毎日おいしいご飯を作ってくれて、僕たちをいっぱいいっぱい愛してくれたお母さんのおかげだもん。だから、これは僕たちから……お母さんへの『ありがとう』のプレゼントなの!」

「……タケルだけじゃない」

エヴァが少し頬を赤らめながら、小さな声で言葉を継いだ。

「僕たちは知っている。お母さんはいつも、僕たちのために自分の時間を削って、美味しい料理を作って、僕たちが安心して眠れるように見守ってくれていた。……世界を救うとか滅ぼすとか、そんな神話の運命よりも、僕たちにとっては、お母さんの笑顔を守ることの方が何百倍も大事なんだ。だから、これは僕たちの全愛情の結晶だと思って受け取ってほしい」

六歳児の口から飛び出した、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも深い愛の言葉。

頭が真っ白になるような衝撃と、胸を締め付けられるような圧倒的な愛おしさが、私の心臓を激しく打ち鳴らした。

「ちょ、ちょっと待って……これ、一体どこで手に入れたの……? こんな高価そうな宝石……!」

私が震える声で尋ねると、シリウスさんがフッと優しく微笑んで答えてくれた。

「ふっ、それはね、カオリ殿。半年前、私がこの村の近くの森で二人の『魔法の特訓(という名の森の開拓)』に付き合っていた時のことさ」

シリウスさんは懐かしそうに遠くを見つめる。

「タケルとエヴァが、『お母さんに何かすごいサプライズのプレゼントをしたい!』と言い出してね。私の指導そっちのけで、森の奥深くの危険な魔獣の巣窟だった洞窟に勝手に潜り込み、自分たちの手でその原石となる巨大な蒼玉の鉱石を掘り当ててきたんだよ。さすがは光と闇の怪物たちさ、六歳にして魔獣を素手で追い払い、見事に綺麗な原石を持ち帰ってきた」

「ええっ!? 危なくない!? 怪我しなかったの!?」

私は慌てて双子の体を両手で引っ掴み、あちこちをチェックしたが、傷一つない。

「ふふ、安心してくれ、カオリ殿。彼らの安全は私がしっかり守っていたさ。……だが、原石のままではお母さんにプレゼントするには少し粗削りだった。そこで、王都の私の古い友人である、大陸一の腕を持つドワーフの老工芸家に頼み込んでね。二人の魔力を少しだけ練り込んでもらい、世界に一つだけの特別なネックレスに加工してもらったのさ。もちろん、その間の授業料(=ハンバーグ三回分)の先払いでね」

シリウスさんはどこか得意げに胸を張った。

――自分たちの手で原石を見つけ出し、シリウスさんに頼んで最高級の形にしてもらい、お母さんのために内緒で準備してくれていた。

その事実を知った瞬間、私の脳内で耐えに耐えていた「母親としての涙のダム」が、音を立てて完全に決壊した。

「うっ……うぅ……っ……!」

「あ、お母さん!? 泣かないで、僕たちのプレゼント、気に入らなかった……?」

タケルが慌てて私の顔を覗き込み、エヴァも「ま、まさか演出に不備が……!?」と青ざめる。

「ち、違うの……っ! 気に入らないなんてそんな……! 嬉しすぎて、涙が止まらないのよ……っ!」

私はボロボロと大粒の涙をこぼしながら、タケルとエヴァの小さな体を勢いよく抱き寄せ、自分の胸の中に力強く押し込んだ。

「ぐすっ……こんなの反則よ……! 六歳の子どもがこんな素敵なサプライズするなんて聞いてないわよ……! お母さん、世界で一番幸せ者だわ……っ!」

「おかーたん……!」

「お母さん、苦しくないよ、もっと抱きしめて……!」

タケルとエヴァも、私の首にしがみつきながら、嬉しそうに目を潤ませてギュッと抱き返してくる。

左右から押し寄せる、愛しい息子たちの体温と、胸いっぱいの温もり。

その様子を、シリウスさんは少し目を細めながら、どこか穏やかな、慈愛に満ちた表情で見守っていた。

「ふっ……人間の情愛というのは、かくも美しいものなのだな。六百年生きても、まだ知らない感動があるらしい」

「にゃーお(まったく、ずるい演出をするガキどもだにゃ。私の感動の涙も、このハンバーグの肉汁と一緒に胃袋に流し込むにゃ)」

足元で、ララ先生も前足で目元をゴシゴシと拭いながら、どこか誇らしげに喉をゴロゴロと鳴らしていた。

しばらくして、私がハンカチで涙を拭いながら「もう、鼻水が出ちゃったじゃない……」と笑うと、エヴァが少し恥ずかしそうに自分の首を指さした。

「……お母さん。よければ、それを僕たちにつけさせてほしい。僕たちの愛情の証明として、ずっと身につけていてほしいんだ」

「うん! おかーたん、絶対似合うよ!」

「ええ、喜んで……!」

私は震える手で首を差し出した。

タケルとエヴァが背伸びをしながら、一生懸命にチェーンを私の首に回し、後ろで留めてくれる。

ガチャリ、と小さな留め具が鳴った瞬間、私の胸元で、あの深いサファイアのペンダントトップが優しく揺れた。

それは、ただの宝石なんかじゃない。

世界を救う勇者と、世界を滅ぼす魔王の血を引く我が子たちが、ただ純粋に「お母さんを愛している」という気持ちだけで見つけ出し、磨き上げた、世界で一番温かい魔法の結晶だった。

「どう? お母さん、似合ってるかしら?」

私が少し照れくさそうに微笑みながら尋ねると、タケルとエヴァは満面の笑みを咲かせた。

「うん! 世界で一番綺麗だよ、おかーたん!」

「……完璧だ。その蒼玉の輝きは、我が母の美しさを引き立てるために存在している」

ダイニングルームの窓の外は、ルミナ村の夜の静けさに包まれ、満天の星空が広がっていた。

だけど、この小さな木造平屋の中には、どんな星の光よりも眩しく、温かい「家族の絆」という名の永遠の光が満ち満ちていた。

原作の鬱シナリオも、神話の宿命も、こんなに美味しいご飯と、こんなに大きな愛の前では、ただの杞憂でしかなかったのだ。

最強の三毛猫と、生姜焼き中毒の伝説の大魔導士、そしてマザコン全開の愛しい双子を両腕に抱きしめながら、鈴木カオリの異世界子育て奮闘記は、胸いっぱいの幸福を胸に、明日へと続く新しい扉を開けていくのだった。

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