第7話「境界」
目の前にあるのは、裂けた空間だった。
黒が集まり、歪みが重なり合う。
奥へと続く“穴”。
だがそれは、ただの通路じゃない。
境界だ。
「……行くぞ」
クロノが一歩、踏み出す。
ミナも続く。
同時に、その中へ足を踏み入れた――
瞬間。
弾かれた。
「っ――!」
視界が跳ねる。
体が後ろへと押し戻される。
何かに拒絶されたように。
だが。
「……あれ?」
ミナの声が、奥から聞こえた。
「え?」
顔を上げる。
そこに、ミナがいた。
半分だけ、向こう側に入り込んでいる。
「なんか……入れた」
きょとんとした顔で言う。
「……は?」
理解が追いつかない。
もう一度、踏み出す。
――弾かれる。
「……っ」
確実に、拒絶されている。
だがミナは違う。
一歩、また一歩と、奥へ進んでいく。
「おい、待て!」
手を伸ばす。
届かない。
境界が、遮る。
(……なんでだ)
条件は同じはずだ。
同じ場所。
同じタイミング。
違うのは――
「クロノ?」
ミナが振り返る。
「来ないの?」
あまりにも当たり前みたいに言う。
「……行けない」
絞り出す。
初めてだった。
“進めない”と、自分で認めたのは。
「え?」
ミナは少しだけ困った顔をして、
「でも、来てほしい」
そう言った。
軽い言い方。
だが――そこに迷いはない。
(……なんだ、それ)
理由もない。
理屈もない。
ただ、“来てほしい”と思っている。
それだけで――通れている。
(俺は)
何度もここに来た。
何度も試した。
全部、同じだった。
届かなかった。
だから――
(違う)
思考が止まる。
今までと違う。
ミナがいる。
あいつは、通れている。
なら――
(条件がある)
理屈じゃない。
もっと単純な。
もっと――
「……チッ」
舌打ちする。
もう一度、前に出る。
拒絶される。
変わらない。
「……来て」
ミナの声。
その向こうで、手を伸ばしている。
境界の奥から。
その姿を見て。
ほんの一瞬。
胸の奥が、揺れた。
(……置いていかれる)
違う。
それだけじゃない。
(あいつを、ここに残すわけにはいかない)
言葉にするほどでもない。
ただの反射。
だが――それで、十分だった。
一歩、踏み出す。
――抵抗が、弱い。
「……っ」
押し込む。
空間が軋む。
弾かれない。
そのまま、境界を越える。
「……来た」
ミナが、少しだけ嬉しそうに笑う。
その横に立つ。
息が荒い。
体が重い。
「……なんだよ、これ」
さっきまでとは違う。
入れた。
だが――無理やり通った感覚が残る。
(条件が変わったわけじゃない)
違う。
(俺が、変わった)
ほんの少しだけ。
それだけで、通れた。
「クロノ?」
「……いや」
首を振る。
(感情……か?)
さっきも、今も。
引き金になっている気がする。
だが――
(まだ足りない)
それだけじゃない。
確信には遠い。
視線を上げる。
奥。
さらに深い場所。
そこに、“何か”がある。
静かに。
ただ、そこに存在している。
そのとき。
「……あれ?」
ミナが、小さく首をかしげる。
「なんか……さっきより近い気がする」
「……は?」
距離は変わっていない。
だが――
(またズレてる)
空間か。
それとも――ミナ自身か。
「……行くか」
「うん」
もう、戻らない。
境界の向こう。
そのさらに奥へ。
踏み込む準備は、できていた。
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