第5話「選択」
止まっていた世界が、軋み始めていた。
遠くで、ガラスが割れる音が遅れて響く。
崩れかけたビルの破片が、ゆっくりと落ちる。
時間が、戻りきっていない。
それでも確実に――動き出している。
「……行くぞ」
歩き出す。
ミナもすぐに後ろをついてくる。
「どこに?」
「中心だ」
短く答える。
「崩壊はいつも、あそこから広がる」
視線の先。
街の奥、高く突き出た塔。
何度も見てきた。
何度も、あそこで終わった。
(今回も同じなら――)
「そこに“起点”がある可能性が高い」
ミナは「ふーん」と小さく頷く。
納得しているわけではない顔だった。
しばらく進む。
ひび割れた道路。
傾いた信号。
止まったままの人影。
その一人の瞳が――一瞬だけ、動いた。
「……っ」
足を止める。
「え、どうしたの?」
「今……見たか?」
「え?」
ミナは振り返る。
さっきまでそこにいた男は、また静止していた。
何事もなかったかのように。
(ズレてる)
時間も、存在も。
完全には戻っていない。
――侵略が、混ざっている。
「急ぐぞ」
嫌な予感がする。
このままじゃ、間に合わない。
数分後。
「ねえ」
ミナが足を止める。
「こっちじゃない気がする」
「は?」
振り返る。
ミナは、来た道と反対の方向を見ていた。
「なんか……変」
「変なのは全部だ」
即答する。
「でも、こっちの方が……嫌な感じする」
「さっきと、同じ感じ」
直感。
根拠なし。
「却下だ」
歩き出す。
「中心が起点だ。それは変わらない」
何度も見てきた。
何度も、繰り返してきた。
例外なんて――
「でも」
ミナは動かない。
「さっきも、分かんなかったけど当たったでしょ?」
足が止まる。
(同じ感覚……?)
(偶然じゃないなら――条件がある)
事実だった。
否定できない。
「……それは」
言葉が続かない。
理屈が、追いつかない。
「……一回だけだ」
「でもゼロじゃないよ」
振り返る。
ミナは、真っ直ぐこっちを見ていた。
迷いはない。
「行ってみよ?」
軽い。
あまりにも軽い選択。
だが。
(今までの“正解”は全部外れた)
なら。
「……チッ」
舌打ちする。
「五分だけだ」
「やった」
ミナが笑う。
その方向へ進む。
空気が、変わる。
重い。
粘つくような違和感。
「……近いな」
黒の気配が濃い。
周囲の景色が、微妙に歪む。
直線だったはずの壁が、曲がって見える。
「ね、ほら」
ミナが指さす。
その先。
何もないはずの空間が、歪んでいた。
「……あれ?」
ミナが小さく首をかしげる。
「なんか……さっきより近く感じる」
(距離が……変わってる?)
空気が沈み込むように、そこだけ“深い”。
「……なんだ、これ」
一歩近づく。
瞬間。
耳鳴りがした。
――音が、ある。
ここだけ。
止まっているはずの世界の中で。
微かに、何かが“鳴っている”。
「聞こえる?」
「……ああ」
低い音。
脈のような。
鼓動のような。
(ここだ)
確信する。
理屈じゃない。
だが、分かる。
ここに――何かがある。
そのとき。
空間が、大きく歪んだ。
「っ――!」
黒が、集まる。
周囲から、流れ込むように。
この一点に。
(起点……!)
だが。
次の瞬間。
“それ”が、こちらを見た。
「――っ」
息が詰まる。
形はない。
輪郭もない。
ただ。
確実に、“認識”された。
「ミナ、下がれ」
反射的に腕を引く。
遅い。
黒が、溢れる。
空間が裂ける。
世界が、悲鳴を上げる。
「……ここ、嫌だ」
ミナが呟く。
その声。
震えていた。
その瞬間。
空間が、わずかに歪む。
初めてだった。
こいつが、“怖い”と言ったのは。
(まずい)
これは――今までの崩壊と、違う。
「……ここ、知ってる」
その言葉が、無意識に漏れた。
ありえないはずの記憶。
でも確かに――
“ここで、何度も終わっている”。
選択を、間違えたのか。
それとも――
ようやく辿り着いたのか。
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