第36話「拾う」
白が揺れていた。
静かに。
何かを肯定するように。
『そうだ』
人影の声が落ちる。
『だからお前はここにいる』
クロノは動けない。
胸の奥が重い。
呼吸が浅くなる。
違う。
違うはずだ。
「俺は……」
言葉が続かない。
否定したいのに。
否定できない。
視界の奥で。
あの笑顔がまだ残っている。
『楽しいな』
『次は上手くいく』
『諦める理由にはならない』
その声が。
頭の奥で反響する。
「やめろ……」
思わず漏れる。
人影は止めない。
『やめるのはお前だ』
『ずっとそうしてきた』
白が揺れる。
まるで記録の海が呼吸しているように。
「俺は……捨てたんじゃない」
クロノの声が震える。
「必要なかっただけだ」
沈黙。
人影は少しだけ黙る。
そして。
『そう思うことで』
『楽になりたかったのか 』
クロノの肩が跳ねる。
心臓が痛い。
言い返せない。
「違う……」
それだけ。
弱い否定。
そのとき。
「違うよ」
ミナの声。
はっきりと。
白の中で響く。
クロノが振り向く。
「何がだ」
「捨てたとかじゃない」
ミナは白を見上げる。
「置いただけでしょ」
沈黙。
人影が一瞬止まる。
クロノも止まる。
「……置いた?」
「うん」
ミナは続ける。
「だってさ」
「本当にいらないなら」
「こんなとこ残らないじゃん」
白が。
ほんの少しだけ揺れた。
『……』
人影の声が消える。
代わりに。
静けさだけが残る。
クロノの中で何かが引っかかる。
“捨てた”じゃない。
“残っている”。
その違い。
「じゃあ……」
クロノが呟く。
「俺は何をした?」
ミナは少しだけ笑う。
「選んだんじゃない?」
その瞬間。
白が一斉に揺れた。
音のない揺れだった。
拒絶ではない。
否定でもない。
むしろ――
理解しているような揺れ だった。
『……そうか』
人影の声が低くなる。
『ようやく』
『入口だ』
クロノの視界が揺れる。
「入口……?」
『思い出すための』
『最初の場所だ』
白がひとつだけ強く光る。
クロノの足元が消える。
「っ──」
ミナが手を伸ばす。
「クロノ!」
しかし。
白が飲み込む。
視界が崩れる。
落ちる。
どこかへ。
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