第35話「捨てた理由」
第35話「捨てた理由」
胸が痛い。
息が苦しい。
『見ただろう』
人影が言う。
『お前が捨てたものだ』
クロノは答えない。
答えられない。
頭の中では。
さっきの笑顔が繰り返されていた。
『楽しいな』
『次は上手くいく』
『諦める理由にはならない』
意味が分からない。
「……違う」
気付けば口にしていた。
『何がだ』
「俺じゃない」
即答だった。
「そんな奴じゃない」
『そうか』
人影は否定しない。
ただ。
静かに聞く。
『では』
『いつから違う』
クロノが固まる。
『いつから』
『下を向くようになった 』
『いつから』
『失敗を恐れるようになった』
『いつから』
『挑まなくなった 』
「っ……」
言葉が出ない。
図星だった。
痛いほど。
図星だった。
人影が一歩近付く。
『お前は忘れていない』
クロノが顔を上げる。
『勘違いするな』
『忘れたのではない』
『捨てたのだ』
部屋の空気が変わる。
『傷つく度に』
『ひとつ』
『またひとつ』
『置いてきた』
周囲の白が揺れる。
『夢を』
『約束を』
『可能性を』
白が明滅する。
まるで。
同意するように。
「違う……」
クロノが呟く。
だが弱い。
自分でも分かっていた。
違わない。
『違わない』
人影が言う。
『だからお前はここへ来た』
「……」
『拾うためだ』
その言葉に。
クロノの視線が揺れる。
『捨てたものを』
『もう一度』
『選ぶために』
沈黙。
長い沈黙。
そして。
隣から声がした。
「ならさ」
ミナだった。
「別にいいじゃん」
クロノが振り返る。
「何がだ」
「捨てたなら」
ミナは首を傾げる。
「また拾えば」
あまりにも。
簡単そうに言う。
人影が黙る。
クロノも黙る。
だが。
なぜだろう。
その言葉だけは。
少しだけ。
信じられる気がした。
人影が初めて笑った。
『そうだ』
『だからお前はここにいる』
周囲の白が。
静かに揺れた。
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