第32話「残された道」
『ようやく』
男の声が響く。
聞いたことがある。
何度も。
何度も。
聞いてきたはずの声。
『辿り着いたな』
「……誰だ」
クロノが呟く。
返事はない。
ただ。
部屋の最奥。
ひとつだけ大きな白が脈打つ。
ドクン。
肩が脈打つ。
呼応するように。
白も脈打った。
「クロノ」
ミナが袖を引く。
「あれ」
視線の先。
大きな白へ導くように。
小さな白が並んでいた。
今までは漂っているだけに見えた。
だが違う。
よく見ると。
道みたいに並んでいる。
「……誘導してる?」
「かもな」
クロノは答える。
だが。
嫌な予感もしていた。
今まで声に従って。
良いことなどなかった。
失敗。
後悔。
絶望。
そればかりだった。
「ならやめとく?」
ミナが聞く。
クロノは少し考える。
そして。
「やめる理由はある」
「うん」
「行く理由はない」
「うん」
そこで会話は終わる。
はずだった。
「じゃあ行こう」
「は?」
クロノが振り返る。
ミナは当然みたいな顔だった。
「いや待て」
「だって」
ミナは白を見る。
「ここまで来たじゃん」
「だから危険だ」
「今までも危険だったよ」
即答だった。
クロノが言葉を失う。
「根拠もないし」
「それはそうだな」
「でも」
ミナは少しだけ笑う。
「最初からそんな感じだったでしょ」
その言葉に。
胸が痛んだ。
最初から。
そうだった。
助かる保証なんてなかった。
世界が止まる保証も。
なかった。
それでも。
進んでいた。
いつからだろう。
保証を求めるようになったのは。
「……」
クロノは視線を落とす。
何も言えない。
ミナの方が。
正しかったから。
「行くよ」
ミナが先に歩き出す。
「おい」
「危ないなら止めて」
「お前な……」
思わず頭を抱える。
だが。
止められない。
昔の自分を見ているみたいだった。
そして。
少しだけ。
羨ましかった。
ミナが最初の白へ触れる。
ふわり。
光が揺れる。
そして。
声が響いた。
『ありがとう』
二人が止まる。
「……え?」
ミナが目を丸くする。
今まで聞いたものとは違う。
後悔でも。
願いでもない。
感謝だった。
『ありがとう』
もう一度。
優しい声。
消えかけの声。
それでも。
確かに残っていた。
ミナが振り返る。
「聞こえた?」
「ああ」
クロノも聞いていた。
そして。
理解できなかった。
誰に向けた言葉なのか。
なぜ残っているのか。
「……行こう」
今度はクロノが言った。
ミナが少し驚く。
「珍ら」
「うるさい」
ぶっきらぼうに返す。
だが。
足取りはさっきより軽かった。
二人は進む。
小さな白の道を。
一歩。
また一歩。
その度に。
様々な声が聞こえる。
『助かった』
『間に合った』
『良かった』
『笑ってくれた』
断片。
短い言葉。
だが。
どれも今までとは違う。
失敗じゃない。
絶望じゃない。
結果だった。
誰かを救えた結果。
守れた結果。
叶えられた結果。
クロノは足を止める。
「……おかしい」
「何が?」
「失敗だけじゃない」
今まで見てきたもの。
流れ込んできたもの。
それは全部。
失敗だった。
なのに。
ここにあるのは違う。
「成功も残ってる」
ミナは少し考える。
そして。
「当たり前じゃない?」
「は?」
「だって」
ミナは笑う。
「頑張ったことしか残らないなら変じゃん」
クロノは黙る。
その発想はなかった。
失敗ばかり見ていた。
だから。
失敗しかないと思っていた。
でも。
違うのかもしれない。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
最奥の白が。
今までで一番強く光った。
部屋全体が震える。
「っ!」
ミナが目を細める。
クロノも顔を上げる。
白の中心。
そこに。
ぼんやりと。
人影が見えた。
立っている。
こちらを見ている。
顔は見えない。
だが。
分かる。
知らない。
なのに。
知っている。
そんな感覚。
そして。
その人影が。
ゆっくり手を上げた。
まるで。
手招きするように。
静かに。
こちらへ。
来いと告げるように
――待っていたと言うように。
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