第3話「止まった世界」
音が、消えていた。
風も、崩れる音も、悲鳴もない。
空はひび割れたまま、止まっている。
まるで世界そのものが“呼吸をやめた”みたいに。
——なのに。
ミナだけが、動いている。
「……なんで」
思わず声が漏れる。
こんなことは、一度もなかった。
どの世界でも、最後は必ず——完全に壊れた。
途中で止まるなんて、ありえない。
隣に立つ少女を見る。
ミナは、ただ空を見上げていた。
「ねえ」
俺は低く呼びかける。
「これ、お前がやったのか?」
「え?」
ミナは振り返る。
本当に分かっていない顔だった。
「わかんない。でも……」
彼女は少しだけ考えて、
「逃げなきゃって思った」
それだけだった。
理屈も理由もない。
ただ“そう思ったから動いた”。
(……ふざけてる)
何千回も繰り返してきた。
どの選択も、どの行動も、全部試した。
結果は全部同じだった。
なのに。
この少女は、それを——壊した。
「ありえない……」
呟きながら、空を見る。
ひびの奥で、黒い“何か”が滲んでいる。
止まっている、はずだった。
だが。
「……動いてる」
ほんのわずかに。
黒が、広がった。
「え?」
ミナも気づく。
ひびの奥。
世界の外側みたいな場所で、それはゆっくりと形を変えている。
まるで——こちらを見ているみたいに。
「終わってない」
自然と口から出た。
「止まっただけだ」
「……また来る」
その言葉に、ミナは少しだけ黙る。
「じゃあさ」
彼女は、あっさり言った。
「止めればいいんだよ」
その言葉。
何度も、何百回も聞いてきた言葉。
誰もが言った。
そして、誰もできなかった。
だから俺は——それを否定してきた。
はずだった。
「……無理だ」
言葉が、少しだけ鈍る。
「無理じゃないよ」
ミナは即答する。
「だって、さっき止まったでしょ?」
根拠になっていない。
論理も破綻している。
なのに。
(否定できない)
事実として、止まっている。
今、この世界はまだ“存在している”。
それがすべてだった。
「お前は……」
言いかけて、止まる。
——何なんだ?
その問いに、まだ答えはない。
そのとき。
空のひびが、大きく脈打った。
「っ!」
黒が、一気に広がる。
ミナの足元の影が揺れる。
「来る」
直感だった。
次の“崩壊”が。
ミナは、ぎゅっと拳を握る。
「……じゃあ、もう一回やる」
「は?」
「止める」
その目に、迷いはなかった。
理由も、方法も知らないくせに。
ただ“できると思っている”。
(……なんだ、それ)
理解できない。
理解したくもない。
でも。
ほんの少しだけ。
ほんの、わずかに。
胸の奥で——何かが揺れた。
黒が、さらに広がる。
世界が、再び壊れ始める。
その瞬間。
ミナが手を伸ばした。
「——待って」
空間が、歪む。
ひびが、一瞬だけ止まる。
ほんのわずか。
本当に、ほんの一瞬だけ。
だが確かに——“現実が書き換わった”。
沈黙。
「……今の」
言葉が出ない。
理解が追いつかない。
ミナは、ぽかんと自分の手を見ていた。
「……え?」
一拍。
「……あれ?」
眉をひそめる。
「今、なんで手伸ばしたんだっけ」
——違う。
さっきまでの流れを、忘れている。
使うたびに。
何かが、消えている。
記憶か。
感覚か。
それとも——
「でも、止まってるよね」
ミナは、少しだけ笑う。
「よかったじゃん」
——無自覚。
だからこそ、危険だ。
(こいつが——鍵だ)
世界を壊す“何か”と。
それを止める“何か”。
その両方に——繋がっている。
「……なあ」
ゆっくりと口を開く。
「次が来る前に」
「それ、調べるぞ」
ミナはきょとんとしてから、
「うん、いいよ!」
と笑った。
軽すぎる返事。
だが——
(それでいいのかもしれない)
空のひびが、再び動き出す。
止まっていた世界が、少しずつ崩れ始める。
終わりは、まだ来ていない。
だが。
初めて。
ほんの少しだけ——抗える気がした。
……その代わりに。
何かを、失いながら。
空の奥で。
黒が、わずかに形を変える。
——近づいている。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、フォローや評価いただけると嬉しいです。




