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第29話「知らないはずの場所」

 ドクン。

 黒が脈打つ。

 肩が脈打つ。

 クロノの鼓動も。

 嫌になるくらい。

 揃っていた。

 黒の奥。

 白はまだ見えている。

 小さい。

 弱い。

 消えそうなくせに。

 しぶとく残っていた。

「見える?」

 ミナが聞く。

「ああ」

 短く答える。

 白は揺れる。

 まるで。

 呼んでいるみたいに。

 ドクン。

 肩が脈打つ。

 その瞬間。

 何かが流れ込む。

 今までとは違った。

 声じゃない。

 感情でもない。

 知識だった。

「……え?」

 クロノが呟く。

 頭の中に。

 地図みたいなものが浮かぶ。

 境界。

 崩れた校舎。

 黒。

 そして。

 見たこともない場所。

 なのに。

 知っている。

 どこを進めばいいか。

 どこに何があるか。

 なぜか分かる。

「クロノ?」

 ミナが不思議そうな顔をする。

 クロノは答えない。

 視線だけが。

 ある一点へ向いていた。

 校舎の奥。

 崩れた渡り廊下の先。

 今まで一度も気にしていなかった場所。

 ドクン。

 肩が脈打つ。

『違う』

 声。

 男の声。

『そこから行け』

 今までで一番はっきりしていた。

 クロノは眉をひそめる。

(なんで分かる)

 知らない。

 行ったこともない。

 見たこともない。

 そのはずなのに。

 知っている。

「……行くぞ」

「え?」

 ミナが目を瞬く。

「どこに?」

 クロノは奥を指差した。

「向こう」

「なんで?」

「分からない」

「分からないの!?」

 即座に返された。

 クロノもそう思う。

 だが。

 説明できなかった。

 分からない。

 でも。

 分かる。

 矛盾しているのに。

 確信だけがあった。

 ドクン。

 脈動。

 白が揺れる。

 まるで。

 肯定するみたいに。

「……また何か?」

 ミナが聞く。

 クロノは少しだけ迷う。

 そして。

「ああ」

 認めた。

 ミナはため息をつく。

「今度は何」

「知らない」

「また?」

「知らない場所を知ってる」

 一瞬。

 沈黙。

「それ結構怖いこと言ってるからね?」

 クロノは返事をしなかった。

 自分でも分かっていた。

 怖い。

 本来なら。

 ありえない。

 ドクン。

 肩が脈打つ。

 その瞬間。

 また何かが流れ込む。

 暗い通路。

 崩れた壁。

 黒。

 そして。

 走る誰か。

 必死に。

 前へ。

『急げ』

 男の声。

『まだ間に合う』

 そこで。

 映像が途切れる。

 何かが消える。

 だが。

 今度は消えなかった。

 ひとつだけ。

 残った。

 場所。

 進むべき方向。

 そこだけは。

 はっきりと。

 頭に残っていた。

「クロノ」

 ミナが呼ぶ。

 クロノは振り向く。

「どうするの」

 少し不安そうな顔。

 少しだけ。

 怖そうな顔。

 それでも。

 逃げるとは言わない。

 クロノは視線を向ける。

 崩れた渡り廊下。

 その先。

 知らないはずの場所。

 なのに。

 なぜか。

 懐かしい気がした。

 ドクン。

 肩が脈打つ。

 そして。

 今までで一番。

 近くから。

 声が聞こえた。

『今度こそ』

 男の声。

 掠れている。

 疲れている。

 それでも。

 諦めていない。

『頼む』

 そこで途切れる。

 静寂。

 クロノはしばらく動かなかった。

 なぜか。

 胸の奥が重かった。

 その声を。

 知っている気がしたから。

「……行こう」

 小さく呟く。

 ミナが顔を上げる。

 クロノは前を見る。

 黒の奥。

 白の揺れる方向。

 そして。

 知らないはずの道へ。

 二人は歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。

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