第28話「現在地」
ドクン。
黒が脈打つ。
肩が脈打つ。
クロノの鼓動も。
嫌になるくらい。
揃い始めていた。
黒の奥。
白はもう見えない。
人影も。
声も。
今は静かだった。
だからこそ。
不気味だった。
「……ねぇ」
ミナが隣で言う。
クロノは視線を向けない。
「なんだ」
「さっきからずっとそう」
「何が」
「遠い」
クロノが眉をひそめる。
意味が分からなかった。
「遠いってなんだよ」
「そのまま」
ミナは言う。
「なんか、ずっと違うとこ見てる」
ドクン。
肩が脈打つ。
思わず視線が落ちる。
黒い筋。
確実に伸びている。
少しずつ。
少しずつ。
体の奥へ。
「クロノ」
ミナの声。
今度は少し強かった。
「聞いてる?」
「ああ」
「嘘」
即答だった。
クロノは言葉に詰まる。
「さっきから」
ミナが続ける。
「変だよ」
静かな声。
責めているわけじゃない。
怒っているわけでもない。
だから余計に。
逃げ場がなかった。
「急に黙るし」
「変なとこ見るし」
「一人で考え込むし」
少し間。
そして。
「私のこと見なくなるし」
クロノが顔を上げる。
ミナは笑っていなかった。
少しだけ。
不安そうだった。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
『そっちじゃない』
声。
男の声。
反射的に振り返る。
誰もいない。
「ほら」
ミナが言う。
「今も」
クロノは何も返せなかった。
図星だった。
ドクン。
脈動。
また。
何かが流れ込む。
暗い。
冷たい。
崩れた校舎。
黒。
そして。
少女の後ろ姿。
長い髪。
制服。
伸ばされた手。
『クロノ!』
声。
悲鳴みたいな声。
聞いた瞬間。
胸が締め付けられる。
だが。
次の瞬間。
黒が飲み込む。
全部。
声も。
姿も。
何もかも。
「――はぁ」
クロノが顔をしかめる。
息が漏れる。
苦しい。
胸の奥が。
重い。
「また?」
ミナが聞く。
クロノは答えない。
答えられない。
今の少女が。
誰なのか。
分からない。
なのに。
知っている気がした。
ドクン。
肩が脈打つ。
「クロノ」
ミナが呼ぶ。
「……なんだ」
「戻ってきて」
その言葉に。
クロノは固まった。
「は?」
「全然戻ってこないし」
ミナは視線を逸らさない。
「話しかけても聞いてないし」
「呼んでも反応しないし」
「急に変な顔するし」
少しだけ。
唇を噛む。
「置いていかれてるみたい」
小さな声だった。
クロノは何も言えない。
言い返せなかった。
なぜなら。
自分でも。
そうなり始めている気がしていたから。
ドクン。
黒が脈打つ。
肩が脈打つ。
その奥で。
何かが動く。
白だった。
「あ」
ミナが声を上げる。
クロノも見る。
今までで一番。
はっきりと。
白が見えていた。
小さい。
弱々しい。
それでも。
消えていない。
黒の中心近く。
まるで。
必死に残っているみたいに。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
また声が聞こえた。
今までとは違う。
弱い。
かすれた声。
『まだ……』
途切れる。
『まだ終わるな』
そこで。
何かが消える。
境界へ戻る。
だが。
今度は違った。
クロノは黒ではなく。
ミナを見ていた。
ミナも気付く。
一瞬だけ。
目が合う。
そして。
黒の奥で。
白が小さく揺れた。
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