第27話「置いてきたもの」
ドクン。
黒が脈打つ。
肩が脈打つ。
クロノの鼓動も。
もう。
どれが最初なのか分からなかった。
「なにかあったなら話してよ」
ミナが言う。
少しだけ不満そうに。
少しだけ心配そうに。
置いていかれそうな顔で。
クロノは目を逸らした。
「……話したところで分からないだろ」
「分からなくても聞くくらいはできる」
即答だった。
クロノは言葉を失う。
そういう返しは。
少し苦手だった。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
何かが流れ込む。
冷たい。
暗い。
湿っている。
また。
知らない何か。
だが今回は違った。
感情だった。
強い。
息が詰まるほど。
後悔。
絶望。
喪失。
そして。
諦めきれない何か。
「……はぁ」
クロノが顔をしかめる。
知らない。
知らないはずなのに。
胸が苦しい。
ドクン。
また。
何かが流れ込む。
崩れた教室。
黒。
伸ばされた手。
届かない。
間に合わない。
『ごめん』
誰かの声。
男の声。
近い。
今までで一番。
近い。
『ごめん』
もう一度。
聞こえる。
何に対してなのか。
誰に対してなのか。
分からない。
それでも。
胸が締め付けられる。
「クロノ!」
ミナの声。
意識が戻る。
何かが消える。
境界。
黒。
ミナ。
いつもの世界。
「もう、頼りないなぁ」
クロノは返事をしない。
できなかった。
代わりに。
ひとつの言葉だけが残っていた。
『ごめん』
それだけ。
妙に。
頭から離れない。
「……クロノ?」
ミナが顔を覗き込む。
「なんでもない」
「絶対なんでもなくない」
即答。
クロノは少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
ミナは眉をひそめる。
「今笑った?」
「気のせいだろ」
「笑ったよね?」
「気のせいだ」
「笑った」
断定された。
クロノは視線を逸らす。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
また。
何かが流れ込む。
今度は声じゃない。
景色でもない。
感覚だった。
空っぽ。
何も残っていない。
そんな感覚。
広い。
静か。
終わっている。
なのに。
どこかで。
ずっと待っている。
そんな違和感。
(なんだ、これ)
理解できない。
だが。
ひとつだけ。
分かったことがある。
これは。
誰かのものだ。
自分じゃない。
ミナでもない。
誰か。
知らない誰か。
そのはずなのに。
なぜか。
他人の気がしなかった。
ドクン。
脈動。
そのとき。
黒の奥で。
何かが揺れた。
「あ」
ミナが声を漏らす。
クロノも見る。
白だった。
また。
小さい。
消えそうな。
頼りない光。
だが。
前より近い。
「見える」
ミナが呟く。
白は揺れる。
まるで。
こちらを探しているみたいに。
そして。
一瞬だけ。
その周囲に。
複数の影が見えた。
人影。
立っている。
白を囲むように。
動かない。
ただ。
そこにいる。
「……なに、あれ」
ミナが小さく言う。
クロノは答えなかった。
答えられなかった。
なぜなら。
その光景を見た瞬間。
胸の奥に。
どうしようもない感情が湧いたから。
懐かしい。
違う。
寂しい。
違う。
もっと。
近い。
もっと。
重い。
言葉にならない何か。
そして。
肩の黒い筋が。
今までで一番強く脈打った。
ドクン。
その瞬間。
声が聞こえた。
今までで一番。
はっきりと。
『置いていくな』
男の声。
震えていた。
『もう、置いていくな』
そこで。
何かが消える。
境界へ戻る。
だが。
クロノだけは。
しばらく動けなかった。
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