第26話「残された声」
ドクン。
黒が脈打つ。
肩が脈打つ。
少し遅れて。
クロノの鼓動も 。
嫌な感覚だった。
まるで。
三つが同じ場所にあるみたいだった。
「……クロノ?」
ミナが顔を覗き込む。
クロノは返事をしない。
視線は黒の奥へ向いていた。
白は、もう見えない。
人影も。
何も。
ただ黒だけが広がっている。
それなのに。
何かがいる気がした。
ずっと。
そこに。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
『違う』
声が聞こえた。
「え?」
クロノが顔を上げる。
誰もいない。
ミナも不思議そうな顔をしている。
今のは。
確かに聞こえた。
『違う』
男の声。
低い。
焦っているような。
苛立っているような。
そんな声。
「……なにかあった?」
ミナが聞く。
「いや」
クロノは首を振る。
言わなかった。
どうせ説明できない。
ドクン。
また脈打つ。
今度は。
『そこじゃない』
声。
はっきりと。
耳元で。
「――はっ!」
反射的に振り返る。
誰もいない。
当然だ。
いるわけがない。
なのに。
今の声は。
あまりにも近かった。
「クロノ」
ミナの声。
少しだけ強い。
「なにかあったなら話してよ」
クロノは答えない。
代わりに。
黒の奥を見た。
そこには何もない。
だが。
何かを探している自分に気づく。
(なんでだ)
分からない。
何を探しているのか。
何を見つけたいのか。
自分でも。
分からない。
ドクン。
肩が脈打つ。
また。
何かが流れ込む。
冷たい。
暗い。
息が苦しい。
走っている。
誰かが。
必死に。
何かから逃げている。
『早く』
声。
『早くしろ』
焦燥。
恐怖。
絶望。
知らない感情が流れ込む。
クロノは思わず膝をついた。
「クロノ!」
ミナが駆け寄る。
肩を掴まれる。
そこで。
何かが消えた。
境界が戻る。
黒。
崩れた校舎。
ミナ。
それだけ。
「……はぁ」
息が荒い。
胸が苦しい。
今のは。
ただの映像じゃない。
そんな気がした。
もっと。
近い。
もっと。
生々しい。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
『また失敗した』
男の声。
今度は。
はっきりと聞こえた。
そして。
続く。
『ミナを――』
途切れる。
ノイズみたいに。
崩れる。
「……え?」
クロノが呟く。
今。
なんて言った。
ミナ。
そう聞こえた。
ドクン。
脈動。
もう一度。
『ミナを――』
そこで終わる。
聞こえない。
続きがない。
だが。
クロノの顔色が変わる。
「クロノ?」
ミナが呼ぶ。
「今、私の名前呼んだ?」
クロノは答えなかった。
答えられなかった。
なぜなら。
今までの声と違ったから。
今のは。
誰かの記憶じゃない。
ただの断片でもない。
もっと。
自分に向けられている気がした。
ドクン。
黒が脈打つ。
肩が脈打つ。
その奥で。
何かが。
確実に近づいている気がした。
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