第25話「混線」
ドクン。
肩が脈打つ。
クロノは眉を寄せた。
さっきから続いている。
一定じゃない。
規則的でもない。
なのに。
気になる。
まるで。
無意識に耳を澄ましてしまうみたいに。
ドクン。
まただ。
「……クロノ?」
ミナが顔を覗き込む。
「顔色悪いよ」
「平気」
反射みたいに返す。
「平気な顔じゃないって」
即座に返された。
クロノは小さく息を吐く。
たぶん。
平気じゃない。
それは自分でも分かっていた。
肩の黒い筋。
見えた人影。
聞こえた声。
そして。
白。
全部が繋がっている気がする。
だが。
何一つ説明できない。
ドクン。
脈動。
その瞬間。
視界の端で何かが揺れた。
反射的に振り向く。
誰もいない。
崩れた教室。
割れた窓。
静かな境界。
何も変わらない。
(またか)
舌打ちしそうになる。
見えている。
確かに。
だが。
見えた瞬間には消えている。
「……何かいるの?」
ミナが聞く。
クロノは一瞬黙る。
そして。
「分からない」
正直に答えた。
いるのか。
いないのか。
それすら分からない。
ドクン。
肩が脈打つ。
そのとき。
何かが流れ込んだ。
湿った空気。
冷たい床。
遠くで響く水音。
そして。
知らない手。
黒く汚れた指先。
誰かが床に文字を書いている。
読めない。
見えない。
なのに。
なぜか。
必死だった。
「っ……!」
クロノが頭を押さえる。
「クロノ!」
今度はミナの声が聞こえた。
肩を掴まれる。
意識が戻る。
何かが消える。
呼吸だけが残る。
「今のも?」
ミナが聞く。
クロノは数秒黙った。
「……分からない」
また同じ答えだった。
分からない。
知らない。
でも。
知らないはずなのに。
少しだけ。
寂しかった。
その感覚に。
クロノ自身が戸惑う。
(なんだ今の)
意味が分からない。
会ったこともない。
見たこともない。
なのに。
置いてきた気がした。
何かを。
誰かを。
ドクン。
脈動。
黒の奥。
境界の深部。
そこに視線を向ける。
すると。
一瞬だけ。
また白が見えた。
「あ」
今度はミナだった。
クロノも見る。
白。
小さい。
本当に小さい。
だが。
確実に存在していた。
黒の中。
脈動の中心近く。
まるで。
灯りみたいに。
「見えた?」
ミナが聞く。
「ああ」
短く答える。
白はすぐ消える。
だが。
二人とも見た。
幻じゃない。
少なくとも。
今度は。
二人とも。
同じものを。
見た。
ドクン。
肩が脈打つ。
その瞬間。
クロノの頭に。
知らない言葉が流れ込んだ。
『まだ残ってる』
男の声だった。
前と同じ。
聞いたことのない声。
なのに。
妙に近い。
『まだ――』
そこで途切れる。
何かが消える。
静寂。
クロノは動かなかった。
ミナも何も言わない。
ただ。
二人とも。
黒の奥を見ていた。
そこには何もない。
何も見えない。
それでも。
確かに。
何かがいる気がした。
黒が脈打つ。
ドクン。
そして。
ほんの一瞬だけ。
黒の中心で。
白が、こちらを見た気がした。
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