第24話「残響」
肩の黒い筋が、脈打つ。
ドクン。
ドクン。
黒の奥。
境界の深部。
そこから響く脈動と。
完全に重なっていた。
誰も喋らない。
ミナも。
クロノも。
ただ。
さっき見たものが頭から離れなかった。
黒の向こう側。
あの人影。
同じ場所にあった黒い筋。
(……なんだよ)
考えようとする。
だが。
まとまらない。
違和感だけが残る。
知っている気がする。
なのに思い出せない。
初めて見るはずなのに。
どこかで見た気がする。
そんな感覚だけが。
妙に生々しかった。
「クロノ」
ミナが呼ぶ。
少しだけ慎重な声。
「……あれさ」
「なんだ」
「見たことある?」
クロノは答えなかった。
代わりに。
黒の奥を見る。
もう人影はいない。
脈動だけが続いている。
「ない」
短く答える。
「でも」
言葉が止まる。
ミナが待つ。
「……分からない」
それが一番正確だった。
ミナも何も言わない。
たぶん。
同じだった。
見覚えがあるような。
ないような。
そんな気持ち悪さだけが残っている。
ドクン。
肩が脈打つ。
「っ……」
思わず顔をしかめる。
今までより強い。
痛みじゃない。
違う。
引っ張られる。
そんな感覚。
「また?」
ミナが近づく。
クロノは肩を押さえたまま。
黒を見る。
筋が。
微かに伸びている。
さっきより。
ほんの少しだけ。
「増えてる」
ミナが呟く。
クロノも否定できない。
黒い筋は。
肩から首元へ向かっていた。
ゆっくりと。
生き物みたいに。
「最悪だな」
思わず漏れる。
そのときだった。
視界の端。
何かが動く。
「――っ」
振り向く。
誰もいない。
崩れた校舎。
割れた空間。
黒い霧。
それだけ。
(今……)
いた。
確かに。
何かが。
立っていた。
ドクン。
肩が脈打つ。
同時に。
また見えた。
今度は反対側。
遠く。
黒の中。
誰かが立っている。
瞬き。
消える。
「クロノ?」
ミナの声。
「どうしたの」
「……いや」
言いながら。
もう一度見る。
いない。
何も。
最初から存在しなかったみたいに。
(見えてるのか?)
侵食の影響。
その可能性が頭をよぎる。
だが。
それだけじゃない気がした。
ドクン。
脈動。
そして。
一瞬だけ。
知らない何かが流れ込む。
冷たい床。
湿った空気。
遠くで響く水音。
誰かの呼吸。
誰かの足音。
そして。
『まだか』
男の声。
知らない。
聞いたことがない。
なのに。
妙に近い。
「うわぁ!」
クロノが叫ぶ。
何かが消える。
境界へ戻る。
目の前にはミナ。
脈動する黒。
それだけ。
「今のは……」
思わず漏れる。
「え?」
「聞こえなかったか」
ミナが首を傾げる。
「何が?」
沈黙。
聞こえていない。
クロノだけだ。
ドクン。
肩が脈打つ。
まるで。
答えるみたいに。
嫌な予感がした。
これは。
幻覚なんかじゃない。
ただ見えているだけでもない。
もっと。
別の何か。
そのとき。
黒の奥で。
何かが光った。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
小さな白。
黒の中には存在しないはずの色。
「……あれ」
ミナも気づく。
視線が奥へ向く。
白は消えていた。
だが。
二人とも見た。
確かに。
黒の中心近くで。
何かが光った。
クロノは目を細める。
脈動。
人影。
黒い筋。
聞こえた声。
そして。
白。
今まで存在しなかった異物。
(増えてる)
異常が。
一つずつ。
確実に。
増えている。
ドクン。
脈動が響く。
その奥で。
何かが待っているみたいに。
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