第22話「脈動の先」
黒が、揺れている。
不規則に。
乱れたまま。
まるで、呼吸を崩したみたいに。
空間全体が軋んでいた。
壁。
床。
空気。
全部が、微かに震えている。
クロノは、荒い呼吸のまま前を見ていた。
削れている。
確かに。
ほんの少し。
だが、今まで絶対に変化しなかった“黒”が、崩れている。
(通じた)
その事実だけが、異様だった。
「……っ、はぁ……」
隣で、ミナが膝に手をつく。
呼吸が浅い。
顔色も悪い。
さっきの反動が、まだ抜けていない。
「だから無理するなって言っただろ」
「でも、効いたじゃん……」
息を切らしながら、ミナが笑う。
クロノは眉を寄せた。
「効いたから危ねぇんだよ」
「なにそれ」
「向こうが反応した」
黒を見る。
今も、脈動は続いている。
だが。
さっきまでとは違う。
どこか、“警戒している”みたいだった。
(こっちを見てる)
その感覚に、クロノは奥歯を噛む。
今までは違った。
ただ崩壊していただけだ。
ただ侵食していただけだ。
でも今は。
明確に、“敵意”がある。
「……クロノ?」
ミナが不安そうに顔を上げる。
「下がってろ」
「え?」
「まだ来る」
言い終わるより先だった。
ドクン。
空間が、大きく震える。
「――っ!」
黒の奥。
起点のさらに深部。
そこが、一瞬だけ開いた。
暗い。
深い。
なのに。
その奥で、“何か”が動いた。
クロノの視線が止まる。
(今の……)
見えた。
人影。
一瞬だけ。
黒の向こう側で。
こちらを見ていた。
「……誰だ」
無意識に、声が漏れる。
「え?」
ミナが振り返る。
だが、もう見えない。
黒だけだ。
脈動する、巨大な闇だけ。
「誰かいたの?」
クロノは答えなかった。
違和感。
嫌な感覚。
胸の奥がざわつく。
見覚えが、あった。
なのに思い出せない。
思い出したくない。
ドクン。
また脈動する。
その瞬間。
黒が、一気に広がった。
「来る!」
クロノが叫ぶ。
床を這うみたいに、黒が走る。
速い。
今までより明らかに。
「ミナ!」
手を掴む。
引き寄せる。
直後。
さっきまでミナがいた場所を、黒が飲み込んだ。
音もなく。
存在ごと消すみたいに。
「っ……!」
ミナの顔が青ざめる。
「今の……」
「触れるな」
クロノの声が低くなる。
「今までと違う」
「違うって……」
「侵食が速い」
それだけじゃない。
黒が、“狙っている”。
逃げ道を塞ぐように。
追い込むように。
動いている。
(学習してるのか?)
ありえない。
そんなはずはない。
なのに。
黒は、二人の動きに合わせて形を変えていた。
「クロノ、後ろ!」
反射的に振り向く。
黒が、壁から滲み出ていた。
「――っ!」
避ける。
肩を掠める。
瞬間。
激痛。
「が……っ!」
クロノが顔を歪める。
「クロノ!?」
制服の肩。
そこだけ、黒く染まっていた。
布が崩れている。
焼けたみたいに。
その奥。
皮膚にも、黒い筋が走っていた。
「なに、それ……!」
ミナの声が震える。
クロノは息を押し殺した。
熱い。
違う。
冷たい。
体温を奪われるみたいな感覚。
(侵食……?)
脳裏に浮かぶ。
今まで、触れたもの。
飲まれた空間。
消えたもの。
全部。
こうなっていたのかもしれない。
「クロノ、見せて!」
「平気だ」
「平気じゃないでしょ!」
ミナが腕を掴む。
その瞬間。
黒い筋が、微かに脈打った。
二人の動きが止まる。
ドクン。
まるで。
向こうの脈動と、繋がるみたいに。
「……ちょっと!?」
ミナが小さく声を漏らす。
クロノも、動けなかった。
黒い筋が。
ゆっくりと。
奥へ向かって、伸びていた。
まるで。
“接続”しようとするみたいに。
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