第21話「逆流」
黒が、脈打つ。
ドクン。
ドクン、と。
境界の奥。
起点のさらに深部。
そこから、“何か”が流れ込んでいる。
空間全体へ。
世界全体へ。
まるで、血液みたいに。
「……溢れている?」
ミナが、小さく呟く。
クロノは視線を細めた。
黒そのものを見ているんじゃない。
その奥。
さらに深い場所。
そこから、何かが供給され続けている。
(流れてる)
そう理解した。
だから止まらない。
だから再生する。
だから、終わらない。
外側を壊しても意味がなかった理由。
止めても、また動き出した理由。
全部、繋がる。
「……源がある」
クロノが低く言う。
「源?」
「“それ”を動かしてる本体だ」
視線を奥へ向ける。
黒のさらに奥。
今まで見えなかった場所。
だが今は、微かに分かる。
脈動。
流れ。
接続。
全部が、そこから来ている。
「じゃあ……そこ止めれば」
「終わるかもしれない」
ミナの言葉を引き継ぐ。
その瞬間。
黒が、大きく脈打った。
ドクン、と。
空間が揺れる。
歪みが、一気に広がった。
「っ――!」
視界が裂ける。
黒が、押し寄せる。
今までとは違う。
広がる速度が、明らかに速い。
(来る)
クロノは、前へ出た。
反射だった。
考えるより先に、手を伸ばしている。
黒へ向かって。
「――止まれ!」
空間が軋む。
止まらない。
押し返せない。
黒が、迫る。
(足りない)
一人じゃ。
届かない。
そのとき。
隣から、手が伸びた。
「……っ、クロノ!」
ミナだった。
呼吸は荒い。
まだ完全には回復していない。
それでも。
隣に立つ。
「一緒に!」
その声。
次の瞬間。
二人の手の前で、空間が大きく歪んだ。
黒が、止まる。
いや――
押し返される。
「……は!?」
クロノの目が見開かれる。
今までと違う。
“止める”じゃない。
流れそのものを、逆向きに押し返している。
黒が、揺れる。
脈動が乱れる。
奥へ。
深部へ。
逆流するみたいに。
「効いてる……!」
ミナが声を上げる。
だが。
同時に。
「あっ……!」
ミナの膝が揺れた。
クロノが即座に腕を支える。
「無理するな!」
「でも……!」
黒が、崩れている。
今までになかった反応。
確実な変化。
起点が、“嫌がっている”。
(届いてる)
初めて。
本当に。
向こう側へ。
「もう少し……!」
ミナが、歯を食いしばる。
空間が軋む。
黒が、震える。
その瞬間だった。
ドクン。
今までで、一番大きな脈動。
黒が、一気に膨張した。
「――っ!!」
押し返される。
空間ごと。
まとめて。
吹き飛ばされる。
「う、あ……!」
ミナの体が浮く。
クロノが咄嗟に引き寄せる。
地面へ叩きつけられる直前、抱き込む。
衝撃。
世界が揺れる。
黒が、再び広がる。
だが――
違った。
「……削れてる」
クロノが呟く。
黒の一部が、崩れている。
ほんの少し。
だが確実に。
今まで存在しなかった“欠損”。
ミナも、それを見ていた。
「……壊れた?」
「ああ」
短く答える。
呼吸が荒い。
体も重い。
それでも。
口元だけが、わずかに上がっていた。
「……やっと、傷つけられた」
黒が、脈打つ。
だが。
さっきまでより、不安定だ。
乱れている。
揺らいでいる。
つまり――
(通じる)
このやり方は。
届く。
終わりへ。
その可能性へ。
ミナが、小さく笑った。
「なんかさ」
「……なんだ」
「ようやく、戦ってる感じする」
一瞬だけ。
クロノは、言葉を失った。
そして。
「……今さらかよ」
小さく笑う。
黒が、揺れる。
世界が、軋む。
崩壊は、まだ止まっていない。
それでも。
今までとは違う。
初めて、“向こう側”が傷ついた。
なら。
届く。
もっと奥へ。
もっと深くへ。
終わらせる場所まで。
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