第20話「観測」
黒が、脈打つ。
ドクン。
ドクン、と。
空間が揺れる。
だが。
さっきまでとは違った。
(見える)
クロノは、空を睨む。
脈の前兆。
歪みの流れ。
空間のズレ。
ほんの一瞬だけ。
“来る場所”が分かる。
「右」
「おk!」
ミナが飛ぶ。
次の瞬間。
黒が、そのすぐ横を貫いた。
空間が裂ける。
ビルが、音もなく崩れ落ちる。
「……っ」
ミナが息を呑む。
「また来る!」
ドクン!!
黒が脈打つ。
今度は速い。
(左)
「ミナ!」
「わかってる!」
二人同時に動く。
黒が、背後を通り抜ける。
避けた。
また。
クロノは、小さく息を吐く。
(読めてる)
完全じゃない。
でも。
法則はある。
黒は、“脈”のあとに動く。
そして。
狙いを定める瞬間、空間がズレる。
(観測できる)
それが分かるだけで、全然違った。
今までは。
ただ巻き込まれるだけだった。
だが今は。
避けられる。
対処できる。
つまり――
(戦える)
黒が、脈打つ。
ドクン。
空が、大きく歪む。
「っ……!」
ミナが顔をしかめた。
「これ、さっきより強くない?」
「ああ」
クロノは視線を逸らさない。
「多分、“慣れてきた”」
「え?」
「俺たちに」
短く答える。
黒は、変化している。
最初は、ただ広がるだけだった。
でも今は違う。
狙う。
読む。
対応する。
まるで――
(学んでる)
その事実が、少しだけ背筋を冷やした。
だが。
同時に。
(完全じゃない)
向こうも、まだ途中だ。
だから。
隙がある。
「クロノ!」
ミナの声。
次の瞬間。
黒が、三方向に分かれた。
「……は?」
反応が、一瞬遅れる。
右。
左。
上。
同時。
(増えた!?)
「ミナ、伏せろ!!」
叫ぶ。
ミナが、とっさにしゃがむ。
黒が、頭上を通り抜ける。
空間が裂ける。
だが。
横から来た一つが、避けきれない。
(まず――)
その瞬間。
「——止まれ!」
ミナの声。
空間が、歪む。
黒の動きが、一瞬だけ鈍る。
「っ!」
クロノが、無理やり体を捻る。
黒が、頬をかすめた。
熱い。
次の瞬間。
頬から、血が流れた。
「……クロノ!?」
「浅い!」
即答。
だが。
痛みより先に、理解が来る。
(触れた)
今まで、触れられなかった。
避けるか。
飲み込まれるか。
その二択だった。
なのに今。
“掠った”。
つまり。
(実体がある)
完全な概念じゃない。
干渉可能な何か。
ミナも、それに気づいたみたいだった。
「血……出てる」
「問題ない」
「いやあるでしょ!」
珍しく、強めの声。
だが。
クロノは、少しだけ笑った。
「収穫の方が大きい」
「え?」
頬の血を、指で拭う。
黒を見る。
脈打つ起点。
その奥。
「触れられる」
はっきりと言う。
「避けられるなら、当てられる」
沈黙。
ミナが、ゆっくり目を見開く。
「……攻撃するの?」
「ああ」
クロノは、空を見上げた。
「今までは、届かなかった」
観測しかできなかった。
止めるだけだった。
でも、今は違う。
傷をつけた。
避けられた。
触れられた。
なら――
(次は、壊す)
黒が、脈打つ。
ドクン。
空間が揺れる。
まるで。
その思考に、反応するみたいに。
「……なんかさ」
ミナが、小さく呟く。
「怒ってない? あれ」
「多分な」
クロノは、少しだけ笑う。
そして。
黒を見上げたまま。
「だったら、もっと怒らせる」
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