第18話「応答」
黒が、脈打つ。
ドクン。
ドクン、と。
前よりも、深い。
空全体が、それに合わせて震えているみたいだった。
クロノは、黙って空を見上げていた。
隣では、ミナが壁にもたれながら息を整えている。
「……ほんとに効いてたんだね」
小さく呟く。
「ああ」
短く返す。
黒は、変わった。
いや――
(反応してる)
それが正しい。
今までの“それ”は、ただ存在していただけだった。
崩壊を繰り返す。
世界を飲み込む。
ただ、それだけ。
でも今は違う。
明らかに、“こちら”を意識している。
空間の揺れ方が変わった。
脈の間隔も。
まるで――
(探ってる)
そんな感覚。
「……クロノ?」
ミナの声。
「どうしたの?」
「いや」
言葉を切る。
うまく説明できない。
ただ。
嫌な予感だけが、ずっと消えなかった。
そのとき。
ドクン――!!
今までよりも強く、黒が脈打った。
空間が、大きく揺れる。
「っ!」
ミナが顔を上げる。
空の亀裂が、ゆっくりと広がっていく。
だが。
前までとは違う。
崩れる、というより――
(開いてる?)
クロノは目を細めた。
裂け目の奥。
黒のさらに奥。
そこに、“何か”が見える。
暗い。
深い。
底がない。
なのに。
こちらを見返している感覚だけが、はっきりとあった。
「……なんだ、あれ」
ミナが小さく呟く。
その瞬間。
視界が、ぶれた。
「――っ」
クロノの意識が、一瞬だけ沈む。
音が消える。
空気が消える。
世界そのものが、遠くなる。
そして。
“声”がした。
『――見つけた』
「……っ!?」
反射的に顔を上げる。
だが。
世界は、元に戻っていた。
「クロノ!?」
ミナがこちらを見る。
「どうしたの!?」
呼吸が、乱れている。
心臓が速い。
嫌な汗が流れる。
「……今」
喉が、うまく動かない。
「声が……」
「え?」
ミナが眉を寄せる。
「声?」
「いや……」
否定しかけて、止まる。
違う。
聞き間違いじゃない。
あれは確かに。
(話しかけてきた)
背筋が、冷える。
今まで。
何千回繰り返しても。
こんなことは、一度もなかった。
黒は、ただそこにあるだけだった。
なのに。
今は。
(認識してる)
こちらを。
クロノという存在を。
“敵”として。
ドクン。
また、黒が脈打つ。
その瞬間。
空間が、大きく歪んだ。
「っ!?」
ミナが目を見開く。
景色が、崩れる。
ビルの輪郭が溶ける。
空と地面の境界が反転する。
今までよりも速い。
今までよりも、強い。
「クロノ!」
「下がれ!」
即座に叫ぶ。
ミナの腕を掴む。
だが。
空間の歪みが、追ってくる。
まるで狙っているみたいに。
(違う)
クロノの表情が変わる。
(“狙ってる”んだ)
理解した瞬間。
黒が、さらに脈打った。
ドクン!!
歪みが、一気に加速する。
「……っ!」
ミナが苦しそうに息を詰める。
空間干渉。
拒絶。
圧力。
全部が、今までより強い。
まるで――
(排除しようとしてる)
クロノは、歯を食いしばった。
やっと傷をつけた。
だから。
向こうも、変わった。
「……最悪だな」
小さく呟く。
「え?」
「敵認定された」
一瞬、ミナが固まる。
だが次の瞬間。
「……じゃあ、やっとスタートじゃん」
そう言って、笑った。
クロノは、一瞬だけ目を見開く。
そして。
ほんの少しだけ、笑う。
「……違いない」
黒が、脈打つ。
ドクン。
ドクン、と。
まるで。
こちらの言葉に、応えるみたいに。
空の奥。
裂け目の向こう。
“何か”がいる。
もう、分かってしまった。
これは災害じゃない。
現象でもない。
世界のバグでもない。
――対話可能な“何か”だ。
そして。
クロノたちは、ついに。
その領域へ、踏み込んでしまった。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、フォローや評価いただけると嬉しいです。




