第17話「初撃」
黒が、脈打つ。
ドクン。
ドクン、と。
まるで、こちらの様子を探るみたいに。
だが――
(さっきまでとは、違う)
クロノは、空を見上げた。
歪みの流れ。
脈の間隔。
広がり方。
すべてが、ほんのわずかに“読める”。
「……来る」
低く言う。
ミナが、隣で息を整える。
「……おk」
軽い返事。
だが、今までよりも静かだった。
無理をしていない。
無理を隠してもいない。
ただ、“やる前提”で立っている。
(いい)
クロノは、一歩踏み出した。
空間が軋む。
だが――
崩れない。
まだ、持つ。
「ミナ」
「ん」
「合わせろ」
「……まかせて」
短いやり取り。
それだけで、十分だった。
黒が、膨らむ。
来る。
(今だ)
「——止まれ!」
ミナの声。
強い。
迷いがない。
空間が歪む。
黒の動きが、鈍る。
完全じゃない。
だが――
(止まった)
“わずかに”。
それでいい。
「そのまま維持しろ!」
「……っ、やってる!」
声が震える。
だが、途切れない。
クロノは、さらに踏み込んだ。
一歩。
二歩。
距離が縮まる。
黒が、揺れる。
(抵抗してる)
押し返そうとしている。
だが――
(間に合う)
手を、伸ばす。
起点へ。
あと少し。
あと――
その瞬間。
黒が、強く脈打った。
ドクン、と。
圧が、来る。
「っ……!」
空間が歪む。
押し戻される。
だが。
「——まだ!」
ミナの声。
さらに強く。
空間が、ねじれる。
黒の動きが、一瞬だけ止まる。
(今しかない)
クロノは、踏み込んだ。
そして――
触れた。
起点に。
その瞬間。
世界が、反転する。
視界が裂ける。
情報が、流れ込む。
だが。
(止まるな)
意識を、掴む。
手を、離さない。
そして――
「……っ、動け」
押す。
ただ触れるんじゃない。
“変える”意識で。
起点が、揺れる。
初めて。
明確に。
反応する。
(通った)
確信。
次の瞬間。
黒が、大きく歪んだ。
広がりが――
一瞬だけ、崩れる。
「……っ!?」
ミナが息を呑む。
空の亀裂が、わずかに閉じる。
ほんの一部。
ほんの一瞬。
だが――
明確に、“戻った”。
「……やった」
クロノが、呟く。
初めてだった。
世界が、“崩れる以外の動き”をしたのは。
だが。
次の瞬間。
黒が、暴れた。
ドクン!!
強く。
激しく。
反発。
空間が、弾ける。
「っ……!」
クロノの体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
視界が揺れる。
息が詰まる。
それでも――
目は、逸らさない。
黒を見る。
起点を見る。
その奥。
(……効いた)
確かに。
ほんのわずかだが。
“変えた”。
だが同時に。
(足りない)
全然。
決定打には、遠い。
「クロノ!」
ミナの声。
振り向く。
膝をついている。
息が荒い。
だが、立っている。
「……今の」
「……ああ」
短く答える。
「効いた」
断言する。
ミナの目が、少しだけ見開かれる。
「ほんとに?」
「ほんとだ」
即答。
迷いはない。
そして――
「でも」
一拍。
「このままじゃ、足りない」
はっきりと言う。
ミナは、少しだけ息を整えて。
「……そっか」
と、呟いた。
悔しさはある。
でも、折れてはいない。
むしろ――
「じゃあさ」
顔を上げる。
「もっとやればいいんでしょ?」
単純な答え。
だが。
クロノは、わずかに笑った。
「……そういうことだ」
黒が、再び脈打つ。
さっきよりも、強く。
明確に。
こちらを“敵”として認識している。
(いい)
それでいい。
もう、“繰り返しの中の存在”じゃない。
これは――
(戦いだ)
クロノは、立ち上がる。
ミナの隣に並ぶ。
空を見上げる。
歪みの奥。
起点。
そして、そのさらに奥。
(届く)
まだ遠い。
だが――
ゼロじゃない。
「……次は」
小さく呟く。
「もっと削る」
黒が、応えるように脈打つ。
ドクン、と。
強く。
だが。
もう、怖くはなかった。
初めて。
この世界に――
“傷をつけた”のだから。
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