第14話「代償の輪郭」
黒が、ゆっくりと脈打つ。
止まりきってはいない。
それでも。
崩壊は始まらない。
歪んだまま。
世界は保たれていた。
(……まだいける)
クロノは空を見上げる。
亀裂。
その奥。
起点へ続く層。
さっきより。
少しだけ近い。
「……もう一度やる」
低く言う。
ミナが顔を上げた。
「……さっきと同じ?」
「ああ」
「俺が前へ出る」
「お前は止めろ」
短い確認。
「……いける?」
少しだけ弱い声。
クロノは前を見たまま答える。
「やるしかない」
ミナは静かに息を吐いて。
「……まかせて」
そう笑った。
さっきより。
少しだけ重い笑顔だった。
(気づいてる)
それでも。
何も言わない。
言えば。
止めることになる。
「行くぞ」
踏み出す。
空間が軋む。
黒が反応する。
「ミナ!」
「——止まって!」
世界が歪む。
黒が押し返される。
前よりも。
深く。
(精度が上がってる)
一気に踏み込む。
距離が縮まる。
歪みの奥。
さらに先。
見える。
前より。
ずっと。
「もう一度!」
一瞬遅れて。
「……っ、止まれ!!」
空間が大きく揺れる。
黒が押し戻される。
道が開く。
(届く)
あと少し。
手を伸ばした。
その時だった。
「……あれ?」
後ろから声がした。
振り返る。
ミナが立っている。
少しだけ困ったような顔。
「……どうした」
「えっと……」
首を傾げる。
「……なんだっけ」
胸の奥が冷えた。
「ミナ」
名前を呼ぶ。
その瞬間。
「あ」
小さく声を漏らした。
「ごめん」
苦笑い。
「なんか急に分かんなくなった」
笑おうとする。
でも。
笑えていなかった。
(……削られてる)
ただ疲れているんじゃない。
力を失っているだけでもない。
何かが。
少しずつ欠けている。
記憶。
認識。
その境界が。
静かに薄くなっている。
「戻るぞ!」
クロノは即座に叫ぶ。
「……うん」
少し遅れて返事が返る。
黒が大きく脈打った。
抑えが緩む。
空間が崩れ始める。
(まずい)
ミナの手を掴む。
一気に引く。
境界へ。
歪みが追ってくる。
それでも。
二人は飛び出した。
次の瞬間。
空が裂ける。
黒が広がる。
だが。
速度は遅い。
(……変わってる)
完全じゃない。
それでも。
確かに届いている。
「……クロノ?」
振り向く。
ミナはいつもの顔だった。
「……大丈夫か」
「うん」
少しだけ笑う。
「なんか変な感じだけど」
軽い調子。
その言葉だけが。
妙に重かった。
(戻ったわけじゃない)
そう思った。
一度欠けたものは。
元には戻っていない。
ただ。
今は思い出せているだけだ。
「……最悪だな」
小さく漏れる。
「え?」
「いや」
首を振る。
まだ言えない。
言えば。
きっと止まってしまう。
空を見上げる。
黒は。
まだ動いている。
止めきれてはいない。
それでも。
確実に変わっていた。
「……もう一回、行くぞ」
その言葉に。
黒がわずかに脈打つ。
ほんの一瞬だけ。
こちらを見返した気がした。
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