第14話「代償の輪郭」
黒が、ゆっくりと脈打つ。
止まりきっていない。
だが――崩壊も、始まっていない。
歪んだまま、保たれている。
(まだ、いける)
クロノは視線を上げる。
空の亀裂。
その奥。
“起点”へと続く層。
さっきよりも、近い。
「……もう一度やる」
低く言う。
ミナが、少しだけ顔を上げた。
「……さっきと同じ?」
「ああ」
短く頷く。
「俺が前に出る。お前は止めろ」
シンプルな確認。
だが今回は――違う。
「……いける?」
ミナが聞く。
その声は、少しだけ弱い。
クロノは、一瞬だけ黙って。
「いけるかじゃない」
視線を前へ戻す。
「やるしかない」
それが答えだった。
ミナは、小さく息を吐いて。
「……まかせて」
そう言った。
前と同じ言葉。
だが――
ほんの少しだけ、重い。
(気づいてるな)
クロノは何も言わない。
言えば、止めることになる。
それは――しない。
「行くぞ」
一歩、踏み出す。
空間が軋む。
視界が歪む。
黒が、反応する。
来る。
「ミナ!」
呼ぶ。
間髪入れず――
「——止まって!」
空間が、歪む。
黒が、止まる。
前回よりも、強く。
押し返している。
(精度が上がってる)
一気に踏み込む。
距離が縮まる。
歪みの奥へ。
さらに深く。
見える。
前よりも、はっきりと。
“奥”が。
「もう一回!」
叫ぶ。
一瞬の遅れ。
それでも――
「……っ、止まれ!!」
強い歪み。
黒が、大きく押し戻される。
道が開く。
確実に、進めている。
(届く)
手を伸ばす。
あと少し。
その瞬間――
視界が、揺れた。
違和感。
ほんのわずかな、ズレ。
「……っ?」
思考が引っかかる。
だが、止まらない。
今は進む。
それだけだ。
さらに踏み込む。
そのとき。
「……クロノ」
声。
ミナの声。
――違和感。
振り返る。
ミナが、立っている。
だが。
焦点が、合っていない。
「……誰?」
時間が、止まった。
思考が、追いつかない。
「……は?」
言葉が漏れる。
ミナは、首をかしげる。
「……えっと」
少し困ったように。
「……ごめん」
小さく、笑う。
「なんか……分かんない」
(――削れてる)
一瞬で理解する。
代償。
“存在”の消費。
それは。
ただ弱るだけじゃない。
(欠けてる)
記憶。
認識。
つながり。
全部が、少しずつ。
「ミナ」
一歩、戻る。
「俺は――」
言いかけて。
止まる。
意味がない。
説明しても、戻らない。
今は。
(ここを離れる)
判断は、一瞬。
「戻るぞ!」
強く言う。
ミナは、一瞬だけ遅れて。
「……うん」
小さく頷いた。
その声も。
どこか、遠い。
次の瞬間。
黒が、大きく脈打った。
ドクン、と。
抑えが、緩む。
空間が、崩れ始める。
(まずい)
踏み込む。
ミナの手を掴む。
引く。
一気に、境界へ。
歪みが、追ってくる。
だが――
抜ける。
外へ。
次の瞬間。
世界が、大きく揺れた。
崩壊が、再開する。
空が裂ける。
黒が広がる。
だが。
その速度は――
遅い。
(……変わってる)
完全じゃない。
だが。
確実に、影響は与えている。
歪んだままの世界。
未完成の崩壊。
そして。
腕の中の、ミナ。
「……っ」
息が、浅い。
目は開いている。
だが――
さっきとは違う。
「……クロノ?」
その声。
今度は、迷いがない。
認識も戻っている。
「……大丈夫か」
「……うん」
小さく頷く。
「ちょっと、変な感じだけどね」
軽く言う。
だが。
それは――軽くない。
(戻る……?)
違う。
完全じゃない。
さっきの“欠落”は。
消えていない。
(蓄積してる)
一度の使用で、削れる。
そして。
戻らない。
静かに、積み重なる。
その先は――
「……最悪だな」
小さく呟く。
「え?」
「いや」
首を振る。
今は言わない。
言えば。
止まる。
それは――まだ早い。
空を見上げる。
黒は、まだ動いている。
止めきれていない。
だが。
確実に、変わっている。
そして――
(次は)
分かっている。
このままじゃ。
同じやり方は、通用しなくなる。
理由は、まだ分からない。
だが。
確信だけはある。
静かに、息を吐く。
視線を前へ。
「……もう一回、行くぞ」
そう言ったとき。
ほんの一瞬だけ。
黒が――
“こちらを見た気がした”。
まるで。
理解したみたいに。
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