第15話「不成立」
黒が、脈打つ。
ゆっくりと。
だが確実に――こちらへ向かっている。
止まっていない。
もう、さっきまでとは違う。
(来てる)
クロノは、空を見上げた。
歪み。
亀裂。
その奥にある“起点”。
見えている。
だが――
(遠い)
さっきよりも。
わずかに。
確実に。
「……行くぞ」
短く言う。
ミナが隣で頷く。
「……おk」
軽い返事。
だが、その声は少しだけかすれている。
クロノは、それを聞き流した。
(問題ない)
そう判断する。
しなければ、動けない。
一歩、踏み出す。
空間が軋む。
視界が歪む。
黒が――
反応しない。
「……?」
一瞬、違和感。
だが、止まらない。
進む。
さらに一歩。
その瞬間。
黒が、脈打った。
ドクン、と。
強く。
明確に。
(来る)
「ミナ!」
呼ぶ。
即座に――
「——止まって!」
空間が歪む。
黒が、止まる。
だが。
弱い。
明らかに。
(……浅い)
前回よりも、効いていない。
それでも、踏み込む。
距離を詰める。
まだいける。
そのとき。
黒が――
“揺れた”。
抵抗するように。
押し返すように。
「……っ」
嫌な感覚。
今までにない。
(違う)
これは。
ただの反発じゃない。
(対応してる)
理解が、走る。
「もう一回!」
叫ぶ。
一瞬の遅れ。
それでも――
「……っ、止まれ!!」
強い歪み。
黒が、押し返される。
だが。
止まりきらない。
脈を、感じる。
ドクン。
ドクン、と。
動いている。
(止まってない)
ありえない。
今までは。
完全に止まっていたはずだ。
なのに――
「クロノ!」
ミナの声。
焦りが混ざる。
「……効かない!」
その言葉と同時に。
黒が、大きく膨らんだ。
空間が歪む。
押し返される。
「っ……!」
体が、後ろへ持っていかれる。
踏ん張る。
だが――
(無理だ)
直感が告げる。
これは。
もう。
「戻るぞ!」
叫ぶ。
ミナの手を掴む。
引く。
境界へ。
歪みが追ってくる。
速い。
さっきよりも、明らかに。
(強くなってる)
違う。
違う。
(違う)
これは――
(学習してる)
境界を抜ける。
外へ。
次の瞬間。
世界が、大きく揺れた。
黒が、広がる。
止まらない。
さっきまでのような、鈍さもない。
一直線に、崩壊へ。
「……っ」
クロノは、息を詰める。
見ている。
あの“起点”が。
こちらを。
明確に。
(理解された)
背筋が、冷える。
何度も繰り返してきた世界。
だが。
こんな感覚は、初めてだった。
パターンじゃない。
再現でもない。
これは――
(対峙してる)
相手が、いる。
そう認識した瞬間。
黒が、さらに脈打った。
ドクン、と。
強く。
まるで――
応えるように。
「……はは」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
「最悪だな」
横で、ミナが息を整えている。
「……さっきより、きつい」
小さく言う。
クロノは頷く。
「効いてない」
それが、すべてだった。
沈黙。
黒は、止まらない。
崩壊は、加速している。
時間がない。
それでも。
クロノは、目を逸らさなかった。
空の奥。
“起点”。
そのさらに奥。
(まだ、ある)
分かっている。
これで終わりじゃない。
この程度で。
終わるはずがない。
だから――
「……やり方を変える」
低く言う。
ミナが顔を上げる。
「え?」
「同じことやっても意味ない」
視線を前に向けたまま。
「通用してきたものが、ここでは通用しない」
はっきりと言う。
否定。
断定。
迷いはない。
ミナは、少しだけ黙って。
「……じゃあ、どうするの?」
と、聞いた。
クロノは――
一瞬だけ、考えて。
そして。
「……分からない」
そう答えた。
初めてだった。
ここまで来て。
手が、止まったのは。
だが。
それでも。
視線は、逸らさない。
黒を見る。
起点を見る。
その奥を見る。
(……見えてる)
ほんの少しだけ。
構造が。
まだ足りない。
まだ届かない。
でも――
(ゼロじゃない)
可能性は、ある。
空が、大きく裂ける。
黒が、広がる。
崩壊が、進む。
時間は、ない。
それでも。
クロノは、笑った。
ほんのわずかに。
「……面白くなってきたな」
それは。
絶望じゃない。
“対等に立った”実感だった。
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