第13話「分担」
黒が、ゆっくりと動き出す。
止まっていたはずの世界が、再び軋み始める。
空の亀裂が、わずかに広がる。
時間が、残り少ないことを告げていた。
「……来るな」
クロノは、低く呟く。
視線は、空の“それ”に向いたまま。
「うん」
ミナも、それを見ている。
さっきと同じ。
だが――
さっきとは、違う。
状況は理解している。
止められる。
でも、その代償も。
「ミナ」
「ん?」
「さっきの、もう一回できるか」
一瞬だけ、間。
そして。
「……いけると思う」
軽い。
あまりにも。
だが、その奥にあるものは――軽くない。
「……そうか」
クロノは、短く頷く。
「でもさ」
ミナが続ける。
「やりすぎると、やばいんでしょ?」
「……ああ」
否定はしない。
できない。
「じゃあさ」
少しだけ、笑う。
「ちゃんと考えないとだね」
その言葉に。
クロノは、わずかに目を細めた。
(分かってる)
理解している。
感覚じゃない。
ちゃんと、“状況”として。
それだけで――十分だった。
「……分担する」
短く言う。
「俺が前に出る」
視線を、黒へ向ける。
「お前は、止めろ」
シンプルな役割。
だが。
「タイミングは任せる」
そこで、少しだけ言葉を区切る。
「無理だと思ったら、やめろ」
念を押す。
ミナは――
一瞬だけ黙って。
そして。
「……まかせて」
そう言って、笑った。
軽くない。
逃げもない。
ちゃんと、引き受けた声だった。
(……ああ)
それでいい。
クロノは、一歩前に出る。
黒が、脈打つ。
空間が、歪む。
来る。
「……今だ」
呟くと同時に、踏み込む。
視界が揺れる。
重力が歪む。
意識が引き剥がされる。
だが――止まらない。
前へ。
さらに前へ。
「ミナ!」
呼ぶ。
その瞬間――
「——止まって!」
空間が、歪む。
黒の動きが、止まる。
完全じゃない。
だが、十分だ。
進める。
(いける)
一気に距離を詰める。
だが。
負荷が、跳ね上がる。
視界が軋む。
思考が削れる。
(まだ足りない)
「もう一回!」
叫ぶ。
一瞬の間。
そして――
「……っ、止まって!!」
歪みが、強くなる。
黒が、押し返される。
道が開く。
だが。
「……っ、は……っ」
ミナの呼吸が乱れる。
限界が近い。
(やりすぎだ)
理解する。
だが――
(今しかない)
踏み込む。
さらに奥へ。
手を、伸ばす。
届く。
その瞬間。
黒が、大きく脈打った。
ドクン、と。
止まりきらない。
押し返す力と、進もうとする力が拮抗する。
「……っ!」
空間が、悲鳴を上げる。
均衡が、崩れる。
「クロノ!」
ミナの声。
その中に、明確な“限界”が混ざる。
これ以上は――持たない。
(……ここまでか)
一瞬の判断。
手を引く。
後ろへ飛ぶ。
次の瞬間。
黒が、一気に弾けた。
衝撃が、空間を飲み込む。
世界が、揺れる。
だが――
崩壊は、始まらない。
途中で、止まる。
歪んだまま。
未完成のまま。
維持されている。
「……はぁ……っ」
荒い呼吸。
振り返る。
ミナが、その場に膝をついていた。
肩で息をしている。
「……大丈夫か」
「……ギリ」
苦笑い。
だが、立とうとしている。
まだ、折れていない。
クロノは、視線を空へ戻す。
黒は――
確かに、変わっていた。
さっきまでよりも。
わずかに、深く。
わずかに、“奥”が見える。
(届いてる)
完全じゃない。
だが――
(確実に、近づいてる)
初めての感覚だった。
繰り返しじゃない。
再現でもない。
前に進んでいる。
「……いけそう?」
ミナが、小さく聞く。
クロノは、少しだけ黙って。
そして。
「……ああ」
頷く。
「このやり方でいい」
確信に近い声だった。
代償はある。
リスクもある。
だが――
道は、ある。
空の亀裂が、再び揺れる。
黒が、ゆっくりと動き出す。
止めきれてはいない。
終わってもいない。
でも。
確実に――変わっている。
繰り返しの世界の中で。
初めて、“前進”した。
その事実だけが。
今は、すべてだった。
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