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第11話「干渉の代償」

 黒が、再び動き出す。


 ゆっくりと。

 けれど確実に、こちらへと“近づいてくる”。


「……来る」


 クロノの声は低い。

 状況は理解している。


 だが――


 理解できないものが、一つある。


 さっきの、あの“止まり方”。


「ミナ」


「うん」


「さっき、何をした」


 ミナは、少し困った顔をした。


「……分かんない」


 正直な答えだった。


「なんか、だめだって思って……」


 言葉を探すように、少し視線を落とす。


「そしたら、止まってさ」


 クロノは息を吐く。


「理屈はない、か」


「……だめ?」


「いや」


 首を振る。


「むしろ、その方が厄介だ」


 ――ドクン。


 黒が、大きく脈打つ。


「っ……!」


 ミナが一歩前に出る。


「待て」


「でも――」


「いいか、よく聞け」


 クロノの声が、少しだけ強くなる。


「今のは偶然じゃない。

 お前は“何か”をした」


「……うん」


「なら、もう一度やれる可能性がある」


 ミナは、こくりと頷いた。


 そして、手を伸ばす。


「……止まって」


 小さな声。

 祈るようで――それでいて、どこか確信に近い響き。


 その瞬間。


 空間が、歪む。


 黒の動きが、ぴたりと止まった。


「……やっぱり」


 クロノの目が細くなる。


 再現性がある。


 つまりこれは――


 “力”だ。


「やった……!」


 ミナが、少しだけ笑う。


 だが。


「……あれ?」


 その笑顔が、すぐに崩れた。


「どうした」


「なんか……変」


 ミナは、自分の胸元を押さえる。


「ちょっと、苦しい……かも」


「……何?」


 クロノの表情が変わる。


「息が……しにくい、っていうか……」


 その言葉の途中で。


 ミナの体が、ぐらりと揺れた。


「おい!」


 クロノが支える。


 軽い。

 あまりにも。


「……大丈夫、ちょっと……だけ……」


 そう言いながら、ミナは笑おうとする。

 けれど、その顔色は明らかに悪い。


 ――ドクン。


 再び、黒が脈打つ。


 今度は。


 止まらない。


「……な」


 クロノの視線が、ミナに向く。


「もう一回……やってみる」


 ミナが、無理やり体を起こそうとする。


「やめろ」


「でも――」


「やめろ」


 今度は、はっきりとした拒絶だった。


「……なんで」


 ミナが、かすれた声で言う。


 クロノは、少しだけ黙ったあと――


「……減ってる」


「え?」


「お前の“何か”が、確実に減ってる」


 根拠はない。

 だが、分かる。


 何千回も世界を見てきた感覚が、警鐘を鳴らしている。


「これ以上やれば――」


 言葉を、飲み込む。


 その先を、口にしたくなかった。


 ミナは、少しだけ黙って。


「……そっか」


 小さく、頷いた。


「じゃあさ」


 顔を上げる。


「使いすぎなきゃいいんだよね」


 クロノは、目を細めた。


 軽い。

 あまりにも。


 だが――


 それが、ミナだ。


 ――ドクン。


 黒が、さらに膨らむ。


 時間は、ない。


「……一回だけだ」


 気づけば、そう言っていた。


「え?」


「一回だけなら、許す」


「その代わり――」


「うん」


「無理だと思ったら、やめろ」


 一瞬の沈黙。


「……うん!」


 ミナが、手を伸ばす。


「——止まって!」


 空間が、再び歪む。


 黒が、止まる。


 ——その代わりに。


 ミナの体が、完全に力を失った。


「……っ!」


 崩れ落ちる。


 クロノが、受け止める。


「ミナ!」


 反応が、ない。


 呼吸は――ある。

 だが、意識は落ちている。


 静まり返る世界。


 止まった黒。


 倒れた少女。


 クロノは、しばらく動かなかった。


 そして。


「……なるほどな」


 静かに、呟く。


 ——対価。


 干渉には、必ず“支払い”が発生する。


 それも。


 かなり重い形で。


「……ふざけるな」


 初めてだった。


 この世界に対して、はっきりとした怒りを持ったのは。


「こんなやり方でしか……変えられないのかよ」


 腕の中のミナを見下ろす。


 軽い。

 あまりにも。


 ——だが。


「……それでも」


 クロノは、立ち上がる。


 止まった世界の中で。


 初めて。


 “選ぶ”。


「——使う」


 短く、言い切る。


 迷いは、もうなかった。


 空の亀裂が、静かに揺れる。


 ——代償を伴う力。

 ——それでも変えられる世界。


 その両方を抱えたまま。


 クロノは、前を向いた。

読んでいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になったら、フォローや評価いただけると嬉しいです。

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