↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/67

8、うちのカレシは死神でした

 「何をこそこそ嗅ぎ回ってるんだね?」

 「はあ?」

 危機観念がまるで現れてない声で返事をしてしまった。 

 質問したのは、あたしを背後から拘束したミヤハシ父だ。

 正面でニヤついている若松は、あたしの両足の上に自分の両手を乗せて、体重をかけるようにして動きを封じている。 要するに、男二人に完全に拘束されているわけだ。

 この状況で、呑気な声を出してる場合じゃないんだけど。


 でも、こそこそ嗅ぎ回ってたのって、どう考えてもこいつらの方じゃないのか。

 


 「君の復讐劇については、若松さんの弟さんに聞いたよ。

  自分の手を汚さずに、相手を傷つける。 放火と同じずるい手口だ。

  おかげで私は失業もしたし、離婚もした。 だけど殺すことはなかったんじゃないかね?」

 「はあ?」

 「涼子だよ。 あの子が美久ちゃんにきつく当たってたことは、あとから人に聞かされて知った。

  さぞかし、あの男は怒っただろうね。

  しかしだからといって、いくらなんでも殺すことはないだろう?」


 どういう意味だそれは。

 つまり、ウィズが宮橋 涼子を殺したと言ってるのか?

 「お言葉ですけど、彼女が亡くなった時って、まだあたし達は知り合ってなかったわ」

 「じゃあなんであいつは現場にいたんだよ!」

 若松が喚いた。 ヘラヘラ笑っていたのが真顔になっている。 いや、最初から本気で笑ってはいなかったのかも知れない。

 「俺はな、通勤途中で人を轢いちまった。 あんたも知ってる、この先生の娘さんをはねたんだ。

  事故った後、必死で救急車呼ぼうとしてる時、気が付いたらあの男が路地の向こうに立ってこっちを見てたんだよ。 当時はまだ中学生くらいの男の子だったが、変にきれいな顔立ちだったから目立ってた。

  その時思い出したんだ。 こいつ、昨日もここに立ってたなって。

  その日の何日か前から、毎日俺がそこを通る時間に、あいつは同じ場所に立って見てやがったんだよ。

  もしも死神ってやつがいるなら、あんなふうに涼しげに立ってやがるんだろうなって思ったよ!

  あいつ、何をやりやがったんだ? 呪いか? 念動力か?」


 ウィズが事故の現場にいた?

 そんな話を彼の口から聞いたことはない。

 増してや念力だの呪いだのは、明らかに彼の管轄じゃない。

 考えられるのは、予見だ。 事故があるのを予知して、彼はそこに行って見たのではないか。

 その予見が何月何日に実現するかわからなかったので、数日前から繰り返しそこに通った。

 でも、だったら、実現する瞬間、止めようとしなかったのは何故だろう。



 「どうだい、お嬢ちゃん。 何か方法があるんだろう?」

 若松があたしの顔を無遠慮に覗き込んだ。

 「千里眼とか予知能力とか派手に騒がれてるが、そればっかりじゃないんだろ?

  あいつなら、手を使わずに事故を起こさせる事くらい出来るんじゃないのか」

 「出来ないし! 第一、動機がないって言ってるでしょう。

  ウィズとあたしが知り合ったのは、彼女が死んだあとのことなんだってば」

 「へへん、その辺はどうだっていいんだよ」

 若松の顔に、あの下品な笑いが戻って来た。

 「あの占い師が、呪いだか念力だか何でもいいが、平気で人を殺す。 

  それが証明できれば、100万貰えるんだ」

 「誰に!」

 「誰でもいいさ。 実行が証言出来れば100万円。 撮影出来れば120万円。

  ム所帰りで就職も難しいし、金が入る話は有難くってねえ。

  さあお嬢ちゃん、電話でもメールでもして、カレシを呼び出して貰おうか。

  こっちはビデオの準備も整ってるぜ」

 若松は勝手に人の携帯を開いて、あたしに押し付けようとした。

 あたしは首を振る。

 わかっちゃいない、ウィズにそんなものは不要だ。 電話なんかかけなくっても、ウィズはあたしの危険を察知する。 そして、……止める間もなく爆発する。


 若松が、ポケットから100円ライターを取り出した。

 チキッと音がして、あたしの鼻先に小さな炎が出現する。

 ミヤハシ父の手が、あたしの動きを先読みして肩に食い込んでくる。

 「いや、ゾクゾクするねえ先生。 何しろこっちも命がけだ。

  撮影が先か、通報が先か、はたまた殺されるのが先か」

 「うーん、どこまでやったら怒らせられるのかがキモだねえ。

  番犬ガオガオやってる気分だね」

 「古いよ、先生」

 「いやいや、ガオガオは最新が出てるんだよ」

 呑気な会話と裏腹に、彼らの行動は平和の対極にあった。

 ライターの炎が近付いて来る。 大声を出しかける口を、掌で塞がれる。

 ジジッと耳障りな音がして、悪臭が一瞬で部屋に広がった。 前髪を焦がされたのだ。


 手足をジタバタさせようとして、更に強く押さえ込まれる。

 「暴れるとかえって危ないと思うよ?」

 ミヤハシ父が、わざと耳の中に息を吹き込むように囁く。 全身に鳥肌が立つ。

 その立ち上がった産毛に、若松は炎を近づけた。

 腕に電流が走るほどの熱さ。 すぐに治まるが、炎はそこから移動して次の場所を攻撃している。

 腕の体毛が焼ける音が、あたしの心臓を鷲掴みにする。 その時間は永遠にも等しく感じられた。

 中学校時代に受けた、いじめの瞬間が思い出された。

 あの時も、ただ耐えていた。 時間はものすごくのろのろと、意地悪く寝そべってその場を動かなかった。



 「来ないね、死神」

 「来ませんねえ」

 ひとしきりあたしを嬲っても、異変らしきものが現れないので、男二人は首をひねった。

 若松が、ライターを畳の上に放り出す。

 「ダメだダメだ、これじゃ金にならん」

 「ダメですかあ」

 ため息の気配と共に、ミヤハシ父の体があたしから不意に離れたかと思うと、次の瞬間、力いっぱい畳の上に抑え込まれた。

 ミヤハシの顔が逆さになって、頭上からあたしを覗き込む。

 「つまり君の彼氏は、特別な力を持ってはいないわけだ。

  という事になると、我々が首尾よく金を手にするには、その彼氏から頂くしかないっていうわけだね」

 「何する気ッ!?」

 口が自由になったので、精一杯大声で叫んだ。

 「せっかくビデオが回ってるんだ。 成長した美久ちゃんの、魅惑的なポーズを撮影して、それを100万で買い取ってもらおう。 調べたら彼は、たいそうなお金持ちじゃないかね」

 あたしはあきれ果てた。 親子で同じ発想なのか、こいつと涼子。


 「彼が警察に通報したら、ビデオを流出させる暇はないと思うわ。 お金も受け取れないわよ」

 「だからね、お金を持って来るのはきみなんだよ、美久ちゃん。

  きみがうまく彼から100万円持ち出して、我々に払ってくれたら、すぐに映像は消去する。

  期日までに支払いが無かったら、何処かに売り飛ばす。

  カレシじゃなく君自身は、やっぱり警察に行くのは嫌だろう?」

 「だからー!」

 いちいち考え方がシロートなんだ、こいつらは。


 「あたしが言わなくてもわかるんだったら! ウィズに黙ってとか、隠してとか、誤魔化してとか、そういう発想がそもそも成り立たないのが何でわかんないのよ!」

 「ばれたらばれたでいいさ。 結局彼が怒って、ガオガオが始まるんだろう?

  ただし警察に連絡したら、ビデオは戻って来ないと思いなさい。 そこはきみが止める所だ」

 こいつら、バックにいったい誰がいるの?


 考える暇は与えられなかった。

 ミヤハシがあたしの両腕を押さえつけ、若松が腰の上に馬乗りに上がって来る。

 Tシャツをむしり取られる。 悲鳴は平手打ちで無理矢理飲み込まされた。


 やめて、ほんとにやめて。

 あんたたち、絶対ウィズに殺されるから!!




 玄関チャイムが鳴り、犯行は突然中断した。

 続けざまにドアを叩く音。

 「若松さーん、警察です! ここを開けて下さい。

  若松さーん」

 ベレッタ刑事の声だ!

 「美久ー! 無事かア?」 

 まどかの声もする。

 そうか、まどかはウィズに連絡が取れなかったかどうかして、ベレッタさんに電話をしたのだ。

 今回の場合、その方が却って好都合だった。

 

 警察と聞いて、男2人は慌てふためいた。

 「隠して先生、その女隠して!」

 若松があたしをミヤハシ父に押し付け、自分は箪笥の上に仕込んであったビデオカメラを回収にかかった。

 ミヤハシは顔をしかめて室内を見回し、奥の間のふすまを開けた。

 妙に天井の高い感じの、へんてこな押入れが現れた。 掃除道具やバケツ、旅行鞄などが雑然と置かれている。

 口を塞がれたまま、そこに引っ張り込まれた。

 ふすまを閉めると暗がりだ。 ミヤハシに密着された背中から、猛烈な不快感が昇って来る。 ジンマシンの痒みもピークに達しつつあった。

 おまけに、この男。

 この非常時に、あたしのお尻に膨張したモノを押し付けて来るではないか。

 

 この下司!

 もともとろくでもなかったけど、いよいよ磨きがかかったわね!

 ウィズじゃなくてあたしが自分で殺してやりたい!!


 その時、床下から突然振動が起こった。

 ドン、ドンと、下から拳で突き上げるようなショックだ。

 そして、いきなり床が消失した。

 あたしたちはなす術もなく落下した。

 下は階段だった。


 そう、本来そこは押入れではなく階段だったのだ。 下の作業所と上の居住区をつなぐ階段。

 もともとは経営者が2階に住んでいたのだろう。

 何らかの事情で別の人が住むことになった時点で、階段を封鎖して押入れ状態にしてあったという訳だ。

 あたしとミヤハシ父は、声を立てる事も出来ずに階段を転がり落ちた。

   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。