五 一杯いかが?
何やら重要なことを話すのかと緊張していたら、最初に出てきたのは御馳走だった。
凄い。ここの食事は、始めて見た。
よく分からない木の実に、お米もある。やっぱり、お肉は貴重であるらしい。
すると、悪魔の側に肉の丸焼きが運ばれてきた。久々に血沸き肉躍る匂いがする。
「あれって、食べてもいいものですか?」
少しあらたまって、リチュームに聞く。指さした先を見たリチュームは、明らかに嫌そうな顔をしている。
ちょっとマナーが良くなかったかな、これ以上話を続けられないでいると、
「さすが異世界からやって来た方は、お目が高いですね」
と、カウムから首を突っ込んできた。
カウムは隣の召使に頼むと、召使は肉を切り分け、食卓を羽で飛んで跨いで(お行儀悪い!)上村のところまで皿を持ってきた。
良い匂いがする。早速一口食べてみた。食べなれない味がする。まあでも、柔らかくておいしい。
ふと隣を見る。王様も臣下も、化け物を見るような目で見る。
「安心してください」
カウムは自信たっぷりに笑いだした。
「この肉は、人の肉ではありませんから」
場が凍った。
あ、悪魔って、人を食べるのか。
改めて言われるまで気が付かなかったが、争いの原因は彼らの餌にあるのだろう。
「あらあら、なら、こちらはどうですか?」
カウムはワインを取り出した。赤黒い液体が入っている。
「こちらはしっかり人の血ですよ。上村さん」
「いや、遠慮しておきます」
「ふふふ、そうですか。すみませんね」
コルクを開けさせると、グラスになみなみと注がせ、そのままカウムは仰いだ。
「これは……魔法使いの卵を使ったのですか?」
人間側の召使が弁明する。
「いえ、村の娘から何人か選んで」
王国から悪魔に献上しているのか。
「この子なら、大魔法使いにも、もしかしたらなれたかもしれないのに」
再び凍り付く食事会場。
「おやおや、上村さんの前で失礼しました。上村さんも話せるように、このまま日本語で話しましょうか」
今思うと、この悪魔も日本語を会得しているのか。ちょっと、考えられん。俺は英語を六年勉強しても、簡単な英会話さえままならないのに。
「今現在、魔王陛下直々の御勅命によって、悪魔側との戦争を停止しています」
「こちらも確認しています」
リチュームも既に真面目な顔に戻っていた。
「私たちとしても、全面的な対立は好ましくありません。魔王様からのご提案は、ひとまず現状の前線をお互いの暫定国境線とすることです」
カウムは小指を差し出した。見たことがある。「約束」だ。
「期間は三か月。それまでは、お互いの国に対する軍事的な行動は行わない。どうですか?」
リチュームは、王様の方を見た。王は、ゆったりと頷いていた。
リチュームも小指を差し出すと、また青白く光り、そして光は消えた。
「契約、いや、人類と悪魔間の契約ですから、条約といった方が良いかもしれませんね。これで成立です」
「ただ……」
リチュームが口火を切る。
「あなた方の『食料』は足りるのですか?」
確かに、一番大事な問題だ。
「まだ、ある程度は『蓄え』がありますから。お腹をすかせた同胞が散発的に村を襲うことはあるかもしれませんが、そちらの領域に行った時点で、あなた方のお好きなように。私たちは反撃しませんから」
「そちらで管理はできないのですか?」
「人間も、たまにこちらを襲ってきますよ? お互い様です」
少し場が重くなり、カウムが取り繕う。
「ああ、襲ってきた悪魔は、煮るなり焼くなり好きにしてください!」
失敗。長い沈黙。
どっと疲れが押し寄せてきた。カウムは、やはり何度見ても森で出会った少女だ。リチュームにも話せないが、何が目的だったのだろう。
にゃ~。
可愛いなあ。そろそろ名前をつけてあげないとな。何がいいかな、茶色だから、クリか、クルミか……。
ピューワ。
後ろを振り返ると、カウムが居た。俺の部屋に。
「うぇ!?」
「落ち着いてください。ただの転送魔法です」
「く、喰われる!」
「食べません。契約しましたよね? 殺しません」
「よ、良かった……え?」
「ああ、すみません。一致していませんでしたか。あの時はすみません」
「大丈夫ですか、上村様……カウム!」
リチュームは部屋に押し入ると、持っていた杖を剣のように振りかざし、
{バルネ・ソーメ!}(火の魔法!)
カウムが防いだ左腕は、切創と火傷で見るに堪えない姿になっていた。
あんなおもちゃみたいな見た目の杖で、意外と切れ味がいい。
「まあまあ」
痛みなど無いかのように、カウムは左腕をそのままに話を続ける。
「ここで私に死なれては、三か月後が心配ではないですか」
リチュームは十秒ほど思いめぐらし、そして杖を下げた。
「要件は何ですか」
「単刀直入に聞きましょう」
カウムの目は会議の時では見られなかったほど真面目だ。
「ちょっとした魔法も使えない子供をなぜ救世主に仕立て上げたのですか?」
魔法も、使えない。
リチュームは沈黙していた。




